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(後編)

彼女と会った翌日、秋山君から電話があって

二人で出かけるからって言われた。


だけど私は疑ってた。



私と秋山君とは結婚してからもたまにしか会わないんだけど

達也だってそんなに付き合いはしてなかったはず。

最近になって頻繁に彼とつるんでるなんて何かおかしい。


あの子に会いに行ったの?


まさかという思いと もしかしてという思いが交錯する。

秋山君に電話してみようか。

前に秋山君の携帯の番号を聞いてたことがある。

他の男の携帯に軽々しくかけるなよって達也に言われてたけど

かけてみて達也と一緒なのかだけ聞けば済む事だし、何もおかしなことしてる訳じゃない。

もしも一緒にいたとしたら、先に達也にかけたけど電波が悪くて繋がらなかったとでも言えばいい。

それにしたって何か用事を作らないといけない。

電話をかけた理由がないと、達也を疑ってると言ってるようなものだし。

何とか納得いく用事を作って思い切って秋山君の携帯を鳴らした。

だけど、秋山君は電話に出なかった。

あんなに色々考えてやっとかけた電話が繋がらなかったことで、一度に力が抜けてしまった。

きっとポケットにでも入れてて気づかないんだろう。

達也もそんな事よくあるし。



それからしばらくの時間 一人でぼーっとしてしまった。

私は一体何をしてるんだろう。

最初から達也に電話すればいいものを、何を恐れてるんだろう。

妻が主人に電話するのは普通の事なのに。

口実にと考えていた用事を思い出した。

やっぱり達也に電話してお願いしてみよう。

今度は達也の携帯を鳴らしたけど、またなかなか出てくれなくて

もしかして二人でバッティングセンターにでもいるのかなってそう思ってた。

やっと出た達也の電話の声はとても小さくて、雑音なんか何も聞こえなくって

きっとどこかの室内に居るであろうことがはっきり分かった。



「もしもし、どした?」

「今・・・どこ?」

「ノブとスポーツ用品店。夕方には帰るけど何かあったか?」


嘘。外だったらそんなに静かなわけないじゃない。

しかもそんなにひそひそ話す必要だってないでしょ。


「あのね、帰ってきたらペットショップ行きたい」

「はぁ?また突然だな」

「猫飼いたいの。いいでしょ?」


わざと話を長引かせようと必死になってた。

それに私の方は嘘なんてついてない。

ペットOKのマンションに住んでいるのに、彼が猫嫌いだって知ってたから我慢してた。

それに子供が生まれたら手放さないといけないって聞いたことあるから。

だけどしばらくは子供も望めそうもないし。

私は犬よりも猫が好き。実家でも猫を飼ってたし慣れてるから。

だけど、この時はまさか本当に飼えるとは思ってなかった。


「分かったよ。すぐには帰れないけど帰ったら行こ」

「え?いいの?でも何時くらいになるの?お店閉まっちゃうよ」

「そんなに遅くはならないから。じゃあな」


それだけ言って切れてしまった。

達也、今それどころじゃないって感じだった。

きっと彼女の所だと思う。もっともただの勘でしかないけど。

だけどもしそうだとしたら

昨日私を抱いたばっかりで今日は彼女を抱くんだろうか。

そんな下衆な事を思ったりする自分が嫌になった。



もっと嫌がるかと思ったのにな・・・猫。

あっさりとお願いが聞いてもらえるとは思ってなかったから

なんだかそこでも脱力してしまった。

じっと座り込んでると、しばらくして達也が帰ってきた。





「お前なぁ、何で昨日言わないんだよ」

「え・・・あ、ごめんね。急に思いついたからさ。ていうか・・・早かったね」

「ノブが早く帰ってやれって言うから・・・ったく、もう」

「あの・・・本当にごめんなさい」

「もういい。すぐ行くぞ」

「待って、着替えてない。こんなに早いと思ってなかったから・・・・・あの・・・」

「おい、お前・・・何も泣く事ないだろが。別に怒ってないだろ」


彼が帰ってきてくれたことが本当に嬉しくって

こんなに早く帰ってくるって事は彼女の所じゃないのかもって思って

嬉しい筈なのになぜか涙がこみあげてきた。


「ごめんね。急に呼び返して。秋山君にも謝っとくから」

「そんな事しなくていいから早く支度して来い。猫、見にいくんだろ」

「うん。でも・・・本当に飼ってもいいの?」

「那美が欲しいなら飼えばいいんじゃね。そのかわり俺には近寄らせんなよ」


そう言っていつもの私の好きな達也の笑顔で笑ってくれた。

彼のこのいたずらっぽい顔が大好きだ。



そうしてうちに来たのが 通称 「ひめ」


アメリカンショートヘアのブラウンで生後二ヶ月の女の子。

値段をみて驚いた。この子が10万円もするなんてね。

だけど私は一目惚れしてしまって、この子がいいなって言ったら

達也は何も言わないで自分のカードを切ってくれた。

夫婦なんだからどっちが払うって事でもないんだけどね。


名前をつける時も二人で考えた。


「達也の名前ってどんな意味なの?」

「そんなの聞いたことないから知らねーよ」

「そうなの?私はね 並みの人生が送れるようにってつけられたらしい」

「並って、うな重みたいだな」

「人並みっていう意味だよ・・・ってそれよりこの子の名前、考えてよ」

「お前が買ったんだろが。自分で決めろよ」


なんだか他人事みたいにいうからちょっと意地悪したくなった。


「そうだなぁ・・・かおちゃん!ってどう?」


達也の顔を見ると今にも目が飛び出しそうぐらい驚いてた。

それが可笑しくって自然と笑ってた。

慌てた達也はそれだけはやめとけって言った。

だけどタマって・・・サザエさんじゃないんだからさ。


本当は最初にこの子を見たときから決めてた。

女の子っぽい名前で可愛い響きだから

『 ひめ 』

ひめがきてから毎日が楽しくなった。

子供のいる人の気持ちがちょっとだけわかったかなって思った。

まぁこれが人間となるとこんなに気楽にはいかないんだろうけど。


ひめの事に夢中になってると達也のことも気にならなくなった。

達也は日曜日もパチンコとか言ってふらっと出て行ったりしてた。

だからひめにパパはお出かけだからママとお留守番ねって話しかける。

そんな私を見てちょっと笑いながら達也は出掛けていく。

どこに行ってるのかはだいたい想像がつくけど

達也が認めない限りは話しにならないから何も言わない。



そういう彼も、ひめのこと自分には寄せ付けるなって言ったくせに

TVを見ながら膝に乗せたり、おもちゃでせがって遊んだりしてる。

ひめが我が家に来てくれてから私たち夫婦には笑顔が増えた。

きっと子供のいる家庭ってこんな感じなんだろうな。

少なくても私にとってのひめは娘のような存在だった。



猫って高いところから落ちても怪我をしないっていうけど本当にそうみたい。

うちはマンションの三階なんだけど、ひめはベランダからよく脱走してしまう。

窓の下に木があるからそれに飛び移って出かけるらしい。


そういう猫の習性は知ってたからあまり窓は開けないようにしてたんだけど

天気のいい日はやっぱり空気の入れ替えしたくってつい・・・。


最初の脱走の時には慌ててしまって

夜になっても帰ってこないから達也に電話して帰ってきてもらった。

そしたらひめの方が先に帰ってきて達也がちょっとだけひめを怒った。

だからそんなに怒らないでって庇ってあげた。

手が掛かる奴、まるで子供だなって達也が苦笑いしてた。

確かにそれからもひめの家出は止まることはなかったけど。



それが原因って訳じゃなくって、達也がしばらく機嫌が悪い時期があった。

何を言っても上の空で私の事が見えてないって言うか

もしかしてこれは本当にまずいかもって思った私は

最近おかしいよって、どうしたの?って聞いてみたけど

仕事で嫌なことあったからだって言ってた。

お前に話してもわからないから気にしなくていいって。

ひょっとして・・・あの子と終わったのかもしれないって思った。


しばらくしてから彼はいつもの彼に戻った。

帰りも前よりは早くなったし、週末はいつも一緒にいてくれる。

ひめと三人で過ごす平凡な毎日。私は幸せだった。

やっぱり彼女とは別れたんだって思った。



どれくらいそんな日々が続いたんだろう。

何も起きない平和な毎日に油断してた。


達也がまたおかしくなってしまった。

週末の夜に達也の携帯が頻繁に鳴るようになった。

また違う女なのか。それともあの子と終わってなかったのか。



電話がある度に友達に呼び出されたと出て行く達也。

腹が立つというよりもほんとに呆れてしまった。

酒癖と女癖は一生治らないってお父さんが言ってた。

達也の浮気癖はきっと治らないのかもしれないって思うと

もうどうでもよくなってきて、いっそ別れたほうがいいのかもしれないって思った。


達也は私を愛してない。


ただ結婚してるから一緒にいるだけの事なんだろうって。

そんな私に愛想を尽かしたのは達也だけではなかったみたいで

唯一の支えになってたひめが、またいなくなってしまった。

いつもはちゃんと窓から帰ってくるのに。



ひめ・・・どこに行っちゃったんだろう。

どこかで誰かに飼われてるならそれでいいんだけど。



あの日、達也と一緒にいた人 

あれが新しい女なんだって思うと悲しくなった。


・・・子供・・・


こればっかりは負けを認めるしかない。

達也、子供好きだったんだね。

私にはそうでもないって言ってたから本気にしちゃった。

あの時の達也の顔見てもう無理だって思った。



香織ちゃんのお店に行ったのは

もう一度彼女の淹れたコーヒーを飲みたかったのと

私の後悔を聞いて欲しかったから。


あんな人に達也を渡すぐらいならこの子の方がまだまし。

あの時、私が無理にでも別れてあげたら良かったって思った。

あの女は平気で自宅にいる達也の携帯を鳴らす女。

だけど香織ちゃんは一度だってそんな事はしなかった。

きっと私への気遣いからか、あるいはそれほどまでに達也を愛してたんだろう。

愛してる人を失いたくないという気持ちはよくわかる。



そんな彼女に今更やり直して欲しいって言われるのは何とも妙な感じだけど

同じ男を愛した女として、これもありなのかなって思った。



あの日、達也ともう一度話し合うためにマンションに帰った。

連絡もしないで帰ったけど家の中はさすがに凄くって

とりあえず掃除だけでもしなくっちゃって思ってしまって

あとは台所の洗い物だけって頃に達也が帰ってきた。

私を見て驚いてたけどすぐに苦笑いして


「帰ってきたわけじゃないんだろ」

「今日は早いんだね。お帰り」

「そっか?普通だろ」


ぎこちない会話。

まだ戸籍上は夫婦なのに、変な二人だった。

それでもきちんと達也に向き合うつもりで話かけた。


「あの人と別れたって聞いた」

「はぁっ?んなこと誰に聞いたんだ?那美にそんな話する奴いないだろ」

「誰かって言われたら、言いにくいんだけど・・・・・」



香織ちゃんとの関係を話さないと話が前に進まなかったので

仕方なくこれまでのいきさつを話した。

その時の達也、今までで一番変な顔してたなぁ。


「お前たち・・・・・ほんっと、考えられねーよ」

「おかしいのは分かってるよ。私も香織ちゃんも。でも事実」


じゃあ全部ばれてるんだなって、達也は私から目を逸らした。


「過ぎたことはもういい。これからどうしたいかってことだよね」

「那美はもう別れたいんだろ。いいよ、それで」

「急に離婚に応じるんだね。何で?」

「全部知ってるんならもう俺なんか嫌だろ。悪かったな、今まで」


達也は私の目を見ることもなくただうな垂れて

見ていられないほどに哀しそうに自嘲してた。


「そんな顔しないでよ。情けないよ、達也」

「情けないよな・・・・・確かに・・・」


こんな姿 見たくなかった。

達也はもっと調子よくってやんちゃな人だった。

反省してるんだろうか。それとも開き直りなんだろうか。


「私ね 一人になってよくわかった。今まで達也に守ってもらってたんだって。だけどさ、達也がそんなだと守ってもらえる気がしないんだよね」

「実家、帰らないのか?・・・まぁ帰れないよな。俺のせいだな」

「いい加減しにしなよ。どうしてそうなるんだろ。この結婚が最初から間違いだったみたいな言い方しないでよ。私の意志で達也を選んだの。達也だけが悪いんじゃないでしょ」

「なぁ那美、お前頭下げて実家に戻れ。何なら俺が全部話してもいい」

「何言ってんの。そんな事できないよ。だから私今一人でいるんでしょ」


達也らしくない弱気な言葉に段々と腹が立ってきてしまって


「しっかりしてよ、お願いだから。そんな達也、いやだもん」


涙が止まらない。

この人をこのまま放っておくなんてできないって思った。


「那美・・・俺さ・・・・・」


達也がぽつぽつと、今までの事を全部話してくれた。

私が思ってたのとは随分違ってた事実に驚いてしまった。


「何でもっと早く話し合わなかったのかな、私たち」

「那美、いきなりいなくなるから。何も話せなかった」

「もしここに居たとしても私には全部は話せなかったでしょ」

「ま、そうだよな。きっと黙ってただろうな。俺、ずるいからさ」


達也は私を必要としてくれてるんだろうか。

私がやり直そうって言ったらまた前のように戻れるんだろうか。


自信がなかった。でも・・・


「ねぇ、達也が離婚しないって言った理由、教えてくれる?」

「よくわかんねぇ、俺にも。ただ別れたくなかっただけ」


わかんないか。

そうかもしれないね。私だってわかんないことだらけ。


「もう一回・・・最初から頑張って見ようか。私たち」

「那美・・・・・」

「今度が最後のチャンスだよ。もしまた浮気したら・・・ごめん・・・浮気っていったら悪いね。もしこれから先、他に好きな人ができたらその時は・・・・・」


最後まで言い終わる前に達也に抱きしめられた。

泣いてるの?初めて見たよ。達也が泣くなんて。

結局、私にはここしか戻る所なんてないんだなって思った。



強くなりたいって思った。

守ってもらうばっかりじゃ駄目。

私も彼を支えられるいい奥さんになるんだって。

達也が他の人に目を向けなくなるくらいのいい女になってやるって。



うちには戻ったけどパートの仕事は辞めなかった。

家の中ばかりじゃなくて外の世界に出てたくさんの事知りたかった。

いろんな人に出会っていろんな話をしたりすると

案外それまで見えなかったものが見えてきたりする。


同じパートの奥さんにいい産婦人科があるよって教えてもらった。

彼女は二人目不妊とかって言って二人目がなかなかできなかったらしく

その病院で無事に子供を授かったそうだ。

達也にも話をして分かってもらって、一緒に病院に通った。

男の人には結構辛いことだったろうけど、文句も言わずに協力してくれたことが本当に嬉しかった。

意外にも特にお互い問題もなかったらしく、とはいえ私の方は少しだけ痛い治療もしたけど

あとはタイミング療法ってことで・・・。



そして私のお腹の中には今 新しい命が育ってる。


仕方なく仕事は事情を話して辞めさせてもらった。

最初は達也も照れくさかったみたいだけど

今ではまだ動かないお腹に耳を当てたり、おーいって呼んだりしてる。

そんな彼の姿を見てると、子供が親を育ててるのかもしれないって思う。

こんな風に少しずつ父親と母親になっていくんだなって。




今日、香織ちゃんの幸せそうな姿を見て思った。


これでよかったんだって。


達也もきっと・・・・・




まだ起きてるんだね・・・達也。

今日だけは一人で飲ませてあげるね。


達也・・・やっぱりあなたが好き。


だから私は強くなる。


もっともっと強い女になりたい。


ずっとずっとあなたと一緒にいたいから。


あなたのそばにいたいから・・・・・。










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