2.魔王
勇者殺しの罪を着せられたシオンは、王都から遠く離れた郊外の村まで辿り着いていた。
ここまで来れば、まだ情報は伝わっていない――そう考えていた。だが、その考えは甘かった。
村の周辺には、捜索のためと思われる衛兵たちが大勢巡回していたのだ。
「もうここまで追手が来てるのかよ……っ」
シオンは咄嗟に草むらへ身を隠し、息を潜める。頭の中で必死に考えを巡らせた。村を迂回するか。危険を承知で突っ切るか。あるいは引き返すか。だが、引き返したところで別の村にも衛兵がいる可能性は高い。
シオンは、最も見つかる危険が少ない迂回ルートを選び、森の中へと足を進めた。
森に入ってしばらくすると、周囲は静寂に包まれた。
風で揺れる木々の音だけが耳に届く。久しぶりだった。誰かの疑念や怒りを向けられずに済む場所は。
シオンは小さく息を吐く。しかし、その静寂を破る声が響いた。
「やはりここに来たか」
「っ...!」
シオンは反射的に走り出そうとする。だが次の瞬間、体が急に重くなった。まるで見えない鎖で縛られたかのように、指一本動かせない。
「落ち着け。騒ぐな。暴れるな」
静かな声だった。怒気も威圧感もない。
だが逆らえないほどの圧があった。
「くそ……僕もここまでか……」
シオンが歯を食いしばったその時、声の主が姿を現した。
――子供だった。
黒いローブを纏った、小柄な少年。
「私は国の使いではない」
少年は静かに言う。
「お前たちに殺された魔王だ」
シオンは即座に距離を取り、剣へ手を伸ばした。
だが、その瞬間。シオンは違和感を覚える。感情が、静かすぎた。人々から向けられていた恐怖も、怒りも、憎悪もない。ただ、不思議なほど落ち着いている。
「……何が目的だ」
「警戒されるのも無理はない。私は“魔王”だからな」
その声には、自嘲にも似た寂しさが混じっていた。シオンはさらに困惑する。目の前の存在は、人間よりも感情が読み取りづらい。それなのに、不思議と敵意だけは感じなかった。
「俺と協力しないか?」
突然の言葉に、シオンは目を見開く。理解が追いつかない。目の前にいるのは、自分たちが討伐したはずの相手なのだから。
「……は?」
「私はずっとお前を見ていた」
魔王は静かに続ける。
「お前が勇者を殺していないことも知っている」
シオンの表情が固まった。
「人間は、一度疑い始めると、それを真実のように扱う。いや……真実にしてしまう」
「…………」
「それが、人間の悪いところだ」
いつものシオンなら、絶対にこんな提案は受け入れなかっただろう。だが今のシオンは違った。疑いを晴らしたい。真実を知りたい。
そして何より――。
目の前の魔王は、人間たちよりもずっと静かだった。
「……本当に、いいのか?」
シオンは、戸惑いながらそう呟いた。
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