第32話 前日譚
神秘世界アイゼリヤ。
ここはありとあらゆる世界を並行世界たらしめる管理世界でもある。そのため、この世界の最高権威はあらゆる世界の並行を守る姫巫女にある。
そんなアイゼリヤの姫巫女ヘレナがある日、何者かに拐われた。
ヘレナをなくして世界の並行は保たれない。故に精霊王国以外の各国が協力し、ヘレナの捜索にあたった。
そのときはまだ誰がヘレナを拐ったのか、わかっていなかったのだ。
ヘレナを探していた竜国──現在のエシュ──の人間が、魔物に襲われた。
魔物というのはアイゼリヤの中でもただの人間が立ち入ってはいけないとされる北の暗黒街にいる人外生物である。人を襲ったり食ったりするが、それは暗黒街に足を踏み入れた命知らずな者のみで、魔物自体が暗黒街の外に出ることはない。
故に、竜国周辺を捜索していた者が襲われるなどおかしいことなのだ。何故なら竜国は暗黒街から最も遠い国なのだから。
魔物は外に出ない。魔王の命でもない限りは。
そう、つまり。
それは魔王襲来を意味していた。
アイゼリヤにおいて魔王とは、唐突に現れ、世界に危機をもたらす危険な存在であった。
それまで魔王は何度か現れ、撃退されたとアイゼリヤの文献には載っている。けれど魔王は倒されるわけではなく、敗北し、元いた世界──通称・魔界に戻っている。故に何度も魔王の襲来があったわけだ。
襲来期間がまちまちであるため、魔王がアイゼリヤに侵攻するのにも何らかの理由があるはずだが、当初、その目的が何なのかは誰もわかりはしなかった。まあ、今でもはっきりしたことはわかっていないのだが。
アイゼリヤ各国の首脳が集まり、魔王への対策を練る会議が開かれた。
魔王の襲来はヘレナ失踪と同等にアイゼリヤにとって重要な案件だったのだ。
西の獣人国王、南の竜国長、ヘレナ誘拐には無関心だった東の精霊国族長までもが中央神殿に集結していた。
中央神殿に各国の長が集まると、神殿の最高司祭が取り仕切って会議が始まった。
会議はそう長いものではなかった。アイゼリヤの首脳たちは即断即決で意見が食い違ってもそうそう揉めることのない頭の柔軟な者たちが揃っていた。会議がスムーズに進んだのはそれもあるが、そのときの場合、全員の意見が同じだったのもある。
魔王を退けるべし。
普通に考えればその一択だ。世界の危機=魔王なのだから。
そこまで整ったのはいいが、問題はどうやって退けるかだった。
会議の間にもアイゼリヤ本土への魔物の進出は進んでいた。各国の騎士戦士が起ってようやくどうにかなっている状態だ。
魔物の大群をどうにかせねば、各国が魔王に直接攻め入る余裕など持てるはずもない。
獣人国王が提案した。まず、少数精鋭で偵察に行かせてはどうか、と。それぞれが情報を得るために各国一人ずつ、北の地に送り込むのだ。
ほとんどの者が賛成したが、ただ一人、精霊国族長だけが渋った。他の種族と馴れ合う気はない、と。エルフらしい発言ではあった。
それでかまわない、と獣人国王はあっさり了承してしまう。竜国長と最高司祭が不満げではあったが、揉めて対処が間に合わないという事態は避けたかったため、三国のみで対応する方向で決まった。
そのとき偵察に出たのは実は獣人国の騎士のみで、その騎士こそが後に[英雄騎士 シエロ]と謳われる人物である。
彼が持ち帰った情報は驚くべきものだった。
魔王がヘレナ姫を拐ったのだ、と。
そのことに精霊国以外の者は皆驚いた。
精霊国族長は鼻で笑い、ヘレナが絡んだことで魔王の件に関与する気がなくなったらしく、議会を去ってしまう。
ヘレナ姫を取り戻さなくてはならない。それも魔王を倒すことと同等にアイゼリヤにとって重要なことである。
けれど、魔王に攻め入るにも、やはり各国が割ける戦力は乏しかった。その頃には魔物の侵攻も進んでおり、各国が危機に瀕していたのである。
そこでシエロが進言した。自分が各国から適材と思われる人物を引き抜き、魔王の元へ行きましょう、と。
各国一人。もちろん、精霊国にも交渉に行く。各地の魔物を制圧しつつ、少数精鋭を集める、とシエロは説明した。
どちらにせよ、魔物をどうにかしてからしか動けないし、いちいち人選をしている余裕は首脳たちにはなかった。各国の長が指名すれば、その効力は絶大だが、後々人々の間での揉め事の火種になる。厄介事は増やしたくない。
その点、シエロは一騎士である。一人で暗黒街から帰ってきたところを見るに、実力もかなりあるだろう。そういう人物なら一任してしまった方が楽だ。
首脳たちはシエロの案を飲み、シエロにヘレナ奪還及び魔王討伐を任せることにした。
後は民を一人でも多く救うべく、長たちは各々の軍の指揮へと戻った。
シエロは時折各軍の援護をしながら、魔王に共に立ち向かう仲間を探して旅に出たのだった。




