真夏のボランティア活動記2
「藤崎先輩、いい時間なので休憩に入ってください」
ジャグの交換が済んで管理棟に戻って来た晃輔は凛にそう告げられた。
「了解」
晃輔は返事をすると先程配達されたお弁当を受け取っ管理棟の二階に向かった。
晃輔は管理棟二階の、休憩所として利用している部屋に入る。
休憩所は部屋全体に強めに冷房が効いているらしく、地獄ような暑すぎる外と比べると、この部屋はとても涼しく感じて、ある種の天国の様だった。
晃輔が休憩所に入ると、順哉と土井が揃って昼ご飯を食べていた。
珍しい組合せだな、と思った。
いつも皆といる所しか見ていないので、順哉と土井の二人だけでいるところはほぼ見たことがない。
だからか、晃輔は余計にそう思ったのだろう。
「よっ」
「お、晃輔。晃輔も今から休憩か?」
「おう」
「お疲れ様」
「おう。そっちもな」
晃輔は軽く言葉を交わすと、空いている席に座ってお弁当を開ける。
休憩所には晃輔、順哉、土井の三人しかいない。
嶺や凛の話だと、人数はそれなりにいても、一気に何人も休憩に入られると仕事が回らなくなるらしい。
そのため、休憩時間はそれぞれ別々となった。
「藤崎君。弁当食べた?凄く美味しいよ?」
弁当を開けた晃輔に、土井は目をキラキラさせながらそう告げてきた。
いつもの、殆ど表情に変化が無く、声に抑揚が無い土井とのギャップが凄すぎて、晃輔は思わず笑ってしまう。
「今食べるよ……いただきます」
晃輔は手を合わせてそう告げると、箸を手に取って頂いたお弁当をよく観察する。
よく見ると晃輔たちが頂いたのは、横浜や東京に工場を置くシュウマイがメインのお弁当だった。
晃輔は驚きつつ、箸で一口分すくい上げて口に含んだ。
「!……美味しいな」
「でしょ!?」
晃輔の感想に反応した土井が、興奮気味にそう言うので晃輔と順哉は笑ってしまう。
すると、笑われてちょっぴり不機嫌そうな表情になった土井が晃輔と順哉を軽く睨む。
「…………藤崎君は、ななにいつ告白するの?」
「ぶっ」
土井は抑揚のない声で晃輔に必殺の爆弾を投げてきた。
「はい!?……いきなり何言ってんの!?」
危うく吹き出しそうになりながらも、何とか体制を立て直す晃輔。
晃輔の反応が面白かったのか、土井は何処か愉しそうに続ける。
「いつ付き合うの?」
「本当にどうした、急に」
助けを求めようと晃輔の隣に座る順哉に視線を送ると、順哉は腹を抱えてケラケラ笑っている。
晃輔は横で爆笑している順哉を恨みがましく見ると、諦めて視線を土井に向け直した。
「藤崎君、さっき大学生がななに近付いて話していた時、面白い顔してた」
「へ?」
思わず声が出た。
いつだろうか。
ボランティアとして動く以上、お互い声を掛け合って協力する必要がある。
晃輔は必死に頭を回転させるが、分からない。
あんまり覚えていないだけか、それとも……なのか。
恐らくだが、大会中は色々とやることが多すぎて、誰が何処で誰と話しているかなんて、正直一々気にしていられない。
晃輔と違い選手サポート班に回ったななが、同じ班の大学生の人と話していても別に不思議では無いと思うし、晃輔もそんな事で一々目鯨を立てないと思う。
本当にそんな顔をしたのだろうか。
必死に考え込む晃輔を見て、順哉が笑いながら告げた。
「これは背中を蹴る会をまた開かないとな」
「そうだね。皆集めてやらないと」
「おい待て。本当に何作ってる」
晃輔は土井が言ったことに頭を悩ませていると、順哉がおかしなことを言うので更に晃輔の頭が痛くなる。
晃輔が順哉と土井と話していると、休憩所のドアがガチャリと開いた。
「ずいぶんと楽しそうだね〜」
「何だあおいか……誰かと思ったぞ」
「むしろ誰だと思ったの?……もしかして、お姉ちゃんの方が良かった?こー兄」
「……」
あおいはからかうようにそう告げるので、晃輔は思わず黙ってしまう。
先程まで、そのお姉ちゃんの話をしていたせいで晃輔は頬が内側熱くなるのを感じた。
順哉と土井は顔をにやにやさせながら晃輔とあおいの会話を聞いており、若干腹が立った。
「あ、そうだこー兄。さっきこー兄が助けてあげた人が、こー兄にありがとうって言ってたよ!良かったね!」
「……おう」
晃輔は小さく呟くと、全然進められてない弁当を食べ始めた。
***
「すいません、戻りました」
上で昼ご飯を食べた晃輔たち三人は、休憩から戻ると他の大会スタッフに声を掛けた。
すると、晃輔を見つけた凛が近付いてきた。
「あ、藤崎先輩たち。しっかり休憩できましたか?」
「ああ。充分」
「うん」
「ありがとうな」
晃輔たちが口々にそう告げると、凛はホッとした表情になった。
「良かったです……今日は暑いので特に……例年、ボランティアしてくださるのは非常に助かるのですが……時々、ちゃんと休まずに動こうとして、倒れて救急車、なんてこともあったりするので……」
「そんなことがあるんだな」
「はい……なので倒れられると、ちょっととは言えないぐらいの労力がこちらにもかかるので、できれば本当に倒れてほしくないです」
「……自己管理だけはしっかりしてくれって感じだな」
順哉は真面目な表情でそう呟いた。
すると、横で凛の話を聞いていた土井が凛に尋ねた。
「凛さん。私たちって、お昼前と同じ、またジャグの交換作業をすれば良いの?」
「そうですね……ただ、本当に今さっき交換したばっかりなので、しばらくは大丈夫だと思いますよ?」
「そうなの?……どうもありがとう」
土井が微笑むと、凛は顔を赤くさせ右に左に目を泳がしていた。
「いえ…………そうだ。今やっている試合が終われば、予定として後一時間ぐらいは試合時間が開くので、良かったら選手とお話してみるとかいかがですか?皆さん優しいので、聞けば多分色々な事を教えてくれると思いますよ?車いすならではの悩み、とかそういうのとか」
たじたじになりながら凛が提案すると、土井と順哉は目をキラキラさせていた。
そして晃輔に軽く合掌すると、ササッと選手の所へ向かって行った。
「藤崎先輩は行かなくて良かったのですか?」
「俺には、ほぼ初対面なのに真正面から突っ込んでいける勇気はないかな」
「ふふ。藤崎先輩らしいですね」
凛は小さく笑うと、晃輔に尋ねてきた。
「どうですか?この大会のボランティアをしてみて」
「……大変だなって思ったよ。普通に。覚えること、考えることが多すぎる……でも、やりがいがあって楽しいかな」
晃輔が答えると凛は何処か嬉しそうな表情をする。
そして、凛は晃輔にこう尋ねてきた。
「それは良かったです。時に藤崎先輩……ボランティアをしてみて……この大会を通して、選手やスタッフを見て、いったい何が大切だと感じました?私たちと車いすの方々とは何が違うと感じました?」
いきなりなんだ、と思ったが、凛を見ると至って真面目な表情をしているので、恐らく本人は真面目に晃輔に聞いているのだろう。
「それは……まだ難しいな。ボランティア始めてまだ数時間だし」
晃輔が答えると、横から凛の名前をよぶ声が聞こえた。
車いすに乗っているので、恐らくあれは選手だろう。
「呼ばれちゃいましたか……藤崎先輩、それではまた明日同じ事を聞きますので、その時は答えていただけると嬉しいです」
そう言って、凛は呼ばれた方に駆けていった。
指示役も大変だな、と思いながら、残された晃輔は選手の話を聞いている順哉と土井の所に混ざりに行った。
凛が言った通り、小一時間の試合休憩があった。
その間にあっという間にジャグから大量の水分が抜けていき、晃輔たちは慌ててペットボトルとビニール袋に包まれた氷を抱えて空になりかけているジャグに水分を注ぎ込んだ。
試合が再開しても、とてつもないペースでジャグの中の水分が無くなっていった。
晃輔たちは、慣れない作業と夏の暑さでへとへとになりながらも何とか対応して一日目をやりきった。
気が付くと、今日の試合が終わる頃には既に日が暮れていた。
へとへとになってしまった晃輔とななは夜ご飯を作る気すら起きないため、今日の夜ご飯は出前となった。