【玉座】
【玉座】
淡い銀色の空間。
天井も壁も柱も、足元の床ですらも。
全てが柔らかな光を放っている。
その中にひとつ、黄金の椅子がある。
背もたれから肘掛け、足に至るまで綿密な装飾が施された、まさに玉座と呼ぶに相応しい豪奢な物だ。
今、そこには壮年の男が座っていた。
鍛え上げられた肉体を絹のローブに包み、同じくシルクのつば広帽を目深に被っている。
大きく息を吐きながら、静かに隻眼を開いた。
「とりあえず、順調ではあるか」
かつて男の王国は襲撃を受けた。
敵はヨートゥンを名乗る異形の巨人達。
奇襲により反撃らしい反撃も行えなかった。
それを経験に男は討って出る。
ヨートゥンの棲み処を調べ、勝利の槍を手に単身乗り込んだ。
だが、ヨートゥンの地には罠が仕掛けられていた。
彼の力の根源たる秘紋は封じられ、無惨に命を落としてしまう。
驕りがある限り、待つのは破滅だけ。
学んだ男は仲間を頼った。
己の眷属を集め、万全の迎撃体勢をとる。
しかし、この世界で神々と呼ばれる者達が集結してもなお、勝利を得る事はできなかった。
次々と相打ちに果て、滅びを迎えた。
更なる戦力が要る。
男が目をつけたのは人間だった。
あらゆる世界で、卓越した能力を持つ者を探す。
彼らの死を待ち、秘紋で複製を作成した。
不死の超越戦士「エインヘルアル」の誕生だ。
彼らをヴァルハラという施設に集め、互いに競い合わせ戦闘力を高めた。
ヨートゥンを滅ぼす、まさに奥の手として。
だが、それでも足りない。
エインヘルアルはヨートゥンの精鋭部隊と刺し違えた。
解せなかった。
戦力的にはエインヘルアルに分があったはずだ。
彼らの戦いを分析し、ふたつの敗因を得た。
まず、彼らは自身の不死性に頼りきっていた。
秘紋を封じられ、そのアドバンテージを失うと同時に士気は低下。
半数近くが消滅の恐怖を前に戦闘不能に陥った。
もうひとつはヨートゥンに対する敵愾心の不足。
エインヘルアルにとって、ヨートゥンは異形とは言え、憎悪も怨恨もない相手。
なんとしても殺してやるという意気込みが欠けていた。
足りないなら、足せばいい。簡単だ。
エインヘルアルの中にヨートゥンの手先が潜み、しかも不死であるエインヘルアルを消滅させる武器まで持っている。
万全の不死性は崩れ、彼らは消滅を意識して戦う事になる。
それだけではない。
ヨートゥンにより大切な仲間が消されるのだ。恨みも根付く。
そう。彼らは消滅の恐怖を乗り越えた復讐者となるはず。
男の口元に薄い笑みが生まれる。
「やや間引く数が多くなってしまったが」
エインヘルアルでも優秀な者達を集めた実戦部隊。
彼らをまずターゲットにした。
結果は悪い意味で想定通り。
最優秀チームは不死性を頼りきって全滅した。
不利に陥ると直ぐに「死んでリセット」を選択したのだ。
潜んでいた裏切り者に気付く間もなく、死体は塩となって消えた。
第二チームは裏切り者に踊らされた。
疑心暗鬼に陥り、壮絶な殺し合いが勃発。自滅して終わった。
第三チームも似たり寄ったり。
生き残ったひとりが、エインヘルアルだっただけだ。
唯一の勝利が第四チームだった。
全チーム中最低成績のチームが、なんと半数以上残ったのだ。
しかも裏切り者を撃退し、破滅の武器まで奪うオマケ付きで。
他に補欠のチームをふたつほど試してみたが、結果は生存者ゼロ。
これは妥当だろう。
「減った分は補充すればいい。数を集めるより、質を高めるのが先決だ」
これでいい。勝利が確実に近付いている実感がある。
ふと、ヨートゥンの魔女が言い放った言葉がよぎる。
「浅知恵を巡らそうが無駄じゃぁ。
お前の未来視をもってしても、破滅から逃れることはできんのじゃぁ。
定めは決して変えられぬぅ。変えられぬが故に運命なのだぁ」
「愚かな女め。神でも運命を知ることはできぬ。
未来を知ることはできぬのだ」
どれだけ綿密に管理しても、不具合は避けられない。
それを未然に防ぐ為、男は一計を案じた。
秘紋を駆使して、時間軸をずらした世界を四つ複製したのだ。
そして各世界に自身の分体を置き、知識と経験を共有させる。
大きな影響を与える事象が発生した場合、異なる選択で結果を確認。
その中でより良き未来を「正しい世界」とする。
そして他の世界を削除し、改めて四つの複製を作り直す。
これを繰り返してきた。
結果、未だに神である存在が厳格に管理する。
「理想の世界」が継続できていた。
四つの世界は既に滅んだ。
その全てを経験として持つが故に断言できる事がある。
「我が知識と秘紋の前に滅ぶのは、お前らヨートゥンだ」
玉座からゆっくりと腰を上げた。
その姿が一瞬にして変化する。
シルクのローブから、蝶ネクタイを首元に留めた白シャツと、サイドストライプのズボンに。
ふわりと藍色のテイルコートが翻る。つば広帽は古風なトップハットとなった。
隻眼の瞳は、白い仮面の下に隠れる。
肩口丈になった茶褐色の髪を軽く撫で、トレードマークの穏やかな笑みを作る。
「他のメンバーをふるいに掛けつつ、光輝達には更なる試練を与えないといけないな。
さて、僕の期待に見事応えてくれるか。少し楽しみではあるね」
ハーディンと名乗る青年は、至極嬉しそうにひとりごちた。
〈FIN〉




