ななの誕生日
スマホのアラームが鳴り、晃輔はいつも通の、同じ時間に起床する。
今日は晃輔の幼馴染で、一緒に暮らしている、ななの誕生日である。
その幼馴染であり今日の主役とも言える当の本人は、晃輔の横でぐうすかと気持ち良さそうに眠っている。
朝起きて、まだ完全に目が覚めたわけじゃない晃輔は寝ぼけ眼の状態で、昨日の帰り道に、あおいから言われたことを思い出した。
***
晃輔たちの買い物が終わった頃には、外はもう既に日が落ちて暗くなっていたため、晃輔はあおいを家まで送り届けることにした。
「たぶん、お姉ちゃん明日が自分の誕生日だって分かってないと思うんだよなー」
晃輔とあおいが帰りの電車に乗っていると、あおいは突然そんなことを口にした。
「は!? いや、流石にそれはないだろう」
自分の誕生日を忘れるって、晃輔がそう心の中で思っているとあおいが呆れた表現を隠さずに告げた。
「まぁ、こー兄の気持ちはわかるけどね……けどお姉ちゃん……学校では完璧美少女みたいなこと言われてるんでしょ……?」
あおいはそう言いながら、遠い目をしている。
「そう……みたいだな」
「もうたぶん、私が何を言いたいかわかると思うけど……」
「……」
あおいは言葉を濁して晃輔にそう告げる。話をしていると、二人の乗る電車が最寄りの駅に着いたので、晃輔とあおいは電車を降りた。
「まぁ、一緒に暮らしているこー兄だからこそ、分かるとは思うんだけど……ほら、お姉ちゃんって、学校では確かに完璧かも知れないけど、家だと……正直ポンコツさんなとこ、あるじゃん?」
あおいは、どこか困惑した表情で晃輔を見つめる。
あおいのこの様子を見ると、家でも苦労しているのだなと晃輔は密かに思った。
「確かに……」
「だからたぶん……というか、まぁ、私も正直どういった理屈なのかはわからないけど……」
そう言って一呼吸挟むと、あおいは真剣な表情で晃輔に告げた。
「お姉ちゃん、時々自分のことになるとポンコツ化しちゃって、自分の誕生日すら忘れちゃう気がするんだよね……そんなことあり得るのかって思うのは当然なんだけど……それに――」
「ここ最近、慌ただしかったから、も影響していると?」
晃輔は、あおいが何を言いたいのかを察して先に答えた。複雑な表情をしながら何にも言えなくなる晃輔に、あおいも困った様に笑った。
「はい、正しくだと思います……」
「……」
「こればかりは、お姉ちゃんがいけないと思うけど……」
あおいは申し訳無さそうな表情で晃輔を見つめた。
「一応気にしといてね?」
「分かったよ」
「ありがと……できれば、明日が自分の誕生日ってことを、お姉ちゃんの誕生日会開くまで自覚がない状態でいてほしいんだけど……」
サラッと無茶なことを呟くあおいに晃輔は苦笑いする。
「それはたぶん無理だな。学校あるし。ななの友達が知っている可能性高いと思う」
「だよね……」
ななの友達。クラスの、というより学年のカースト上位のメンバーはななの誕生日を知っている可能性が高い。
恐らく隠し通すのは不可能だろうし、ななが今日が自分の誕生日だという事に気付くのは時間の問題だろう。
***
晃輔は昨日の事を思い出して、思わず頭を抱えた。
「はぁ……」
晃輔は、今考えても仕方ないと思い朝食を作るために取り敢えずリビングに向かう。
晃輔が起きてから暫くすると、なながリビングに顔を出した。
「あれ? おはようー」
「おはよう」
「あ、ご飯作ってくれてるんだー。いつもありがとねー」
「……!?」
「こうすけ?」
寝起きだからか、若干舌足らずのななに、晃輔はいつも以上にドキドキしてしまう。
なんかこう、今日はいろいろと心臓に悪い……晃輔は思わずそう思ってしまった。
「もうすぐご飯できるから、ちょっと待ってて」
「はーい」
ななはそう返事をして、着替えるために自室に入っていった。
暫くして、晃輔が朝食を作り終わったタイミングでなながリビングにやって来た。
「なな配膳頼めるか?」
「うん」
晃輔に配膳を頼まれたななは、渋ることなく朝食の準備を手伝ってくれた。
ななが手伝いをしてくれたお陰で、準備が早く進み、晃輔がリビングに向かう頃には食卓に綺麗に食べ物が並べられていた。
ななの朝ご飯のメインは白飯と味噌汁で、昨日の晩ご飯の残りものだ。晃輔はトーストで、ここ最近は割と簡単にご飯をすましている。
「「いただきます」」
そう言って、晃輔とななの二人は朝ごはんを食べ始めた。
朝ごはんを食べ終わると、晃輔とななは学校に行くためにそれぞれ自分の支度を始める。
ある程度学校の支度が終わったななが行く前に少しだけスマホを触っていると、ななのスマホにメッセージが来た。
「あおいからだ……」
「あおいから?」
たまたまリビングに居た晃輔は、そうななに尋ねる。
「うん。なんだろう……?」
ななはそう言って、メッセージを確認する。すると、メッセージを確認したななが固まってしまった。
「……」
「なな? あおいはなんて?」
晃輔は、あおいからのメッセージを見て固まってしまっているななにそう尋ねる。
「なんか……今日の夜ご飯、久しぶりに晃輔も含めて実家で食べようって」
なるほどそうきたか、晃輔は心の中でそう思った。
何時に何処でななの誕生日会をするか、などの詳しい事はあおいが決めると言っていたので、晃輔は今日に関する詳しい事が良くわからない。
「そっか、じゃあ、あおいの家庭教師が終わったら、ななもこっちに来るんだな」
「そうなる……かな?」
晃輔が知らない間にあおいがどんどん色々な事を決めていく状況に、若干の畏怖を感じながらも、時間も時間なので、晃輔たちは登校を優先した。
***
「どうした? 目と顔が死んでるぞ」
晃輔は学校に着いて荷物を置くと、既に学校に来ていた昌平がそう告げてきた。
「やかましい」
「それで、本当にどうした?」
「無視かよ……で、どうしたって、何が?」
晃輔は昌平の言葉に首を傾げる。
「いや、晃輔の目がいつも以上に死んでるから、何かあったのかなって」
「いや、特には無いんだけど……」
いつも以上っていつもどんなふうに見られているのだろうか、晃輔は少し気になりはするが、正直、今そんな事はどうでも良かった。
「……けど?」
歯切れの悪い晃輔に、今度は昌平が首を傾げる。
「いや、本当に大丈夫だから。お前が気にすることはない」
晃輔からしてみたら、あまり心配されてもどう返すのが正解なのか分からない、晃輔にも困るような内容なのだ。
「せっかく人が心配してやったのにー。酷いなー」
「サラッと悪魔みたいなことを言う昌平には言われたくない」
お互い軽口を叩き合った後、昌平は真剣な表情で告げた。
「まぁ、いいや。言いたくないなら無理に言わなくていい。俺だって、他の人に言いたくないような隠し事はあるしな」
そう言って、昌平は優しく微笑む。
「悪いな……」
昌平の美点は、人が踏み込んで欲しくない領域を確実に見抜き、そこには触れないでくれるところだ。希実にも、是非そうなって欲しいと思う。
昌平に向き直った晃輔は、改めて本当に良い友達を持ったなと思った。
昌平から目線を逸らしてななが居る方向に向けると、ななの机の上には大量のお菓子が山積みになっていた。
「う〜ん……嬉しいけど、これどうしよう……」
お菓子が山積みになった机を見て、ななは嬉しさ半分困惑半分という表情で、そう呟いた。
***
「ただいま」
学校が終わり、いつも通り晃輔は一旦実家に帰宅する。
「お帰り」
返ってきた晃輔を、嶺が出迎える。
「そういえば、嶺兄さん聞いた?」
リビングに来た晃輔が嶺に尋ねる。
「何が?」
「ななの話」
「あー、聞いた……相変わらずだなーと思ったけど」
嶺は苦笑いしながらそう答える。
「なんか、楠木家でやるみたいだな」
「……? その言い方。兄さんは来ないの?」
晃輔は、嶺のもの言いに疑問を覚えて尋ねる。
「いや、行くよ。っていうか、あおいからなにも聞いていないのか?」
「何時に何処でやるのかも、朝、あおいから連絡が来るまで、全然知らんかった」
「大変だな……」
晃輔の話を聞き、嶺は再度苦笑いしていた。
「あ! こー兄! 待ってたよー!」
晃輔たちが楠木家に着くと、あおいは元気一杯に晃輔と嶺に手を振ってきた。
嶺によると、ななの誕生日の日にななの誕生日会を開きたいと言って、あおいが藤崎家と楠木家の両家を説得して、今日は家庭教師は無しということになったらしい。相変わらず恐ろしい行動力。
「ななは?」
「流石にいないよー」
この場になながいたら全く意味がないため、一応聞いてみる。
が、どうやら、ななはもう既に、向こうの家に向かったらしい。
「信用ないなー」
そう言って、あおいはぶーっという抗議の音を立てて口を尖らせた。
「流石に、そこまであおいは馬鹿じゃないでしょ」
「嶺兄までー! ……まぁ、いいや」
「いいんだ……」
思わず冷静に突っ込んでしまう晃輔。
「いいよ……よくはないけど……けど、今はそんなことより早く準備しちゃいたいから。二人とも、手伝って!」
「ああ」
「はいはい」
あおいが真剣な表情でそう言うので二人は返事をして、誕生日会の準備に取り掛かった。
「ただいまー」
「お帰りなさい!」
晃輔たちが準備を始めて暫くすると、ななとあおいの母親、千歳が家に帰ってきた。
「ずいぶんとできているわねー」
「あれ? お母さん?」
千歳の声がした後、聞き覚えのある声に視線を向けると、なんと千歳と一緒に、晃輔たちの母親までもが楠木家にやって来た。
「なんで、母さんがここに?」
晃輔は真実にそう尋ねる。
「なんでって、あれ? 嶺もしかして、晃輔に何も伝えてないの?」
「ああ、伝えてない」
嶺は、それが当たり前のように返答する。
「そうなのね……私はてっきり伝えているものかと思っていたわ」
「晃輔はすぐ顔に出るから、無理だろうなと思ってな」
「なるほどねー。まぁ、正解かもしれないわねー」
嶺の説明にうんうんと頷き、納得した素振りを見せる真実。
何が、晃輔は思わずそう口走りそうになったが、なんとか堪えて、その言葉を飲み込んだ。
「はい、これが頼まれていたケーキよ」
そう言って千歳は、ケーキが入っている箱をあおいに手渡す。
「ありがとー! ……そういえば、お父さんたちは……」
ふとそんなことを思ったあおいが、千歳にそう尋ねる。
「来るんじゃないかしら?」
「なんで疑問形なのよ……ちなみに、お父さんもこれそうだって」
真実は千歳に呆れながら、晃輔たちに向かってそう告げた。
こうして、楠木家にそれぞれの父親を除き、藤崎家と楠木家の二家族が大集合した。
「そろそろ、ななを呼んだほうがいいんじゃないか?」
料理や部屋の飾り付けなど、作業が大体終わりにさしかかった時、嶺が時計を見ながらそう告げた。
「そうだね! じゃあ呼ぶね!」
そう言って、他の人の意見なんて聞きもせず、あおいはテレビ台の上にあったスマホから、ななに電話をかけた。
ななに電話をしてから暫くすると、なな本人が楠木家にやって来た。
「ただいまー」
「おかえりー! それと……」
『お誕生日おめでとう!』
あおいを筆頭に、ななをその場にいたメンバー全員で出迎えた。
「! ……え……ありがとう」
ななは驚いてしまったのか、固まってしまっているが、その表情がだんだん歓喜の表情に変わっていったので、晃輔はホッとした。
「改めて、お姉ちゃん!」
「なな」
「「お誕生日おめでとう!」」
「ありがとう!!」
晃輔とあおいがそう告げると、ななははにかみながらそう答えた。




