プロローグ 星が落ちた夜
星が落ちた夜、王都の空は燃えていた。
赤い炎ではない。
銀色の炎だった。
王城を囲む七つの尖塔が順に砕け、夜空へ光の粉を散らす。
王国の魔導士たちは結界を張り、騎士たちは剣を抜き、民は祈るように窓を閉ざした。
誰もが、同じ言葉を叫んでいた。
「魔女だ」
「夜明けの魔女が、また災いを連れてきた」
王国では、そう教えられている。
魔女は災厄である。
魔女は王国を裏切った。
魔女は封印を破り、人の世に星の獣を呼び込んだ。
けれど、その夜。
ただ一人だけ、違う言葉を口にした女がいた。
王都から遠く離れた森の奥。
崩れかけた石の祭壇の前で、黒い外套をまとった女が赤子を抱いていた。
赤子は泣いていない。
ただ、小さな手を夜空へ伸ばしている。
落ちてくる星を、つかもうとするように。
「違うわ」
女は震える声で言った。
「あの子たちは、災いを呼んだんじゃない。災いを止めようとしたの」
祭壇の周囲には、銀色の魔法陣が広がっていた。
古い文字が幾重にも重なり、星座のように光っている。
その中心で、赤子の右手に小さな痕が浮かび上がった。
星の形をした痕。
女は息をのむ。
「星痕……」
それは、失われた古代魔法の証だった。
王国の六系統魔法では測れない力。
火でも、水でも、風でも、土でも、光でも、影でもない。
星の記憶と封印を扱う、古い契約の魔法。
すでに知る者は少ない。
知っている者の多くは、王国によって口を閉ざされた。
遠くで、獣の咆哮が響いた。
森が揺れる。
女は赤子を胸に抱き寄せ、祭壇の外に立つ男を見た。
男は血に濡れた剣を握っていた。王国の騎士の鎧を身につけている。
けれど、その胸の紋章は半分ほど砕けていた。
「この子を連れて行って」
「名前は」
男が尋ねる。
女は少しだけ笑った。
泣いているようにも見える笑みだった。
「レオン。強い子になるように」
赤子の小さな手が、男の指を握った。
その瞬間、空から落ちた銀の星が祭壇に触れた。
光が爆ぜる。
女の外套が風に舞い、黒い髪が夜の中にほどけた。
その瞳は、夜明け前の月のような銀色をしていた。
「いつか、この子は出会うわ」
女は光の中でささやいた。
「王国が敵と呼ぶ、最後の魔女に」
男は赤子を抱きしめたまま、何も言えなかった。
「その時、お願い。王国の言葉だけを信じないで」
銀の炎が森を包む。
女の姿が、光に溶けていく。
「星を継ぐ者は、夜明けの魔女を見つける。そして、夜明けの魔女は、星を継ぐ者の運命を変える」
それが、最後の言葉だった。
やがて炎は消え、森には静寂だけが残った。
王都では、その夜の出来事が「魔女戦争最後の災厄」として記録された。
黒い外套の女は、王国を滅ぼそうとした魔女として名を残した。
銀色の星を宿した赤子のことは、どの記録にも残らなかった。
十六年後。
その赤子は、レオン・アルステッドという名の少年として、王立セレスティア魔法学院の門をくぐる。
魔法の才能がない、落ちこぼれとして。




