雨の日の悩み事(なな視点)
六月。
先月の五月より気温が高くなり、集中豪雨などの大雨が発生することが多くなる。
また逆に、雨が激しく降る日が少なく、しとしとという、弱い雨の降る日が多くあり、それによって、晴れ間の出る日が少なくなる日もある。
そして、その雨によって湿気も発生する。
「んー……上手くいかない……」
洗面所に置いてある鏡の前で、櫛とドライヤーを持ったななは唸っていた。
女の子にとっては雨も、雨によって引き起こされる湿気も、はっきり言って迷惑そのものなのだ。
せっかくセットした髪も、湿気の影響を受けて変になってしまうこともしばしばある。
ななの髪の毛は直毛であるので、癖っ毛の人と比べて、別にそこまで気にする必要はないのだが、直毛とはいえ、湿気の影響を受けないわけではない。
「ん……」
ななが鏡の前で唸っていると、晃輔がひょこっと洗面所に顔を出した。
「なな、ずいぶんと時間かかってるみたいだけど、大丈夫か?」
どうやら、中々洗面所から出てこない私を心配して来てくれたらしい。
「大丈夫よ。ちょっと湿気で髪が上手くまとまらなくて」
自分の髪をイジりながら、ななはそう告げた。
「……あれ? ななって直毛じゃなかったっけ? 確か昔言ってたような……」
「え、そんなこと晃輔に言ってたっけ? というより、よくそんなこと覚えてるのね」
「まぁな。たぶん小学生のころだと思うけど、ななが自分の髪を自慢気に言ってたのを覚えてるぞ」
突然のカミングアウトに、私の心臓がドキリと跳ねた、そんな気がした。
お、覚えててくれたんだ少し嬉しい。
表情には出さないように、とそんなことを思っていたら、自分の頬が内側から熱くなっていくのを感じた。
「ってか、髪、直毛ならそんなに湿気の影響受けないんじゃ……」
「まぁ、そうね。癖っ毛の人よりはね。でも女の子は身だしなみに色々気を使うのよ」
「はぁ……」
晃輔はそう言うと、突然、ななの顔をじーっと見つめる。
「えっと……なに? そんなにじっと見られるとやりにくいんだけど」
突然、なんの前触れもなくこっちを見てくるものだから、私としては居心地が悪い。
「あぁ、ごめんごめん。いやさ、ななの髪って、長くて綺麗な黒髪だよなーって思って」
晃輔は思った事をそのまま言葉にしてななに告げた。
「!?」
思わず声が出そうになったが、なんとか堪える。
と、突然何を?
「あおい言ってたぞ。その艶々、結構大変なんだろ」
「そ、そうね。まぁ、そ、それなりに手入れはしないといけないし……」
突然の晃輔の褒めに、ななの返しがたじたじになってしまう。
「だろうなー。すげぇ綺麗だもんなー」
「……」
どうしてこういうことは、サラッと言えるのだろう。
たぶん無意識にやっているんだと思うけど。
嬉しいんだけど! 嬉しいんだけど! 今それを言われると、髪のほうに全く集中出来ない。
「あ、ありがと」
そうやって返すのが、私としては精いっぱい。
何で朝からドキドキさせてくるのよ! と私は内心思いっきり叫びたくなった。
「髪さぁ、あんまり上手くいかないなら、別の髪型にしてみるっていうのは?」
「別の髪型?」
「そう。いつもは、ななは髪下ろしてるけど、たまには巻いてみるとかさ。ほら、石見とかはポニーテールだろ、だいたい」
「あれは……癖っ毛を活かしたポニーテールね。逆に凄いと思うわよ、あれはあれで……まぁ、そうね。たまには髪型変えてみようかしら。晃輔は何かやってほしい髪型ってある?」
「え? 俺?」
晃輔にも言われたしせっかくだから少し髪型を変えてみようかな、と思い思いきって晃輔に尋ねたら、まさか聞かれるとは思ってなかったのか、晃輔は驚いた表情で私を見てくる。
その様子が可笑しくて思わず笑ってしまう。
「うん。晃輔が言い出したのよ」
「うーん、そしたらやっぱり三つ編みがいいんじゃないか?」
晃輔は、少し考えるような仕草をしたあと、そう告げた。
「三つ編みか……」
「不服か?」
「ううん。そうじゃないんだけど、ちょっと面倒くさいなーって」
正直なところ、梨香子がやっているポニーテールや藍子がやっている二つ結びのほうがたぶん楽だろう。
希実と絢音はショートのほうなので、二人は参考にならないかな。
まぁ、晃輔が三つ編みが良いって言ってたし、やってみよう。
「ちなみに、三つ編みぐらいだったら、俺もできるぞ」
「……へぇ!?」
私は思わず驚いた声を出してしまった。
「昔、あおいに散々やらされたからなー、ってなな?」
「…………ねぇ晃輔、そしたら、三つ編みやってくれない?」
絞り出すような声でなんとかそう告げる。
見えないけど、たぶん、私の顔は今真っ赤になっていると思う。
「え!?」
今度は晃輔は驚いた顔でこっちを見てくる。
「……駄目?」
「いや、駄目じゃないけど……わ、分かった。だから、その顔は反則だからやめてくれ」
晃輔が顔を赤くしながら必死にそう言うので、思わず首を傾げる。
反則? 何のことだろう?
「えっと、じゃあ向こう向いて」
そう言って、晃輔は私が鏡の方を向くと、優しい手付きで私の髪を触り、丁寧に、丁寧に三つ編みを施していく。
その心地の良い感触に、ちょっといろんな考えごとをしてしまうが、とにかく今はこの時間を楽しみたい。
「「……」」
晃輔が私の髪をやってくれている間は、私も晃輔も終始無言だった。
やってもらう私はそうだけど、晃輔も恥ずかしいのか顔が赤くなっていた。
「はい、終わり」
「ありがと」
そう言って、鏡の方を見ると、本当に綺麗な三つ編みがされていて、凄いなーって思う。
あおいに散々やらされたって言ってたっけ。その成果かな。
「じゃ、じゃあ俺そろそろもう行くから!戸締まりよろしくな」
そう言うと、晃輔はバタバタと音を立てて、家を出て行った。
「……ありがと」
私は晃輔にやってもらった髪を触りながら、そう呟いた。
「ふふ、仕度しなくちゃ。遅れちゃうね」
そう言って、ななはお手洗いなどを済ますと「いってきます」と言って、晃輔の後を追うように家を出て行った。
ななはマンションのエレベーターの中で、こういう雨の日も悪くないなーと思うのだった。




