第45話 異形と炎竜
「[異形の戦士 アレス]」
「[BURN]」
アルセウスの先攻で始まった。
辺りの景色は何もない土ばかりの大地。ただ、かつては草原だったらしいことが窺える。焼け焦げた草の残骸があるから。
その中に立つ二体のアーミー。
昴の傍らに立つのは紅き炎竜、BURN。相対するアルセウスと並び立つのは……腕だけが人間と同じ形をしているどこか不気味な異形の竜人、アレスである。
そんなアレスを目にし、アミが眉をひそめてサバーニャに耳打ちで訊ねる。
「あれ何? [異形の戦士]って初めて聞くんだけど」
「[コトカタシリーズ]ってやつよ。赤属性以外にも存在するアーミー。例えばアレスの場合だと、顔は竜で、皮膚には鱗もついている竜人の様相をしているのに、手だけが明らかに人間でしょう? ああいう中途半端に人間の形質を持ってしまった生き物を[コトカタ]と呼ぶの。コトカタはその奇妙な風体から差別され、世の中から排斥されたと言われているわ」
サバーニャは寂しげに耳を垂らし、アルセウスを見やった。
「あいつのようにね」
サバーニャの続けた言葉にアミは改めてアルセウスを見る。顔は完全に虎猫、しかし手札を握る手は人間のものだ。彼は言うなれば異形の獣人といったところか。
含みのあるサバーニャの視線にアミは声を低くして問いかける。
「やっぱり、差別はあったの?」
「……少なくとも、アグリアル・タイラントが一番嫌いなタイプのやつよ」
タイラントは人間以外の人種を疎む。見るからに異形の魔物はもちろん、人間より遥かに知性的なエルフも、今では稀少とされる竜人も、自ら治めた西の地に多くいた獣人も。
サバーニャのように人間の容姿に獣耳や尻尾がついているだけというものですらタイラントは受け付けない。それが他は獣の成りを継いで、腕だけが人間のものという獣人の中でも異形のアルセウスを受容するわけもない。タイラントだけならまだしも、アルセウスのような見てくれの獣人は同族の中ですら異端視されていた。
「差別ね……どこの世界でもあるもんなのね」
アミはぽつりと呟くと、アルセウスと昴の戦いに目を戻した。
見ると、アルセウスのリバースメイン[アレス]の傍らに、新たなアーミーが増えていた。胴だけが人間のものである竜人[異形の眷族 ウラノス]。アブソープションらしい。
「フィールド[還るべき場所]をセット。バックアップを一枚セットし、ターンエンドだ」
アルセウスがフィールドを置くのに応じ、アルセウスの後方にブラックホールのような黒いものが浮かび上がった。
昴にターンが移る。
「ドロー」
昴はデッキから一枚引き、チューンシーン。
まず昴はフィールド[炎竜の咆哮]をセット。続いて[エッジスナイプドラゴン]にアブソープションした。
「[エッジスナイプドラゴン]のアビリティ、山札の一番上を確認」
引いたのはフィールドカード[荒れ果てた荒野]。当然、アドベントはできない。[荒れ果てた荒野]はダウンチャームへと破棄される。
あまり良いとは言えない滑り出しだ。[荒れ果てた荒野]は昴が重宝している赤のパワー押し戦術において重要なフィールド。現在、[炎竜の咆哮]をセットしているが、ドラゴンアーミーに限定されるアビリティだ。ドラゴンの他に[竜の友]もアドベントできる[荒れ果てた荒野]の方が使いやすい。
昴はアミの[ほぼ天使アーミーオンリー]ように極端な編成はしていない。ドラゴンアーミーは多めだが、ヒューマンアーミーの[竜の友]シリーズやゴーストアーミーの[炎霊]シリーズも合わせている。
炎竜を展開して戦うのが昴の得意とするところだが、デッキの軸を一つだけにしてしまうと、[勝ちパターン]が決まってしまい、そのとおりに展開できないと勝てないという事態が発生してしまう。それを危ぶんだ結果の編成だ。
アミのように極端編成も勝てる確率は決して低くはないが……元の世界にいたときより、昴は[勝つため]にゲームをすることはなかった。効率のいい勝ち方を考えないわけではない。
けれど、昴にとってゲームとは[楽しむため]のツールだ。
昴がブレイブハーツにはまっているのだって、楽しいからだ。
それなのに、今のこの状況は何だ。昴は現状が許せなかった。歪んだ悦びのためにアドムを放つタイラントや、心を抉られ、泣く純冷が。
こんなの、間違っている。
昴は[エッジスナイプ]がアブソープションに登場したことから[炎竜の咆哮]を発動させる。
出たのは[竜の友 ソル]。
「手札より、サイドに[ブレイクフレア]をアドベント」
再び[炎竜の咆哮]のアビリティ。
[炎霊 ほむら]
そのカードを持つ手が微かに震える。しかし握り込むそれを無視するようにカードはひらりとダウンチャームに落ちた。
「[ブレイクフレア]で攻撃」
「アンシェルター」
アルセウスのダメージコマンドはドロー。センターのパワーが上昇する。
「BURN」
「[ヘルメス]でシェルター」
壁は5000でたった一枚。コマンドが出るだけで通るようなちゃちなシェルターだ。
が。
「ブランク」
表れたのは[火種の竜 アラク]。皮肉にも先程全く出てこなかったドラゴンアーミーである。
端で見ていたアミはあからさまな昴の引きにそっと息を飲む。
負けるかもしれない。
嫌な雰囲気が漂う中、ターンは再びアルセウスに戻る。
「ドロー。バックアップを二枚セット、バトルシーンに移るぜ」
アルセウスは淡々とテンポよく進める。
「さぁ、アレス、行け」
異形の戦士が唯一人間と同じ形の手に持った二つの剣を振り上げる。
「[還るべき場所]のアビリティ。[異形]の名を持つアーミーが攻撃したとき、そのアーミーのパワープラス3000」
「アンシェルター」
「コマンドチェック……クリティカルだぜ」
ドライブコマンドでアルセウスが手にしたカードにはしっかりと星のマークがついていた。昴のダメージが二枚飛ぶ。こちらはどちらもブランク。
明らかな劣勢にタイラント以外の外野が険しい顔つきになる。
「おいおい、これじゃ話にならんぞ」
アルセウスも心持ち眉根を寄せて言った。一方的とまではいかないが、昴のデッキの回転が悪いのは初見でもよくわかった。
一方的な展開は望むところではない。まあ、タイラントの盾という名分上は全く問題ないが。
アルセウスは案外と昴に似た思考回路の持ち主なのだ。何をやるにしてもフェアであることを尊ぶ──相手も自分も[楽しい]ことを重視する。
それゆえの発言だったが、対する昴の目を見て、アルセウスの表情は驚愕に染まる。
「大丈夫だよ。だって、まだ始まったばっかじゃん」
手札を握り直し、真っ直ぐアルセウスを見据えた少年は不敵に笑んでいた。
とても楽しそうに。
「ここからだよ」
全く不利なこの状況が堪えていない様子の昴の瞳に、アルセウスもつられて笑みを浮かべた。
「そのとおりだな」
アルセウスの表情に昴は更に笑みを深め、行くよ、と宣言する。
「ターンアップ、ドロー」
一方、観戦していた者たちのうち、騎士とエルフと天使──シエロとナリシアとターシャは昴の姿に強い既視感を覚えていた。
「コウ……じゃないよね」
そんなわけないよね、と自らに言い聞かせるようにナリシアが繰り返す。
そんなナリシアにシエロとターシャは目を向ける。二人もまた、同じことを思っていた。
容姿は全く似ていない。ただ、不屈の闘志の焔と希望に煌めく瞳、その目に違わぬ雰囲気、意思の在り方がかつて共に旅した少年にそっくりなのだ。
シエロも昴を最初に見たときから、なんとなくそう感じていた。彼が、コウが戻ってきたんじゃないかと思ったほどだ。
けれど、それはあり得ない。
昴を見て、幾度かよぎったその思考を首を横に振ってシエロは否定する。その思いを払拭するように。
「……なぁ、お前さん。おれの気のせいかもしれないんだが」
ところが、思わぬところから、その疑問が飛び出る。
「前に一度会ったような……こうして差し向かいで、戦わなかったか?」
昴はきょとんと目を丸くする。
「戦う? ゼウスと俺が? ブレイブハーツで?」
「いいや、それより前……」
自信がないのか、アルセウスが募る言葉には力がない。すると昴は肩を竦めて笑った。
「気のせいだよ。だって俺、あなたの名前は知ってるけど、実際に会ったのは初めてだもん」
「……だよな」
会話が落ち着いて、シエロたちはほっとする。昴が自分たちの想像を笑い飛ばしてくれたから。
昴は小さく疑問符を浮かべながらもターンを進行する。
「リバースバックアップを二枚セット、バトルシーン。BURNで攻撃!」
意外な一手だった。普通であれば明らかにパワー不足のこの布陣では後々コマンドでのパワーアップが望めるセンターの攻撃は後回しにされる。前のターンの昴のように。攻撃で相手がダメージでコマンドを引き、パワーアップしたときに攻撃が通らなくなる可能性が高くなるからだ。確実に一撃を与えたいならば。
アルセウスは思考を廻らせる。その目は自然にある一点に引かれる。
リバースバックアップ。ここに何かあるにちがいない。
「[異形の天使 アフロディテ]でシェルター」
そこまで神経質になる必要はないだろうが、アルセウスは10000のシェルターを出した。
「リバースバックアップ、オープン」
見事に引っ掛かったらしい。センターの後方に置かれた昴のバックアップが開く。しかし、アルセウスは全く焦ってはいない。
引っ掛かることこそ目的だった。不安要素は早い段階で摘んでおくに越したことはない。トリガーはこのタイミングなら[シェルター]の有無だろう。
さて鬼が出るか蛇が出るか。
「[火種の竜 アラク]。相手が10000以上でシェルターしたとき、このアーミーはアドベントされ、攻撃している前衛のアーミーを支援する」
なかなかの能力だ。アラクのパワーは7000。志願兵アーミーの中でも高い方だ。そのパワーがセンターに加わる。その上。
「同時に隣のバックアップもオープン。[種火の竜 シドナ]。オープン条件は隣のバックアップがオープンされ、かつそのカードが[火種の竜 アラク]であった場合。始まりの双竜は新たな炎を呼び覚ます──[豪炎暴竜 シドナラク]を山札よりアドベント」
新たに呼び出されたのは二つの頭を持つ竜。フィールドに降り立ちながらそこかしこに炎を撒き散らし、異形の竜人たちを牽制する。
更に併発した[炎竜の咆哮]のアビリティで志願兵[フレイムガトリンガー]を[シドナラク]の後方にアドベント。その先の連鎖は続かなかったが、陣形は整った。
ここでようやく昴のドライブコマンドチェック。
「[フレイムサラマンドラ]」
クリティカルコマンドである。
BURNの攻撃はアルセウスのシェルターを突破、一気に2ダメージを与えた。




