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2.平凡の終わり、神様との出会い。

「三年の選択科目何にするか決めた?」


 学校の帰り道。太陽が夕日へと変わるような時間帯。

 商店街の道中で(れん)がみんなに問いかけた。


 肩にかからない程度の黒髪に、キレイに整った顔。目の色は薄く、どこか赤みがかっている。服装は学校指定のYシャツに制服のズボン。

 声色は、男性にしては高く。女性にしては低い。芯の通った声。


 見るからに中性的な美少年といった佇まいだが、胸部には女性独特のふくらみがある。

 男の服装こそしているが、蓮は心身共に女だ。


「……オレは器楽演奏、音楽Ⅱ、スポーツAにした」


 それに答えたのは、瑞樹(みずき)

 男性にしては長い髪にうつろな瞳、高い身長。地を這うような低い声。ゆっくりとした口調。

 左手にはスマートフォンを持っていて、いつものようにお手軽なゲームをプレイしている。


「瑞樹らしいねぇ。昂一(コウイチ)は?」

「俺はまあ、数C、物理、簿記だ」


 話を振られたので、素直に答えた。


「がっつり進学って感じですね」


 俺の選択科目に反応したのは小雨(こさめ)


 一年生の後輩で、年の割には小柄な体躯。

 丸々とした目に、薄い色をしたセミロングの髪。全体的に小動物を感じさせる女の子だ。


 なぜ二年が中心のこのグループに一年の小雨がいるかと言うと、小雨は画材屋の娘さんで、画材を買うときに知り合い、それから徐々に仲良くなったという経緯がある。


「そんで? 蓮は何にするつもりなんだ?」

「わたしは、簿記とビジネスマナーは確定で、後一個悩んでる感じかな?」


 蓮は唇に指を当てて、考えるような仕草をした。

 その仕草はどことなく色っぽい。


 男のような服装とは裏腹に、魅了するような仕草、出会った当初はいちいちときめいたものだが、最近はもう慣れた。


「あー、蓮らしいな」

「まあね」


 蓮はどこか含みのある笑みを浮かべる。


「つーか二人とも、理数英はとらねぇんだな。進学するときとか困らねぇ?」

「わたしは進学する気ないからねぇ」

「オレは……進学したとしても、専門学校だな」


 二人とも大雑把な進路は確定してるから、変に保険を掛ける必要はないのか。


「それをいうと、昴一は、英語じゃなくて簿記なんだね? そこは、進学に一番必要なところじゃないの?」

「英語はかなり自信があるからな、わざわざ選択しなくてもいけると思う。それよか簿記検定取っといたら何かと使えるだろうと思ってな」

「なるほどねぇ、ちなみに小雨は2年の選択何にするつもりなの?」


 2年の話題で話に入りかねてる小雨を見てか、蓮が話題を振った。


「私ですか? 私は美術Ⅰは確定で、もう一つは悩み中です」

「まあ、美術Ⅰは取りそうだよな」

「はい、それは選択科目見た瞬間に決めました。もう一つはぱっとしたのがなくて……」


 小雨が困ったように笑う。


「ふーん。つーか、二年の選択科目提出って俺らより早くなかったか?」

「え? はい。今週中ですけど……」

「そろそろ決めないと……まずいだろう」


 瑞樹が少々呆れ気味に言う。


 と、ここまでの俺達の会話や補足を聞いて、なんとなく察してくれている人もいると思うが、俺達が通う県立見谷川高等学校は普通科ではない。

 正確には学科が二つに分かれていて、一つは普通科、もうひとつがデザイン科となっている。


 他の高校にある美術科とは似て非なるもので、

 美術科は『自分を知ってもらうため』『作品を評価してもらうため』の手段を学ぶのに対し、

 デザイン科は『サービスを知ってもらうため』『商品を評価してもらうため』の技術を学ぶ。


 いわゆる『自己表現』と『商用利用』の差だ。


 そして同じ視覚的なものを扱う学科にもかかわらず、私立を除けば、デザイン科がある高校は非常に珍しい。

 その珍しさゆえ、俺や蓮のように高校で親元を離れてわざわざ通っている奴もいるわけだ。


「それでは私はここで」


 商店街を歩いていると、一軒の店の前で小雨が立ち止まった。

 立川画材店。

 そこは学校から近いこともあって、デザイン科の生徒がよく利用する画材店だ。

 同時に小雨の実家でもある。


「おう、また明日な」


 ちなみに俺達が集まるのは基本的に、登校の時と、昼休みと、下校の時。

 小雨は学年こそ1つ下だが、全員デザイン科で部活にも入っていないため、登校と下校の時刻はぴたりと重なる。


「それじゃあ、わたしもここで」

「……また明日」

「おう」


 立川画材店の前に集合し、登校。下校のときは立川画材店の前で解散。これが学生生活で作られた俺達の習慣だ。


「さてと」


 立川画材店から少し歩くと商店街を抜け、質素なところへ出る。

 ここからさらに5分ほど歩けば、自宅のアパートへたどり着くわけだが……。


 ふと脇道へ目を向けると古い階段があり、階段をたどるように山を見上げると、その頂には鳥居が見えた。


「久しぶりに、ちょっと散歩して帰るか」


 俺は休日など空いた時間に、家の近所を散歩することある。

 その散歩に決まったルートはなく、主に通るのは今まで行ったことのない狭い路地。ちょうどこの階段のような道だ。


 少しの間見上げていると、夕日に照らされる鳥居が神々しくて少々魅入られる。

 俺は誘われるように階段の一段目に右足をかけ、次は、一段飛ばして三段目に左足をかけた。そうやって、少しずつ階段を上って頂への距離を縮めてゆく。


 ふと、なぜ休日散策などするのだろうか? などと意味のない疑問が浮かんだ。それはただの、気晴らしで……。


 足取りが少しずつ速くなっていく。


 気晴らし、か。

 では、なにが気を曇らせているのだろうか。その答えはとうに出ていた。


 人、特に男子は中学生くらいの多感な時期に『自分は、特別な存在である』と思い込む時期がある。

 人によって軽重の差はあれど、この情報の多い日本ではほとんどの人が経験することだろう。

 だけど、そのほとんどの中のほとんどは、ただただ平凡で、普通の域から出ていることはない。


 それを、その多感な時期から1~2年経った頃には、つまり、高校生になる頃には、誰でも悟る。

 その時に『平凡ならそれもいい』と達観できたり、『それでも子供でいることをやめない』と開き直れたら問題ないのだが、そうでもないひとも大勢いる。


 その一人が俺だ。


 大人になるには子供すぎて、子供でいるには大人すぎて。

 現実と空想が噛み合なくなって、気持ち悪いモヤモヤを心の中に抱えている。


 階段を登る足は、だんだんと、でも確実に、速くなっていき、気づいたら走り出していた。


 俺は、そんな平凡へ些細な抵抗をするため、散策によってちょっとした非日常を探しているのだろう。


 でも、いくらやっても平凡からの脱却はできなくて、かといって大胆なことをやるには勇気が足りなくて。心の中に、心を曇らせる何かが溜まっていく。


 気づけば、そんな思考を振り切るために、全力で走っていた。


 ただ走って走って走って。

 その爽快感に、身をゆだねたくても、気持ち悪い何かがまとわり付いて。階段を1段飛ばしたり、2段飛ばしたり、たまにつまづき、それでも転ばず。


 気づけば山頂にたどり着いていた。


「ハァ……ハァ……」


 膝に手を置き、切れた息を整える。

 秋とはいえ、全力で走れば汗もかく。頬に張り付いたハンパな長さの髪がウザかったので、袖でぬぐって整えた。


 山の頂は、麓に比べて風が強く、心地良い。

 夕日を遮るものはなく、その光はピアスに反射した。


 長く伸びた影の先には、今にも崩れそうなほど困憊した祠があり、対照的に頭上の鳥居は歳を帯びて、その威厳を主張する。


「まあ、そうだよな……」


 何も無い、あるわけが無い。

 それでもここは、ちょっとした映画のセットみたいで、そして自分はその登場人物みたいで……。


「すぅー……はぁ」


 大きく息を吸って、吐き出した。


 赤く染まる風景、鼻を抜ける秋の風、ざわめく木々の音、階段を駆け抜けた高揚感、ほんの少しの非日常が、ほんの少しだけ俺の曇りを和らげた。


 いままでの平坦な人生はプロローグで、ここからが本編。

 そうなることを願いつつ、階段の最上段、鳥居の真下に腰掛ける。


 赤く染まった町並みを見ながら、頭の中で『平坦な人生(プロローグ )』を流そうかと思っていたら……。


 後から肩を叩かれた。

 おさまりかけていた心臓が跳ね上がる。


「…………」


 そんなはずがない。


 最初に祠は一望してある。そこには、参拝客はおろか、神主の姿すらなかった。

 俺以外誰もいないはずなんだ。

 誰も――。


 ゆっくりと振り返る。


 そこには、一人の少女がいた。


 歳は俺と同い年くらいか。

 腰ほどまでに垂れ下がった長い黒髪の根元は、粉を被ったように白く、淡い色の着物を着ていて、人懐こそうな瞳でこちらを見ている。十分に特徴的な少女。


 だが、それらは些細なことだと言いたくなるくらいの特徴がもう一つ。

 浮いているんだ。


 ふわふわと、押せばそのまますっ飛んでしまいそうなほど重量感がない。靴は履いてなく、やわらかそうな素足が見えている。

 これって、もしかして、漫画とかに出てくる……。


「幽霊……なのか……? 日も落ちてないのに」

『い、いきなり幽霊呼ばわりなんて、失礼だよっ』


 少女は、予想外に子供っぽいの反応で、わかりやすく怒った。


『私は、見谷神(みやがみ)。この神社の神様だよ』


 そう名乗り少女は、胸を張った。


「神様?」


 もちろんそう簡単に信じられることじゃないし、仮に本当に神様だったとしても、俺が想像するようなものではないかもしれない。

 それでも、目の前のこれが普通でないことはあきらかだった。


 偶然と、突然に、めぐり合えた非日常。

 恐怖心をはるかに凌駕し、俺の内側から歓喜があふれ出す。

 俺は、こんな出会いを待っていたんだ。


 だが、なんとなく顔や態度に出すのは恥ずかしくて、見かけだけは平常心を保つ。


「神様、ねぇ」

『そうだよ』


 神様はにこりと笑う。


「なるほど、で? 神様が俺に何の用なんだ?」


 神の力を貸してもらう代わりに悪魔と戦えば良いのか?

 それとも、神様代理として面白おかしく働けば良いのか?

 はたまた、毎日ここに通って、神様とラブコメでも繰り広げればいいのか?


 そのどれでもいい。これが、夢なら覚めないでくれ。そう願いつつ、この出会いを噛みしめていた。

 でも、神様の答えは予想以上に拍子抜けで。


『えーっと、特に用事は、なかったりして?』

「は?」


 非日常に出会えば、何かが変わると思っていた。

 だけど、出会っただけでは意味がないんだ。これでは、なにも、変わらない。


『本来私の役目は、私を必要とする人の前に現れて、その人の願いを叶えるお手伝いをすることなんだけど……。

 はてさて、キミは願いを持ち出したのではなく、私に用事を聞いてきた。どういうことなのかな?』


 神様はほっぺに指をあて、考えるような仕草する。そして、そんな思案をする神様を尻目に、俺はおおよそ全てを悟ってしまった。


 ――願いをかなえる手伝いが役割。


 俺の願いは『非日常との出会い』。

 もう、この時点で叶ってしまっているんだ。つまり、神様が手伝う願いがない。


 神様のルールは知らないけれど、それを口に出してしまえばこの出会いはなかったことになって、せっかく出会えた非日常が俺の前から姿を消してしまう、そんな気がした。

 それは困る。それはイヤだ。


「あ、ああ、願いか。願いはあるぞ!」


 なにか、何か願いを言わないと。


『よかった。やっぱりあるんだね』


 なんでもいい、絞り出せ!


「俺の願いは――」


 なにか、なにか……!


『願いは?』


 なにかなにかなにか……!!


「あんたの願いを、叶えることだ!!」


 一瞬、空気が固まった。


『へ?』

「あ?」


 神様は目を丸くして、浮いている体をかなり傾けた。

 僅かに遅れて、俺も自分の言ったことのおかしさに気づく。


『えーっと……』

「な、何かまずいか?」


 だが、言ってしまったからには引き返せない。

 代案の願いがあるわけでもないし、これで押し通すしかない。


『ううん、まずくはないんだけど……この信仰の廃れた日本で私に会いたい人の願いは何かなぁっと思ったら、そんな願いを持ってるんだね』


 神様といえど、人の心の中を見る力はないらしく、素直に信じてくれた。

 それにしてもこの神様、浮いてるところを除けばえらく人間臭いな。


「で、なんかあんた願い事とかないのかよ?」

『うーん、わたしの願いかぁ。そうだなぁ、長生きしたい、かな?』

「は? 神様にも寿命とかあるのかよ?」

『うん、あるよ。人間の寿命とはちょっと違うけどね。神様は奉られなくなると死ぬんだよ』


 ああ、漫画とかでもよくそういった設定あるよな。信仰を集めれば集めるほど強くなるとか。

 つーことはなんだ? 漫画とかの一部は実話に基づいて作ってあったりするのか?


『それで、ここでやる見谷川祭りが今年で最後らしくてね』

「え? あの祭り今年で最後なの?」


 高校生活最初の年。クラスの奴と親睦を深めるために一緒に行った記憶がある。確かに、あまり活気がある感じじゃなかったな。


『奉りと祭り。字は違うけど、神様的には同じでね、祭りの数だけ神様がいて、祭りが最後を迎えると神様も最期を迎えるんだよ』


 つまり、認知できないだけで神様はいっぱいいるってことか?

 そもそも、人間が行う祭りで神様が生まれるってことは、少なくともこいつは、創造神とかそのたぐいの神様じゃないんだな。


「なるほどな。つまり、その祭りを続くようにしてほしい、と?」

『そうゆうことだね。でもやっぱり難しいかなぁ? 終わるものを続くようにするのは簡単なことじゃないから。無理だったら断ってくれても、いいよ?』


 確かに容易なことじゃない。

 特に、俺みたいな大したの権利も持たない、一介の高校生には。

 だが。


「……やってやる」

『え?』


 突然目の前に現れた非日常。それを手放さないためになら。


「神でも何でも救ってやる……!!」


 俺は、このためにデザインを学んできたのかもしれない。

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