あおいの行きたいところ
晃輔とななの二人の声が見事にハモると、あおいはコクリと頷いた。
「うん、そう」
「……それって?」
晃輔とななは互いに顔を見合せると、ななはあおいにそう尋ねた。
すると、あおいはモゾモゾと動いて晃輔の膝の上に乗っかる。
そして、どこからかチケットを取り出して晃輔とななに見せた。
「はい、これ」
「…………これは?」
ななは、何か言いたげな視線をあおいと晃輔を交互に向けたあと、小さくため息をついてあおいに尋ねた。
どうやらななは、これ以上あおいに何を言っても無駄だと思ったのか、それ以上の事ははあおいに言わなかった。
「う〜ん、見てわからない? 水族館のチケットだよ」
「いやまぁ、見ればわかるけど……いや、まず、これどこから出した?」
あおいが手に持っているチケットを見て、晃輔は思わずそうツッコんだ。
「そんなこと気にしない気にしない。あんまり細かい事気にしていたら、頭つるっパゲになっちゃうよ」
「……」
「ふふ、晃輔、細かい事気にしてたらつるっパゲになっちゃうって」
あおいに言われ、反応に困り黙っていた晃輔を見て、ななは可笑しそうに笑いながらそう告げた。
「ななはうるさい」
「ふふ」
「本当に仲いいねー。両方に嫉妬しちゃいそうだよー」
晃輔の膝の上で静かに二人の会話を聞いていたあおいは、これでもかと言うぐらい目茶苦茶な棒読みで二人にそう告げた。
「「……!!」」
あおいにそう言われ、晃輔とななの二人は互いに顔を見合わせて顔を赤くする。
お互いの視線に耐えきれなくなった晃輔とななは、二人揃って視線を明後日の方向へ逸らした。
そんな晃輔とななを、あおいは愛おしいものを見るような慈愛の籠もった眼差しで見つめている。
「……あおい。それで、続き。何で水族館のチケット? それが、あおいの行きたいところなのか?」
晃輔は絞り出すような声であおいに告げる。
「うん、そう。これ知り合いに貰ってさ、せっかくだしって思って」
あおいは、チケットを指差しながらそう告げた。
あおいは、嶺に貰ったとは敢えて言わなかった。
「でね、もしよかったら、お姉ちゃんとこー兄とで水族館一緒に行きたいなーって」
そう言って、あおいは振り返り上目遣いで晃輔を見たあと、ななの方へ向き直り「お姉ちゃんもどうかな?」と告げた。
「これって、よく見たら招待券なのね」
晃輔が返答しようとすると、先にななが口を開いた。
「……うん。みたいだねー」
「あおい、貰っといて知らなかったのね」
「あははは……」
ななにジトッという視線を向けられたあおいは、乾いた笑いでそう返した。
あおいのそれに、ななは呆れてため息をつくと、穏やかな表情で告げた。
「あと、私は行っても良いわよ。水族館」
「……え!? いいの?」
「もちろん。それにたぶん、晃輔もそのつもりだったんでしょ?」
「え? あぁ……」
急にななに振られた晃輔は、少し戸惑う。
「まぁ、あおい今回頑張ったしな」
そう言って、晃輔はあおいの頭を優しく撫でる。
あおいは晃輔の膝に乗っているからちょうどいいところに頭があり、撫でやすい。
その様子を見て、ななが唸っていたが、気にしないでおいた。
「今回は、五十位内入らなかったけど、次のテストも、今回みたいな感じでもっと勉強頑張れば五十位内に入るだろう」
「……うん」
力無くあおいは頷く。
あおいのその目には、大粒の涙が浮かんでいる。
強がって見せていても、内心はやっぱり悔しかったのだろう。
よく頑張ったな、と晃輔があおいの頭を優しく撫でると、ずっと堪えてきたであろう涙が、あおいの目から溢れてきた。
「だからあおい、行こう、三人で水族館」
「ほんとに? いいの?」
晃輔がそう言うと、あおいは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらそう尋ねてきた。
「ああ。あおいが頑張った分のご褒美」
「お姉ちゃんも?」
「もちろん。今回はあおい頑張ったんだから、それぐらい当然よ」
晃輔、ななが順にそう答える。
「そっか……うん、ありがと!」
そう言って、あおいは太陽のような笑顔を二人に見せた。
「でも、いつ行くんだ? 俺は別にいつでもいいんだが……どうせ、そういうのまだ決めて無いんだろう?」
「正解!」
晃輔が尋ねると、あおいは元気良くそう答えた。
「でしょうね……」
ななは呆れを隠さずため息をついた。
三人で水族館に行くことが決まったのだが、いつ行くのかなどという細かい事はこれから決めるのだ。
「ちなみに、私も晃輔と一緒でいつでも大丈夫よ。今月末の球技大会と被らなければ」
「あぁ、球技大会か……」
「忘れてたの?」
晃輔の呟きをちゃんと聞き逃さずにいたななは、晃輔にそう尋ねた。
「いや。球技大会ってことは、もう六月何だなって」
「なるほどね。確かにもう球技大会の時期……なんだかあっという間ね」
晃輔がそう言うと、ななは納得したみたいだった。
すると、あおいが元気良く手を上げて主張してくる。
「はいはいー! 私は、明日明後日は部活のお手伝いで無理だけど、来週なら空いてるよ!」
あおいは、さっきまでは涙で顔がぐちゃぐちゃだったのに、切り替えたのか、今はとても楽しそうだ。
「分かったわ。そしたら、来週にしましょうか」
「はーい! こー兄もそれでいい?」
そう言って、あおいは晃輔の胸に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
「わ、わかったから、あおい取り敢えず降りてくれ」
「はーい! それでさ、お姉ちゃん」
あおいは、晃輔の言う通りに膝の上から降りたと思ったら、ひょこひょことななの方へ向かった。
「ごにょごにょ」
あおいは、ななの耳元で何かごによょごにょと言っている。
あの表情からして、恐らくあおいが何か思いついて、それをななに吹き込んでいるところだろう。
何をしてるんだが、と晃輔が二人を見てると、あおいはずっとニヤニヤしており、ななのほうは、段々と顔が赤くなっていき、最終的には耳まで真っ赤になった。
「そうね、それはいいかも」
あおいの吹き込みが終わり、ななは真っ赤になった顔でそう言うと、晃輔に向かって告げた。
「私との勝負なんだけど。今回は私と、来週の、平日の放課後に……私が行きたいところがあるから、そ、それに付き合って。良いわね?」
「お、おぅ……ちなみに何させるんだ?」
「えっと、荷物持ち?」
「荷物持ち? それなら別に明日とかでもいいんだけど……」
「ええっと……」
そう言って、ななは困ったような顔になり、あおいに助けを求めるように、あおいの方へ視線を向けた。
すると、ヘルプを受けたあおいは晃輔に向かって告げた。
「こー兄!」
「……はい」
「確かに、お出掛けは別に明日とかでもいいと思うよ。土日だしね。けどね、こー兄たちは高校生なんだよ!」
「お、おぅ……」
「放課後、高校の制服でお出掛けなんて高校生しか出来ない、高校生しか味合うことが出来ない貴重な青春の時間なんだよ! いい? 分かってる? それに、お姉ちゃんと制服姿でお出掛けってができるんだよ! なんかドキドキするでしょ?」
「ちょ、あおい!?」
変なことを言うあおいに、なながギョッとしたように目を見開く。
なんか良くわからない持論を、あおいは熱心に話してくれた。
途中から、貴女は人生一体何周目ですか、とツッコみたくなったり、最後の方は、明らかに言い方がおじさん臭かったけど、まぁ、何となく言いたいことは分かった。
「要は、休日にどこか行く、とかじゃなくて、ななと制服でどこかに行くことに意味があるんだろ?」
「そう!」
あおいは自信満々にそう告げる。
「分かった」
こうして、心配していたななとの勝負も方も、ななとの放課後に出掛けるという形で収まった。
また、一番予想外だったのが、久し振りに三人で水族館に行く事になったことだ。
流石の晃輔も少しばかり驚いたりはしたが、三人で行く水族館はとても楽しみだと思う晃輔だった。




