12.肉屋は会長、小雨とデート?
「おや、小雨ちゃんデートかい?」
特にいいアイディアも浮かばないまま、小雨と二人で商店街を歩いていると、肉屋に声をかけられた。穏やかな顔つきの、初老の男性だ。
「ちょ、ちょっと松村さんっ。なんてこと言うんですかっ」
小雨が慌てて否定する。ただでさえ気まずいのに、さらに気まずくしてくるとは……。
「はっはっはっ、今時な感じで、なかなか男前じゃないか」
「だ、だから違いますって! こ、こちらは同じデザイン科の昂一先輩です!」
「ども」
軽くお辞儀をした。
「そして、こちらはお肉屋さんの松村さんです」
「よろしく、というより、たまに来てくれる子だよね?」
「ええ、お世話になってます」
まあ、高校生の一人暮らしなんてあまり贅沢できないから、もっぱらコロッケとかその辺を買ってるだけだ。
「ん? というより、小雨ちゃんの先輩……もしかして君が見谷川祭りを何とかしようと、頑張ってくれてる子かい?」
「え? あ、はい、たぶんそうですけど。知っているんですか?」
「はっはっはっ、何を隠そうこの商店街の会長は僕だからねぇ」
この人が会長だったのか、確かにこの商店街を経営している人の年齢層から考えて、妥当なところなのかもしれない。
「ああ、そんなにかしこまらなくてもいいよ。
僕としても見谷川祭りが終わるのは寂しいからねぇ。頑張ってほしいねぇ。発表、楽しみにしているよ」
「ええ、期待しておいてください」
俺に似合わず、少し自信ありげなことを言ってみた。
まあ、こっちは神様の命がかかってるんだ、いまさらこのくらいのこと言うくらいプレッシャーでもなんでもない。
「あ、松村さん。見谷川祭りをこんな風に変えたいとかってありますか? 参考までにですけど……」
商店街の人に聞いてみるってのもありだな。
「そうだねぇ、やっぱり子供から大人まで楽しめるようにしてほしいね。普通の答えすぎたかな? はっはっはっ」
「いえ、ありがとうございます」
小雨に代わってお礼を言った。
「みっともねぇプレゼンは出来ないな」
肉屋から離れてすぐに小雨に言った。
「はいっ、そのためにはアイディアですね!」
「だな」
人を見谷川祭りに呼ぶにはどのように宣伝したら良いだろうか?
ポスターでもビラでも何でも良いが、コストはあまりかけられない。
「そういえば蓮先輩が、『祭りを盛り上げるには子供から』って言ってましたよね」
「ああ、そんなことも言ってたな」
祭りの主役は子供になることが多いし的を射てるっつったら的を射ているが、大雑把過ぎてどうもな。
「前にも言いましたが、この商店街って小中学校の通学路を僅かに外れたところにあるんですよ、小中学校も近いです。
この周辺の子供を誘いたいなら、そちらに働きかけるのもありかも知れません」
「小中学校に直接、か。去年はなんかしたのか?」
「特にはしてないですねぇ。あ、そういえば重要なこと忘れてました」
小雨が小さな子連れの人を見て思い出したように言った。
「重要なこと?」
「私たちの通学時間と合わないので実感ありませんが、ここ、幼稚園や保育園の通学路でもあるんです」
「商店街が?」
「はい、地域で子供を守ろうという企画が数年前にあって、通学路改定で商店街が通学路に含まれたんです。
この商店街が自転車禁止なのもその影響ですね」
「なるほど、まあ確かにここなら人の目もあるし、危ない目にはあいにくいだろうが。……商店街を通学路って、思い切ったことしたな」
「まったくです」
小雨が困ったように笑った。それにしても、小中学生に加えて、幼児もか。
「つーか、去年はどんな感じで宣伝とかしたんだよ」
「ええっと、商店街内に簡易的な宣伝のポスターを貼って、開催日の数日前に祭りのお買い物券付きチラシをこの周辺の新聞に挟んでいただいて、あとは町内放送を使ったくらいです」
「なるほどな」
十分とは言えないかもしれないが、それでもそれなりには宣伝活動はしていたんだな。
子供、宣伝、子供、宣伝……。あー、なかなかアイディアまとまんねぇ。
「っと」
なんて、悩んでると『立川画材店』もとい、小雨の家の前までたどり着いた。
「まあなんだ、今アイディアまとまりそうにねぇし、いったん解散しとくか?」
「え? あ、はい。そう……ですね」
小雨は少しだけ残念そうに言った。
「まあ、最悪でも月曜には、できれば明日ビジュアル案がまとまるようにすっから、その時はよろしく頼むぞ」
「はいっ!」
そこで、小雨と別れて、今回は神様に会いに行く事もなく、家へと帰った。