第十八話:リセットという罠
「……なあ」
店の奥。
猫人がスプーンを止めた。
目の前には――
ほぼ空になったプリンの器と、潰れかけたシュークリーム。
「どうした」
俺が声をかけると、猫人はやけに真剣な顔で言った。
「これ、無限に食える気がする」
「気のせいだ。三つ目だぞ」
「シューも追加で」
「さっきも頼んだだろ」
「別腹だ」
(そのシステム、いつ見てもバグってるな……)
リオナが横で淡々と記録する。
「猫人、甘味四つ目」
「数えるな!!」
――数分後。
「……きつい」
猫人、机に突っ伏す。
「言っただろ」
完全に限界。
見事なまでの敗北顔だ。
そこに――
犬人が静かに座る。
「茶、飲め」
「いや今それどころじゃ……」
「いいから」
半ば強引に差し出される茶。
猫人は渋々、一口。
「……あれ?」
もう一口。
「……あれ?」
三口目。
「……いける」
猫人、ゆっくり顔を上げる。
「……戻った」
「なんだこれぇぇぇ!!」
飛び起きる猫人。
「さっきの甘ったるさはどこいった!?」
犬人は静かに答える。
「茶だ」
一拍置いて、
「甘味のあとにいい」
さらに一言。
「口がリセットされる」
――その瞬間。
店内が、止まった。
「……今なんて?」
「リセット?」
ざわ……と空気が変わる。
一人の客が試す。
プリンを食べて、
シューをかじって、
そして茶を飲む。
「……ほんとだ」
ぽつり。
「また食える」
(アウトだなこれ)
「もう一個いけるな」
「やめろ」
遅かった。
「プリン追加!!」
「シューも!!」
結果――
プリン追加。
シュー追加。
茶、おかわり。
無限ループ、起動。
リオナが帳簿を見ながら呟く。
「……なるほど」
「何がだ」
顔を上げる。
「人は満腹では止まらない」
一拍置いて、
「“リセットされたら”また食べる」
(発想が完全に商人じゃねぇ、魔王だ)
猫人が叫ぶ。
「これ考えたやつ天才だろ!!」
犬人が即答する。
「違うな」
静かに続ける。
「全部まとめて罠だ」
(正解)
その日から。
注文の流れが変わった。
「とりあえず茶」
「からの甘味」
「で、また茶」
「ループだな」
「ループだ」
猫人が笑う。
「無限だ!!」
犬人が即答する。
「有限だ。お前の財布がな」
「やめろ現実を出すな!!」
人間の客も気づく。
「これ、組み合わせか……」
「単品じゃないんだな」
(理解が早すぎる)
夕方。
店は満席。
「プリン二つ!」
「茶三つ!」
「シュー追加!」
完全に回っている。
しかも笑顔で。
俺はその光景を見ながら呟く。
「……止まらんな」
リオナが即答する。
「止める気もないだろ」
「まあな」
帳簿を見る。
数字が伸びる。
安定して、
そして異様に綺麗に。
「甘味で崩して」
リオナが机をトントンと叩く。
「茶で戻す」
もう一度。
「また甘味へ」
(完成してやがる……)
夜。
客が帰り始める。
「明日も来る」
「茶は絶対頼む」
「甘味もな」
完全に“習慣”になっていた。
店の灯りが落ちる。
「……商売って怖いな」
俺は心からそう言う。
リオナは肩をすくめる。
「今さらだ」
外に出る。
静かな夜。
だが――
明日もまた回る。
甘味で満たし、
茶でリセットし、
また欲しくなる。
その繰り返し。
「茶、だな」
「うん」
静かなやり取り。
(いい流れすぎる)
最初は地味だった。
色も薄い。
香りも控えめ。
「ただの湯だろ」
そう言われたこともある。
だが――
「これ、落ち着くな」
一人が言った。
「甘味のあとにいい」
「口がリセットされる 」
広がりは遅い。
だが確実だった。
本来、犬や猫にとってカフェインを含む茶は絶対に禁物だ。
だが――ここにいるのは犬でも猫でもない。
犬人。
猫人。
獣の性質を持ちながらも、人として生きる種族。
彼らには問題なかった。
そして何より――
「……これ、いいな」
その一言が、すべてを証明していた。
「分析するぞ」
リオナが帳簿を叩く。
「茶は単体では弱い」
ページをめくる。
「だが、セットで強い」
パン+茶。
甘味+茶。
「一緒に買われている」
(なるほどな……)
「つまり“支える商品”だ」
「値段は?」
俺が聞く。
「安くする」
「安く?」
「手に取りやすくする」
そして――
「毎日飲ませる」
(完全に生活に侵食する気だな)
数日後。
変化が出る。
「……とりあえず茶」
「あとで甘いの」
順番が生まれた。
猫人ですら、
「……落ち着くにゃ」
(お前ら完全にハマってるな)
犬人は言う。
「仕事前にいいな」
「集中できる」
人間は――
「家でも飲みたい」
(来たな)
「持ち帰りを作る」
茶葉。
小分け。
簡単な説明付き。
「こうやって淹れる」
売れた。
爆発ではない。
だが――止まらない。
「毎日売れる」
「在庫が安定して減る」
(これが一番強い)
さらに――
「……話がある」
犬人が来る。
「これ」
茶葉の袋を見せる。
「仲間にも配りたい」
(拡散フェーズ入ったな)
夜。
「茶は地味だ」
俺が言う。
リオナは頷く。
「だから強い」
静かに言う。
「飽きない」
「敵を作らない」
(確かに……)
そして――
「これも使える」
「何に?」
「関係作り」
甘味は“攻め”。
茶は“維持”。
「長く付き合うなら、こっち」
翌日。
俺は箱を用意する。
中には――
上質な茶葉。
そして少量の甘味。
「また領主か?」
「ああ」
だが今回は違う。
「攻めじゃない」
小さく息を吐く。
「“続けるため”だ」
甘味で心を掴み、
茶で繋ぐ。
「……完璧だな」
扉の前で呟く。
この世界は変わっている。
爆発する商品。
支える商品。
繋ぐ商品。
「商売ってのは……奥が深いな」
扉を叩く。
静かに。
だが確実に。
俺の世界は――まだ広がり続けていた。




