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はじめて


 昨日、アインスの試験を乗り越え、はれてヌルはミッションを受けられるようになった。

 そして今日、ヌルは初めてのミッションに挑む。

「難易度E…」

 ヌルが確認するように言うと、アインスは「はい」と頷いた。

 屋敷の一階にある掲示板の前、そこに住人達が集まっている。アインスとヌル、そして彼の初ミッションを気に掛けて来た数名だ。

「なんだ、不満か?」ツヴァイが、茶化した。

「不満に思うなんて、まだまだ青いな」呆れるように、ドライが頭を振る。

「不満じゃないです」

「外箱だけを眺めて不満に思うなんて…。大切なのは中身、違うかい?」ゼクスは、前髪をかきあげた。

「はじめから高い難易度のミッションに挑もうなんて、調子に乗るなよ!」憤慨した様子のズィーベン。

 そんな人達に、「不満じゃないですってば」とヌルは主張した。

「ただ、E難度っていうのは、一番下だよなって思って…」

「やっぱり不満なんじゃないの、それ…」ボソッと誰にも聞こえず、ノインがつっこんだ。

「とりあえず聞こうじゃないか、そのミッションの内容を」

 ツェーンが言うと、そうですね、とアインスも首肯した。

「今回のミッションの内容は、落し物探しです」

 アインスが言うと、住人達の中から「うわぁ」「しょぼ」「往々にして、箱と中身は釣りあっているものか」などという声が漏れ聞こえた。

 ヌルも、予想以上につまらなそうな内容に、肩透かしを食らった気分だ。

「いいですか?」ちゃんと聞いてください、とアインスは続けた。「村の女の子が草原で落としたぬいぐるみを見つけることが目的です。とくに戦闘の必要もないですし、あってもその近辺の生物は強くありません。ぬいぐるみを探すのは大変でしょうが、危険性も少ないという判断から難易度はEになります」

「頑張れよ」

 そう言ってヌルの肩を叩くと、ツヴァイは早々にいなくなった。

 しかし、頑張れと言われても、いまいち モチベーションが上がらない。それに、ただ厄介事をおしつけられただけなのではと思うと、面倒くさく感じてしまう。

 ヌルの表情が苦々しくなっている事に、アインスは気付いていた。

 しかし、だからといって怒ることなく、「最初は何事も経験ですよ」と言った。

「最初のうちは、色々と舞い込んでくる依頼の中の簡単なモノをやってもらいます。ですが、ヌルの働き如何によっては、すぐに面倒な事も引き受けてもらうでしょう」

「居所が分かる獣一匹を狩るだけで済む討伐ミッションの方が簡単な気もするけど…」

 ノインに痛い所を突かれ、アインスは苦笑した。

「ようは、男なら黙って行動で示せ、ってことだ」

 ツェーンが言うと、「はぁ、意味分かんない」とズィーベンが眉間に皺を作った。

「ようは、ウダウダ言わず黙って従え、ってこと」

「は、はい…」

 ズィーベンに言われたのを決定打に、ヌルはミッションを引き受けた。



 準備が出来たら出発するようにアインスに言われた。

 しかし、武器を持たないヌルは、行く気になればいつでも行ける。

 だから、「はい、もう行けます」と即答できた。

「では…同行者を決めましょうか」

「え?」

 アインスの言葉の意味がわからず、ヌルは首をかしげた。

「最初の僅かな期間ですが、ヌルには同行者を付けます。道案内や疑問をすぐ解決するため、あと万が一の危険に備えてです。それに今回の場合、一人だと大変でしょう」

 ありがたいな、とヌルは思った。

 危険だからという理由だけなら過小評価されているようで不満にも思っただろうが、わからないことを解決するためというのは助かる。それに今回の場合、一人だと寂しい。

「では…」アインスは、住人達を見やった。心なしか数分前よりも数が減っているようだが、気にしない。ドライ、ズィーベン、ツェーンの中から一人か二人、アインスは選ぼうとした。だが、

「ズィーベン…」

「やだ」声をかけた瞬間、断られた。「いくらアイ姉の頼みでもイヤ。面倒くさそうだし、よくわからないヤツと一緒にいさせられて沈黙とか耐えられない」

 全力の拒否。

 こうも拒絶されると、ヌルもちょっと傷ついた。

 困ったわね、とアインスが当惑していると、「あれ?」と声がした。

「どうしたの、みんな。なにかするの?」

 エルフが、私も混ぜて、と駆け寄ってきた。

「あ、エルフ」あのね、とアインスは事情を説明した。

 すると、「え、私 行きたい」とエルフが立候補した。

「ぬいぐるみを落としたなんて一大事、ほっとけますかぃ」

「では、ドライかツェーン、どちらか付き添ってくれませんか」

 最初から二名を同行させるつもりだったのか、それともエルフ一人だと不安をぬぐい切れないからなのか、ヌルは疑問に感じた。

 だが、その答えは求めてはいけないような気がした。



 屋敷を出て、一度近隣の村に立ち寄り、しばらく歩き、草原に来た。

 それはもう、見渡す限りの草原だ。足下を草がチクチク刺してくる。

 物資を調達するために立ち寄った村が、遠くに見えた。

「じゃあ、探そうか!」

 物を探すのが億劫になる程の草原にいて、しかし、エルフはヤル気に満ちていた。

「そうだな」

 ツェーンも、やる気を見せた。

 これで自分だけやる気がないなんて許されないな、とヌルも気合を入れ直した。

「ところで、どんなぬいぐるみなの?」エルフは訊いた。

「知らないで来たのか、エルフ?」

「じゃあ、ツェーンは知っているの? どこを探せば見付かるのかとかも」

「いや、さすがにそこまでは…」

 何故かツェーンがエルフに責められているので、ここは自分がとヌルが口を開いた。

「アインスからの情報によると、茶色と白の子猫のぬいぐるみだそうです。獣なんかが持って行ったりしなければ、隣村との直線上で落としたそうなので、その辺を探せば」

「ほう」ちゃんと確認していたのだなと、ツェーンは、基本が出来ていることを感心する。

「さすが」エルフも、ヌルを褒めた。「どっかのツェーンとは大違い」

「どっかのツェーンって、俺だよな。俺がけなされているだけだよな、それ」

「じゃあ、探そうか!」

 エルフの掛け声で、ぬいぐるみ捜索が開始された。

 まっさきに飛び出すのは、エルフ。ヌルは、けなされたツェーンの心配をしていた。だが、「さっさと探そうか」とツェーンは前向きだった。「エルフより先に見つけたいな。じゃないとまた何か言われそうだ、それこそ こうしてサボっていると怒られかねない」フッと微笑するツェーンは、余裕を感じさせた。

 だが、

「あ! ヌル、あったよ!」

 捜索開始からわずか数十秒、エルフの嬉しそうに弾む声が聞こえた。

 口を結び、マジかと言いたそうな渋い顔をしたツェーン。

 立場無いな この人、とヌルはツェーンを見やった。

 というか自分のミッションなのに何もしていない、とヌルは愕然とした。



 ヌルの初ミッションは、エルフが対象のぬいぐるみを見付けてくれたおかげで、なんとか無事に終わりそうだ。あとは村に戻って、女の子にぬいぐるみを渡すだけである。何もしていない気もするが、それは気のせいではない。だから、充実感なんて無かった。

 なんだか呆気なかったな、と思いながらヌルは村へと歩く。

 もう少し張り合いがあることをしたかったな、そう思いながらボーっとしていると、「あ!」と平常さを欠いた声がして、意識を戻された。

 声を出したのは、エルフだった。

「なんか来た!」

 エルフが上の方を指差すので、ヌルも眩しさに眼を細めながらアゴを上げた。

 そして、すぐそれに気付いた。

 こちらに滑降してくる飛行物体にヌルは気付き、とっさの判断で「うわっ」と身を屈めた。そうしなければ、それがぶつかっていた。

「なんです、アレ?」

 と、驚いた様子のヌル。

「鳥の一種だ」

「鳥って、ずいぶん大きいですよ。子供だったら乗れるサイズ感ですけど」それでも鳥という説明で済ませるのか、とヌルは声を高くする。

「じゃあ訊くが、何だと思う?」

 くちばしがあって空を自由に飛んでいる動物。「……鳥、ですね」

「だろ」ツェーンは、ほらみろと言わんばかりに、微笑した。「正確に言うと、ちょっと凶暴な鳥、シワワシだ」

「シワワシ?」

「シワの数だけ長く生き、強いことを証明するワシ。人を襲うことも、たまにある」

「でしょうね、と自信を持って相槌打てます」

 実際にまた襲いかかって来たので、三人は身を屈めて避けた。

「シワの状態から見ると…」ツェーンは、眼を細めて観察した。「アレは、まだ若いが、弱いとも言えないな。アレのせいで大事なぬいぐるみも探しに行かれない。だから、俺達の所に依頼が来たわけだ」

「そんな状況説明要りませんよ!」

「ツェーン、追い払って」

 うっとうしいからと不愉快そうに、エルフが言った。

「どうやって?」

「威嚇射撃とかすれば…」

 ツェーンがガンマンだということを思い出し、ヌルは控えめに提案してみた。

 そのヌルの提案に「そうそう、いかく いかく」とエルフも頷いた。

 だが、ツェーンは「ムリだ」と即答した。

「なんで?」エルフは訊いた。

「威嚇射撃程度じゃ逃げないということですか?」

「いや、そうじゃない。シワワシは警戒心が強い生き物で、アレ程度なら大勢の人や派手な物音には近付かないだろう。だから威嚇は有効な手段といえるだろう」

「じゃあ、なんで?」意味分かんない、とエルフは顔をしかめた。

「実は…」一瞬ためらった様子を見せたツェーンだが、渋い顔をして話し始めた。「難易度がEのミッションではもったいないからと、ズィーベン達に弾を取り上げられている」

「なんて役立たず!」

 エルフは、声を高くした。

 だが、シワワシは逃げないどころか、また襲いかかってきた。

 三人は、かろうじて避けた。



「こうなったら、私が…」

 勇むエルフ。

 しかし、「いや、ここは任せて」とヌルが前に出た。

 元々自分の任務であるし、なにもかにもエルフに頼ってはいけない気がした。

「大丈夫?」

「はい。エルフは下がって」

 ヌルは、足下に転がっていた小石を二つ拾った。

 ゆっくり息を吸って吐く。

 気持ちを集中させ、空を飛ぶシワワシを睨むように見つめた。

 そして、小石の一つをビュッと勢い良くシワワシに向けて投げた。シワワシは、突然下方から飛んできた小石にも、難無く反応してみせる。だが、それもヌルの作戦の内。シワワシが避ける方向を見極めたヌルは、数瞬後にシワワシがいる位置を予想して、そこに向けて石を蹴った。

 石は、見事 シワワシの翼に命中した。

「すごい!」

 はしゃぐエルフ。

 ツェーンも「なかなかだな」と感心していた。

 だが、それでヌルが油断することはなかった。むしろ「あ!」と何かに気付いたようだ。

「どうしたの?」

「あいつ、今ので 逆上して襲いかかって来ないですかね?」

 急に不安になったヌル。

 しかし、

「安心しろ」と、ツェーンが余裕な態度を見せた。「逆上して襲いかかってくるようなら、むしろ好都合。次 来たら首根っこ捕まえて、晩飯にするさ」

 ヌルは、安堵した。

「あ、逃げていくよ」とエルフは、遠くを指差す。

「………それなら、それでいい」

 なんともいえない残念な感じのツェーンを見て、ヌルもホッと胸をなでおろすのだった。



 村の女の子にぬいぐるみを無事届け終わり、屋敷に帰ってきた三人。

 そんな彼らを「おかえりなさい」と出迎えたアインスが、「どうでしたか、初のミッションは?」と訊ねてきた。

「あのね、私 頑張ったよ」エルフが、まるで母親にテストの点を自慢する子供のように言った。「ヌルもね、すごかったよ。ツェーンは、見事なまでの役立たず だった」

「そ、そうですか…」

「鳥五目…」

 何かを求めるような視線を向けるエルフに、「作りますよ、それくらい」とツェーンが応えた。

「からあげ…チキン南蛮…」

「食うな、おい…」

 二人が食堂へと消えていったので、アインスはもう一度「どうでした?」とヌルに問い掛けた。

「疲れました。でも…」

「でも?」

「やってよかったです。ぬいぐるみを届けたら女の子『ありがとう』って笑っていました」

「そうですか」アインスは、微笑んだ。

 その日の夕飯 (ツェーンが作る鳥づくしのメニュー)は、美味しかったそうだ。


五目御飯は美味しい。



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