10.田中飛行士の葛藤
美咲が伝えてきた、「地球の自然を守れ」というメッセージ。それは、あの男の要望だった。もし彼が宇宙環境局の人間ならば、このメッセージには、彼らの真の目的が隠されているはずだ。
田中は、窓の外に広がる、青く輝く地球を見つめた。この地球を守ることは、自分の使命だと信じている。メッセージを出すことに何の抵抗もない。しかし、誰かの策略に利用されるのではないか。彼は、自分の心に問いかけた。
「私は、誰のために、何をすべきなのだろうか?」
田中は宇宙ステーションの窓から地球を眺めながら、宇宙環境局の不可解な行動について深く考え込んでいた。彼が下した結論は、シンプルかつ衝撃的だった。
謎の男が語る「地球の自然を守れ」というメッセージが、もし本当に宇宙環境局の意図ならば、なぜ自分に直接命令しなかったのか、という疑問に突き当たる。
<もし、彼らが本当に地球の環境問題を国民に訴えたいのなら、私に直接、宇宙環境局の正式なメッセージとして発信させればいい。英雄として国民に認知されている私の言葉は、絶大な影響力を持つはずだ>
しかし、彼らはそうしなかった。
彼らが選んだ方法は、あまりにも回りくどく、リスクが大きすぎる。謎の男を仲介者として使い、妻の美咲を経由させて、まるで個人的なメッセージであるかのように見せかけている。
<なぜ、わざわざ、こんなややこしい方法を使ったんだ? そこには、何か彼らが公にできない、重大な理由があるはずだ>
田中は、脳内でシミュレーションを繰り返した。
理由1:国民からの反発 もし、宇宙環境局が公式に「自然を守れ」と国民に訴えれば、その背景にある真実を国民に知られる危険性がある。つまり、宇宙環境局の隠蔽された秘密、例えば「異星人との交信」などが明るみに出るかもしれない。そんな事があるかな?
理由2:政治的な圧力 宇宙環境局は政府機関だ。政府の政策(例:減反政策)と矛盾するメッセージを公に発信すれば、政治的な圧力を受ける。彼らは、それを避けるために、私的なメッセージという形をとるのだ。
理由3:予算獲得の切り札 「地球の危機」を国民に直接訴えることで、国民の危機意識を高め、宇宙環境局への予算獲得を有利に進めようとしているのかもしれない。しかし、それも公式にはできない。だから、私の言葉を利用しようとしている。
田中は、深いため息をついた。
<つまり、メッセージを出す事は、宇宙環境局の意図ではない。いや、正確に言えば、宇宙環境局の公式な意図ではないのだ>
彼は、ある一つの結論にたどり着いた。
謎の男、そして彼が属しているであろう宇宙環境局の一部の人間は、組織の公式な方針に反して、このメッセージを私に発信させたいのだ。それは、彼らの個人的な信念か、あるいは、組織の裏で進められている、別の計画のためか。
彼は、自分が巨大な陰謀の渦中にいることを悟った。そして、その迷路の出口は、まだ見つかっていなかった。