球技大会と不愉快な会話
「やっぱりこうなったね! こー兄! お姉ちゃん!」
ドッチボールの内野コートに居るあおいが晃輔たちに向かってそう声を放つ。
「「…………」」
「楽しみだね〜!」
あおいは心底楽しそうな表情で、晃輔とななを見つめる。
「なぁ、俺たち本当に勝利の女神と戦うのか?」
「……みたいだな」
昌平の問いに淡々と返す晃輔。
晃輔も昌平と同じ気持ちだ。
何が悲しくて勝利の女神率いるクラスと、ドッチボールで総合優勝を決める決勝戦をしなくてはならないのか。
「まぁ、俺たちのクラスが学年優勝しちまったし」
「だなー。それに、向こうは三年生倒しちゃってるからなー」
「だから何? って感じなんだけど……」
高絋と順哉の会話に半分呆れながらそう告げる筋乃。
「ここはクラスのアイドルであり、完璧美少女であるななにお願いしたいねー」
「ねー」
「ななお願い」
「ちょっと、そのあだ名で呼ぶの止めて!」
石見と希実、土井にそう言われ、ななは顔を引き攣らせながらそう告げた。
「うちの学校奴等って……恥ずかしい二つ名って言うか、恥ずかしいあだ名多いよな……」
「だな……」
泰地が苦笑いしながらそう言うので、晃輔もそれに深く同意した。
「晃輔! 始まるから!」
そうこうしていると、ドッチボール試合が始まるらしく、ななが晃輔たちに向かって声を上げた。
「いや、何で俺だけ? 泰地もいたろ……」
「……大変だな」
泰地は小さくそう呟いた。
審判によるジャンプボールで試合が始まると、まず最初にボールを取ったのはあおいクラスだ。
クラスメイトが取ったボールをあおいに渡す。
「あおいちゃん! お願い!」
「了解! それじゃあ、行くよー!」
「ちょ、ちょっと待て!」
「待たない!」
手加減無しの全力でボールを投げるあおい。
あおいがボールを投げた直後、ブォン、とボールが風を切る音がした。
あおいがボールを投げた瞬間、晃輔はゾクッとしたと思ったら、反射的に体がボールを避けていた。
すると、晃輔の後ろにいたクラスメイトが三人立て続けにボールに当たった。
「……おー、すげーな晃輔、よく避けられるのな」
「引いてんじゃん昌平」
渇いた声でそう告げる昌平に、晃輔は軽くツッコむ。
「私や晃輔はなんとか対応できるけど、今の見てわかったでしょ? あおいにボール持たしたらヤバいのよ」
ななが皆に聞こえるように声を上げた。
「……勝利の女神って言われているから、やっぱり警戒はしてたけど……これはやばいね」
「……うん。相手一年生だから手加減しなきゃって思ってたけど……」
「これは……絶対できない」
石見、筋乃、希実の三人は少し青ざめている。
「…………」
土井に関してはそもそも言葉を発してすらいない。
「藍子大丈夫?」
石見がそう尋ねると、土井はコクリと頷いていた。
「一年生だからって手加減できねぇんだよな……」
「手加減なんて考えてたら一瞬でやられるわよ」
高絋がそう呟くと、ななは真面目な表情で答えた。
「…………どう戦えと?」
会話を聞いていた泰地は呆れながらそう呟いた。
「相手チームにボールを取られないこと。ほら、チャンスが来たわよ。梨香子!」
「ななごめん! お願い!」
石見は、こちらのコートでワンバウンドしたボールをキャッチすると、そのボールをななに渡した。
「わかったわ、えい!」
そう言って、ななはボールを思いっきり投げた。
ななが投げたボールは、相手選手に次々に当たり、あおいをも超える四人抜きを行ってみせた。
「うわぁ……」
「マジか……」
高絋と順哉は引き気味に声を漏らした。
掛け声は可愛いらしいのだが、やってることはあおいと同じだ。
あの華奢な身体の、何処に剛速球を投げる力があるのだろうか。
「ななもあおいちゃんのこと言えないよね……」
石見は小さくそう呟いた。
「……流石だね、お姉ちゃん」
ななが投げたボールで、四人も場外に出された様子を見て、あおいは苦笑いしていた。
「まだまだ負けないわよ、あおい。私たちはクラスみんなで優勝するんだから!」
「私たちだって!」
図らずとも、姉妹対決が勃発したようだった。
ドッチボールの試合は一進一退の攻防を繰り返した。
なながあおいのクラスのメンバーを一人倒せば、あおいも負けじと晃輔たちのクラスのメンバーを一人倒す。そんなことが繰り返されていた。
「ハァハァハァ……流石お姉ちゃんたち。でも、もうそんな残って無いみたいだね……」
「ハァハァハァ……それはあおいのクラスだって……」
二人して息を切らしているななとあおいは、お互いを煽り合う。
残り時間僅かで晃輔のクラスで残っているのは、ななと泰地、高絋と筋乃の四人だけ。
あおいのクラスは六人残っている。
「お姉ちゃん! 絶対負けないからね! みんな絶対勝つよ!」
『おー!』
「こっちだって、負けないから!」
「うん!」
「「おう!」」
ななとあおいがお互いのクラスを鼓舞すると、あおいが持っていたボールを高絋に向かって思いっきり投げた。
高絋がなんとか避けきると、そのボールが外野に行ってしまい挟まれてしまう。
外野が投げたボールをなんとかキャッチした泰地が、相手に向かってボールを投げると、そのボールがあおいのクラスの一人に当たり、あおいのクラスの内野は残り五人となった。
「よっし!」
「やった!」
すると、あと一人で追いつく、といったタイミングで試合終了を告げるホイッスルが鳴った。
結局、学年を跨いだドッチボール対決は内野に残っていた人数差であおいのクラスが勝利し、総合優勝はあおいのクラスとなった。
ドッチボールの試合が終わると、休憩時間が入り、その後すぐに球技大会の閉会式と表彰式が執り行われた。
総合優勝したあおいのクラスと、準優勝の晃輔たちのクラスの表彰が行われて、盛大な拍手が校庭に響き渡っていた。
球技大会の閉会式が終わり、片付けのために一旦校舎に入った……その時だった。
「やだねー。また、先生や男子に媚び売ってるよ」
明らかに悪意の籠もった言葉の刃が、ななとあおいと一緒にいた晃輔の耳に届いた。
「……!」
晃輔たちは足を止め、声が聞こえてきた方向へ振り返る。
「ねー」
「って言うかさー、完璧美少女ってねー恥ずかしくないのかなー」
声が聞こえた方向的に、この刃を向けてくる人間は校舎の外にいるのだろう。
声の数からして三人ぐらいだろうか。
まさか、なな本人には聞こえていないと思っているのか、どんどんヒートアップしていく。
「本当にねー、必死だよね楠木さん。いくら顔が可愛いからってねー」
「可愛い言うのも、それもどうなのって思うけどねー」
「ねー! 整形だったりしてー」
「ありえそう! 整形バレないために可愛いく振る舞ってるとかー?」
「あー、だから石見ちゃんや潮谷くんたちと一緒にいるのかー。自分は可愛いですアピールー?」
「そんな理由であのメンバーと一緒にいるのずるいよねー」
「ねぇ、もしかしたら、石見ちゃんたち脅されてるのかもよ」
「確かに!そうかもねー!」
三人が声を揃えて笑う。
胸糞悪い陰口が聞こえ、晃輔が声のした方向へ動こうとした、その時だった。
あおいの方が晃輔よりも早く動き、ガチャり、とドアを開けた。
「こんにちは、先輩方。お姉ちゃんがどうかしました?」
三人は突然登場したあおいに驚いているようだった。
「く、楠木さん」
「ど、どうしてここに?」
あおいはにっこりと笑って告げる。
にっこりといっても目は笑っていない。
「どうして? 逆になんでだと思います? 先輩たちの声が中に居た私たちまで聞こえていましたよ?」
「「「…………!?」」」
「聞いていましたが、随分なものの言いようですね?」
あおいは、優しい笑顔、とは程遠い顔で三人の顔を見つめる。
恐ろしい程冷たい表情をしていた。
「……それとも、なんですか? 私たちと争いたいので?」
「っ……」
あおいが冷たくそう言い放つと、三人は分かりやすく身体を揺らし、顔がどんどん青ざめていった。
「このことは、先生たち全員に報告させてもらいますからね。それでは、失礼します」
いつもの明るい雰囲気とは程遠いあおいがそう言ってドアを閉めると、三人が急いでその場から離れる音が聞こえた。
これだけ脅せば、しばらくは大丈夫だろうが、もし、次、なんてことがあれば流石に晃輔も出るつもりだ。
「あおい……」
「お姉ちゃんが良くても、私は許さないから。このことは報告します」
珍しくあおいから怒気を感じた。
ここまで怒っているあおいは初めて見たかもしれない。
校内での片付けがある程度終わり、しばらくすると、晃輔とななとあおいを待っていた石見たちが、ななたちに尋ねた。
「ななー、うちのクラス勝ったから、みんなで打ち上げ行こうと思ってるんだけど、どう?」
「…………」
「なな?」
様子のおかしいななに気づいたのか、石見たちは心配そうな顔でななを覗き込む。
「……ごめん、また今度でいい?」
ななは弱々しく微笑んでそれだけ言うと、足早に家に帰っていってしまった。
「……なな」
「……こー兄。お姉ちゃんをお願いね。さっきのことは私が先生に伝えておくから」
「おう。頼む」
真剣な表情でそう告げるあおいに、晃輔も真剣な表情でそう答えた。




