嶺の憂鬱(嶺視点)
晃輔たちにボランティアの話をして、その晃輔たちを玄関まで見送った嶺が自室に戻ると、スマホを取り出してとある人物に電話を掛けた。
「……」
『もしもし?』
しばらくすると、嶺が電話を掛けた相手が電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし?』
「遊んでるんですか?」
『冗談だよ〜。怒らないで〜。嶺くん』
怪訝な顔をした嶺が尋ねると、嶺の電話相手の女性は可笑しそうにそう応えた。
「はぁ……たった今、晃輔たちにボランティアの話をしましたよ」
『お、ありがとうー!それで、どうだった?』
「どうもこうも無いですよ。あおいは楽しそうでしたが、晃輔とななの顔は中々のものでしたよ……」
『そっかー!皆受け入れてくれたんだ?良かったー』
この人、人の話聞いているのか。
会話のキャッチボールが成りたって無い気がする。
嶺は思わずため息をついた。
「何で突然、俺にボランティアの依頼をしたんですか?…………榎木柚葉さん」
嶺は呆れた口調でそう尋ねた。
榎木柚葉。
彼女は嶺が通っていた高校で非常勤講師をやっている。
嶺は高校時代にとてもお世話になっており、困ったときには嶺が相談をする、数少ない知り合いだ。
とても頼りになる人なのだが、同時に嶺が頭を悩ませる人物でもある。
正直、非常に面倒くさいので詳しくは知らないが、柚葉は高校の非常勤講師をやりながら、県の車いすテニス協会に入会していて、それなりに偉い立場の人間だと聞く。
そして、本当にどういうわけか嶺にテニス大会のボランティアの話が回ってきた。
本当にどういうわけなのかは分からないが、断るのも忍びないので渋々その話を受けた。
確か、嶺にこの話が来たのは、娘さんが関係していると聞いたが実際はどうなのだろうか。
つまりの事、今回晃輔が苦虫を噛み潰したような表情を引き出させた原因は嶺ではなく柚葉にある……嶺は頭の中でそう解釈した。
そう解釈しないと疲れてやっていけなさそうなのだ。
『何でって分かっていたことじゃん?』
「分かりませんって」
『そう?』
嶺が即答すると、スマホから可笑しそうに笑う柚葉の声が聞こえた。
何が可笑しいのか嶺にはさっぱり分からないが、取り敢えず、このままでは話が進まないで強引にでも話を進める。
「ちなみに、他は誰来るんですか?」
『いつものメンバーかな』
「…………………………」
誰が来るのかを想像して、嶺は思わずため息をついた。
なら、尚更行きたくないな。
『嶺くんは来ないの?』
「勘弁してくださいよ。このクソ暑い季節にテント作ったり、ジャグ変えたり小刻みに動き回るの大変何ですよ?」
過去に数回、嶺はこの大会にボランティアとして参加したことがある。
この大会では、普段中々接する事ができない車いすの利用車と話をしたりすることができる。
正直、車いすユーザーの視点から見た話を聞いたりするのは非常に勉強になる。
しかし、この季節特有の暑さと、目まぐるしく変わる天候の影響を受けながら、テントの設営をしたり、管理棟と運営棟を行き来するのは結構辛いのだ。
『そうだねー』
「他人事ですね」
『まぁね……でも凄く助かるんだよ?大会当日、私は色々と忙しくなるからさ……ところで、嶺くんは他の人誘ったの?』
「泰地……福元くんには一応声は掛けましたよ」
『来るって?』
「ええ。知り合いも誘ったらしくて……合計七人分なんですがビブスとかあるんですか?」
『全然あるから大丈夫』
「……随分と用意がいいですね。こうなるってわかってたんですか?」
『ううん。ただ数はあるってだけ。昔と違って皆さん御高齢の方が増えちゃったからさー。ボランティアの人数も減っちゃったからね』
「なるほど」
予想はできていたが、やはりかとは思った。
確か今回開催される大会は、今回で四十回目だったはず。
もし、第一回から参加するなりボランティアするなりしていたら、もう結構なお年になっていてもおかしくない。
人間、年を取れば取るほど、人はそんなに動けなくなるもので、活動したくても寄る年の瀬には勝てないらしい。
加齢によるボランティア数の減少でビブスが余分にあるというなら……理由としては充分だ。
『確認も済んだことだし、それじゃあ切るね!私この後やることがわんさかあるからさ。あ、ビブスは当日渡すから。名札とかはこっちで作っとくから、後でその子たちの名前、メールで教えてね!じゃあ当日宜しくねー!』
そう言って、突然柚葉はすごい勢いで電話を切った。
「……」
言いたい放題言って、突然電話を切られた嶺は思わずスマホを睨むが、この時期はあの人は異常に忙しくなるらしいのでしょうがないか、と一人納得した。
嶺は大きくため息をつくと、切り替えてパソコンを起ち上げた。
これから、泰地に参加する人の名前を聞いて、それを柚葉に送らないといけない。
非常に面倒くさいが、頼まれた以上やらないといけないのでやるしかない。
それにしても、柚葉の最後の言葉は、あれは、絶対手伝いに来いよ、にしか聞こえなかった。
嶺としては、高校生という若いうちから色々な経験をしてほしい。
そんな理由で、今回ボランティアの話を受け入れて、それを晃輔たちに託した。
託した、そのはずなのに、このままだと何故か嶺まで参加させられることになりそうだった。
改めて、自分にとんでもない面倒事を持ちかけられて憂鬱な気持ちになる嶺だった。




