第34話 竜国の少年
シエロはまず、暗黒街から最も遠い竜国の魔物から退けようとした。
竜国はやはり暗黒街から一番遠いからか魔物の侵攻もあまり進んでいなかった。だが、少々厄介な土地柄のために魔物討伐は最も進んでいない。
その厄介な土地柄というのが竜国の名にある竜の存在だ。
竜国とはそもそも、人間も動物も遥かに超越した異形の生物・竜の住処である。
竜は遥か古来より生きる生物であり、個体ごとに己の領域を持つ。竜は己に対する誇りを高く持ち、領域を見ず知らずの者に侵されるのを嫌った。故に、領土を求める人間を毛嫌いしている。
そんな竜と人間との仲立ちをしようと集ったのが、現在の竜国民の先祖たちだ。
竜は食糧を得るためにやってくる動物などは嫌わない。つまり、竜及び竜の住まう土地に害意を持ってやってくる者だけを嫌うのだ。
人間は土地を切り拓き、自らのいいように作り変えてしまう。他の種のことなど省みることもなく。それが竜にとっては許せないことであった。
竜たちの暮らしに支障が出ないよう、こちらから共存の意思を持って歩み寄れば、何も問題はない。そう立ち上がり、今の竜国が築かれたわけだが。
魔物侵攻が始まり、人間と魔物が竜たちの領地内で争うようになった。竜は己の領域を侵されるのをよしとしない。
喧嘩両成敗といえば聞こえはいいが、要するに竜は魔物はもちろん、応戦していた人間までをも殺戮しようとした。
それを止めるため竜との交渉に駆り出されていたのが竜国の少年・コウだ。
コウは本当に一介の民で特殊といえば特殊なのは、彼は代々竜と親交を持ち、竜と人との橋渡しをしてきた民"竜の友"の一族であることくらいだろう。それでも彼に特殊な能力があるわけでもなく、これといって特技もない。ただただ一般的などこにでもいそうな少年だった。
そんな普通の少年が何故竜との交渉などという大役を任されたのか。それは単なる押し付けだった。
魔物と人間の争いでテリトリーを侵された竜はそれはもうかんかんだったのだ。近づく者は問答無用で叩き伏せる。実際既にそれで命を失ったものは人間にも魔物にも無数にいた。"問答無用"なのだ。竜の友にすら耳を貸さない。
そんな状況下に送り出されたコウ。それはもう誰が見ても明らかに──生け贄だった。
けれど当の本人は表向きの民たちの願いに沿って竜と交渉するつもりでいた。生け贄のことなど気づいていない。純粋な子どもだった。竜と話せる。しかもこの上なく重要な役目を託されて。竜と話し合うことは竜の友の子どもにとっては非常に誉れ高いことだった。それだけで一人前として、大人として認められたことになるのだから。
竜国に来たシエロは竜の友の代表者が荒れ狂う竜との交渉に臨む、とだけ聞いていた。腰の重かった竜国の民がようやく、と思い、その一助となるためシエロも共に行こうと名乗りを上げた。
そこでシエロは現実を目の当たりにする。交渉に行くのは一族の代表者というにはまだ幼すぎる少年。大人は竜との交渉など諦めきっていて、竜との交渉が成功すると信じているいたいけな少年をこともあろうに生け贄代わりにしようとしているのだ。
シエロにはそれが許せなかった。だが、異国の民に竜国は聞く耳持たず、シエロはコウの方を説得しようと試みる。
現実を教えられ、コウは驚いたようだった。けれどショックを受けた様子はなく、むしろ「ますます交渉に行かなくちゃ」と気合いが入れ直された風に。
シエロは死に急ぐな、と説得するが、コウはけろりと笑ってシエロの言葉を否定したという。
「死に急いでなんかいませんよ。みんなに期待されていないなら、竜との交渉を絶対に成功させて生きて帰る。そうしてみんなをびっくりさせるんです」
コウの特徴を語るなら、この普通ではあり得ないほどの"前向き思考"は外せないだろう。
成功させて、みんなに認めてもらう──というよりか、本人は本当に純粋に驚かせたいだけらしいことがコウの真っ直ぐな眼差しからわかり、シエロは戸惑いながらも、そういうことなら協力しようとコウと共に竜の巣窟へ向かった。
竜は予想どおり全く聞く耳を持ってくれたのだが、コウの真っ直ぐすぎる性根に思うところがあったらしく、命までは取らなかった。
"自分勝手な都合で竜の領域を踏み荒らす輩の話など聞く価値もない"──竜の言うことはもっともだった。人間の身勝手さはコウですらわかっていたくらいだ。反論の余地などなかった。
それでも簡単に引き下がるわけにはいかない、とコウとシエロは近くの街に戻り、出直すことにしたのだが。
街に行く道の途中で竜の巣に攻め入ろうとやってきた魔物の大群に出会す。
竜の住処を荒らさせるわけにはいかない。コウは数の差など気にも留めず魔物の大群に突っ込んでいった。シエロはあまりにも無謀な行動に驚くが、コウを見捨てることはせず、共に魔物を切り伏せた。
しかし多勢に無勢。たった二人では魔物の物量に対応しきれるはずもなく、突破を許してしまう。シエロはその場に踏みとどまり、少しでも数を減らそうとするが、コウは竜を放ってはおけないと竜の住処に向かう。
そこで浅慮で矮小な存在だ、と笑ってコウを踏み潰そうとする魔物が手にしていた武器をコウに叩き込む。
が。
それを阻むものがあった。鱗を持つ雄々しい巨体。それがコウの前に悠然と立っていた。
「矮小なものは憐れよのう。相手がどれほど強大なものでも、立ち向かわねばならぬときがある。図体ばかりでかく見えるように余計に体を震わせて。
ほんにおんしは憐れよのう。されど、見目矮小なこの小僧のことを我は憐れとは思わんよ。ほんに憐れで矮小なやつとは心根まで矮小じゃからのう」
竜は尾の一振りで魔物を一掃した。
現れた竜に何故自分たちの味方をしたのか訊くと竜はこう答えたという。
「我につれない答えをされたにも拘らず、我のために戦おうとしてくれた。人間の味方をするのは嫌じゃが、おんしのために戦うのは悪くない」
そう言って竜はコウの味方になった。
コウも竜の言葉を受け、本来の竜の友の役目"人間と竜の橋渡し"を全うできる竜の友を目指すことに決めた。
コウの仲間として竜が戦力となり、シエロとコウは魔物と戦った。
コウはあまり竜に頼りすぎないよう心がけて戦っていたらしいので、後々仲間になった他の者たちが竜の姿を見ることはなかったが。




