3.朝光若葉はわかっている
「そんなに腫れてもないから、一応これだけ貼っておけば? 心配なら氷嚢貸すけど?」
そういって保健室のおばちゃんは、冷えピタを七緒に渡す。
「いえ、冷えピタで大丈夫です。ありがとうございます」
「念のため来たっていうのは、いい心がけだね。これでたんこぶ出来たとしても、すぐ治るよ」
「おばちゃん、俺も一つもらっていい?」
「……いいよ~。久々の学校は疲れた?」
「まあ、充実した疲労感、って感じかな」
「ならば良いこと」
おばちゃんは親切に対応してくれた。毎回思うんだけど、終夜、朝光、七緒。こういう美少女が多い学校って、普通セクシーな保健室の先生がいるものじゃないの? 不都合なこの世界に、心の中で唾を吐いた。しかし、おばちゃんはおばちゃんで、安心感が半端じゃない。
「ななっち~! 大丈夫―?」
朝光が息を切らしながら、保健室に駆け込んできた。
「こらっ! 走るな! 寝てる人もいるんだよ!」
「す、すいません~」
入って二秒で、朝光はとほほと涙目だった。表情がコロコロ変わって、見てて飽きないなあ。
「ありがとうございました」
「いえいえ。お大事に」
おばちゃんがひらひらと手を振って、保健室を後にした。
「じゃ、ここからは若葉ちゃんのターンだから。陽くん譲るわね」
「なにそのカードゲーム方式」
しかもコイツ、さりげなく下の名前で呼んだな。まあもちろんドキドキしましたが? 下の名前で呼ばれただけで騒ぐと童貞っぽいので、俺はクールを装う。でゅふふ。
「じゃあ、遠慮なく貰うね。ななっち、バハハ~イ」
俺はギャルでもなく流行にも疎いが、そのバイバイの言い方は、絶対流行ってないことだけはわかる。
「じゃあね~」
手を振って、七緒は校門の方へと向かっていった。
「……さてと、じゃあ早速いこっか。……いや何してんの?」
「いや、俺自身の成長を噛みしめててね」
嬉し涙(ウソ泣き)と共に、汗をぬぐった。
引きこもりあん畜生だった俺が、学校を一日乗り切り、あまつさえ女子と放課後、三十分も過ごすだなんて。しかも物理的にも急接近してしまった。俺は大人の階段を、瞬間移動で百段ぐらい登った気分だ。
少し自信が付いた。ちょっとイケてるという自己肯定感もあった。なので、ちょっとイケてるハンサムメンボイスで朝光に話しかけた。
「朝光、話があるんだが」
「きっしょ」
一蹴だった。
「そりゃないぜ朝光。お前はこの世で一番、オタクに優しいギャルに近い存在なんだから。優しくしないとダメだろ?」
「勝手に決めつけんな……。普通に話してくれれば、こっちもないがしろにしないよ」
そんな優しさを見せる朝光、嫌いじゃないぜ。
「高校初日に、パニックになった俺を、唯一茶化さず、何のメリットもないのにずっと助けてくれたのが、朝光だったな」
「……なに突然。うん。別に当然のこと、しただけだけど」
もはや懐かしくも感じる、教室の異様な雰囲気。それは、遠い昔の出来事。
「そんなお前だから、言うんだが」
「……」
沈黙は肯定と受け取った。
「俺多分、明日からまた学校来れなくなる」