エピローグ
「ねぇ、ラファエル、私ママになるのよ」
いよいよ張ってきたお腹をさすりながら、クッションを背もたれに横になる。
「男の子でも女の子でも貴方に似てほしいわ」
美の女神が作り出したに違いない、歳をとっても変わらぬ美貌を見上げながらため息をついた。
「私は、ハルカに似てほしい。女の子でも男の子でも。いや、少しは私に似てほしいか?」
君は華奢だから、心配が2倍になってしまう。
と眉を寄せながら言う彼に、この国の人と比べればそりゃぁね、と苦笑した。
「10年、頑張ったわね」
「ああ、お疲れ様。よく頑張った。王には会いに行ったのか?」
「胎教に悪いからお腹に入ってから行ってないけれど、私を讃える民衆の歌を、塔の下で聴かせたのが最後かしら」
ぼんやりと、虚な瞳に突発的な怒りが滲んで、椅子を蹴り飛ばしていた。
「この子がお腹に宿って、やっと、この世界に居場所ができた気がする」
「私だけじゃ不足だったか?」
水を持って隣に来たラファエルが、手渡しながらそっとお腹を撫でた。
瞬間に、ポカっと蹴る振動が表面に伝わる。
「そうじゃなくて。10年過ごして、ラファエルと出会うためにこの世界に来たんだ、運命だったんだって思えるようになった。だけどやっぱり、文化も、価値観も、何もかも違うこの場所を私の場所とは思えなかったのよ」
そっとお腹を撫でながら微笑んだ。
「この子がお腹に来てくれて、やっと、この世界で生きる覚悟が決まった。この場所で、この国で、私はこの子を育てていくんだ、って」
伝わらないかな?とラファエルを、伺えば、優しい眼差しと目が合った。
「では、感謝しなくては、ハルカをこの国に根付かせてくれた私たちの天使に」
そっとお腹にキスをして、それから私の頬に手を当てた。
結婚して10年経つというのにこの瞬間には未だに慣れない。
好みの顔が近づいてきて、そっと私の唇にキスを落とした。
「やぁ、女王陛下。いや、今はハルカ女公爵か。久しぶりだね」
「元気そうで何よりだわ」
「おや、私の元気を喜んでもらえるとはね。お怒りも解けたのかな」
「勘違いしないで。死にたい貴方にとっては元気な方が苦痛でしょう」
「ふふ。そうだ出産おめでとう。元気な男の子だってね」
「おかげさまで」
3歳になった息子は元気に飛び跳ねている。今は王宮で宰相に遊んでもらっている。
「それで、わざわざ私を呼んだのは何?」
「ああ、そう。帰れることになったんだ」
「貴方が土に?」
「面白い切り返しだね」
「......そう。私が元の世界に、なのね」
「申し訳ないと思ってずっと研究していたんだよ。君の時間だけが巻き戻って元の世界に戻ることができる」
「他の人に勝手に返される可能性は?」
「きちんと王統を戻してくれた恩返しのつもりもあるからね。その辺は対策済みさ」
「そう。お礼を言うべきかしらね」
「いやぁ、そう言ってもらえると寝食を削った甲斐があるね」
だけど。
「戻る気は無いわ」
「即答だね」
10年、父はそろそろ定年退職だろうか。家のローンは返し終わったのかな。母はパートを続けているのかな。私がお嫁に行く時に持たせると言っていた真珠のネックレス、無駄になっちゃったね。
お兄ちゃんは子供できたのかな?できてない気がするなぁ。ね、甥っ子できたんだよ。それもとびきり、可愛らしい男の子。
みんなに会いたい。だけど、この国で、息子を守り育てていくって決めたから。
「ええ」
「そう言うと思っていたら、オプションをつけてあげたんだ」
そう言ってひらりと用紙を出した。
「言っておくけど君を元に戻すより難しいんだよ。この用紙を使えば念じた場所に時空を超えて届けることができる」
「お礼は、言わない」
「いいさ、これはお詫びで、私からのお礼だからね」
大切に大切に受け取って、すぐにまだ王宮に残っていた執務室へとかけこんだ。
何から書けばいいかな、この1枚しか無いんだもの。あんまり心配もさせたく無い。
結局紙いっぱいに、久々に書く日本語でぎゅうぎゅうに詰め込んだ。忘れてる漢字も所々あって、スマホが無いから調べることもできない。そんな不便さも久しぶりに思い出した。
どうして姿を消したのか、どこにいるのか、何をしているのか。
王国に召喚されて、聖女になって革命を起こし、女王になった後に今は公爵になってます。なんて、信じてくれるかな?
お兄ちゃんは信じそう。書きながら口の端があがる。素敵な人と結婚したこと、可愛い息子ができたこと。元気でやってること。もう帰ることは無いこと。
健康で長生きしてね。私はきっとこちらでうんと長生きするから。幸せになってね。
みんなの幸せをこちらの世界からずっと祈っているから。
最後にそう締めくくって、手紙を紙飛行機みたいに折り曲げた。
私の魔力を使うのならやっぱりイメージが大事だ。
執務室の窓を開ける。新緑が目に眩しい。気持ちいい風がふわりと舞い込んだ。
風が止んだのをみはからって、ふ、と紙飛行機を飛ばす。青空に金の粒子が煌めいた。
『届け』
ぶわ、と大きく風が吹き、次の瞬間には紙飛行機の姿が消えていた。
「ははうえ!かにひこーち!」
下には、ラファエルにそっくりな黒色の瞳をした男の子が、空を見上げていた。
「そうね、たかーく飛んだわね」
答えながら、どこまでも青く続く空を見上げた。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。
息抜きに始めた連載でしたが、途中妊娠、出産、子育てでストップし、継続で上げられる自信が無かったのでコツコツ書き溜めておりました。
途中だれそうになったところ、最後まで書き上げれたのは、コメントやいいね、ブックマークをいただいたおかげです。
なろうで初めて書き上げた連載なので感慨深いです。
(今後も誤字脱字、言い回しのミスなどは直していくと思います)
遥香の物語はここでひとまず終わりとなります。
ただ、ミシェルがどうして聖騎士に拘るのかだけは本編に書ききれなかったので、そのうち番外編を書く予定です。王女殿下の話も書きたいですが、そちらは短編で投稿するかもしれません。自信無いですが。ミシェルは確定で書きます!
改めて最後までお付き合いありがとうございました。




