12.痛み止めの効果
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夕日に染まる道を、私は駆け足で進んだ。その先に、ようやく屋敷の影が見えてくる。
「遅くなっちゃった……怒られるかなぁ……」
採取と魔物退治に夢中になりすぎて、帰りがいつもより遅くなってしまった。どうしよう。見つかったら、絶対に怒られる。
――何か手は……。
こっそり屋敷に入って、何食わぬ顔で自室に戻れば……怒られない、かも?
「よし、その手でいこう」
怒られたら、また森に入るのを禁止されてしまう。それだけは、どうしても避けたい。
以前なら我慢すればよかった。でも今は、森に入らなければならない理由がある。禁止されてしまったら、必要なものが手に入らない。それは、困るどころじゃない。
なんとかして、見つからないように屋敷へ。そう思いながら、距離を詰めていった、その時。
見てしまった。
「……う、うわぁ……」
玄関先に、見覚えのある影が三つ。夕暮れの中で、こちらをじっと見据えている。
「まじかぁ……」
ロザンお父様。ファルスお兄様。アマリアお姉様。
三人そろって玄関先に仁王立ち、完全に待ち構えられている。
これはもう……どうあがいても逃げられない。私は小さく息を吸い、作戦を切り替えた。
全力で駆け出し、三人の前へ。そして――。
「遅れてごめんなさい!」
勢いよく頭を下げた。誠心誠意、全力での謝罪。
怒鳴られる覚悟で体を強張らせる。けれど――。
「とりあえず、頭を上げなさい」
返ってきたのは、思ったよりもずっと穏やかな声だった。恐る恐る顔を上げると、三人はどこか複雑そうな表情をしている。
「遅れてきたこと自体は、いつも通り怒っている。約束は守らなければならない」
「僕も同じ意見だよ。約束を破ったルイは、怒られて当然だと思うんだけど……」
「……あんなことがあったら、怒るに怒れないわよ、ルイ!」
「わっ!?」
言い終わると同時に、アマリアお姉様が勢いよく抱きついてきた。
「一体、どんな薬を作ったの!? イザベルお母様に、本当の笑顔が戻ったのよ! いつもの、我慢している笑顔じゃないわ。心からの笑顔だったの。あんな表情を見たのは……本当に、数年ぶりよ……!」
その言葉で理解した。三人は、私の作った痛み止めを使ったイザベルお母様に、もう会ってきたのだ。
「あんな笑顔を見るのは久しぶりだったよ。ルイ、どんな凄い薬を作ったんだい?」
「本当に……イザベルのための薬を作り上げるとは。ルイなら、きっと出来ると信じていた!」
感極まったロザンお父様も、アマリアお姉様と一緒に私を抱きしめてきた。その様子を近くでファルスお兄様が微笑ましく見守ってくれる。
みんなが、こんなにも喜んでくれている。イザベルお母様のために作った薬が家族に温かい笑顔を取り戻した。それが嬉しくて、自然と私も笑顔になる。
「やっぱり、ルイは凄いわ! 本当に凄い子!」
「ア、アマリアお姉様……顔を擦り付けないで!」
「本当にこいつは!」
「ロザンお父様、髪の毛がぐちゃぐちゃになるよ!」
二人のオーバーリアクションに思わずたじたじになる。だけど、そういう時には――。
「父さんにアマリア、それぐらいにしておいたほうがいいよ。ルイが困っている」
ファルスお兄様が優しく窘めてくれた。その声に二人が名残惜しそうに、私の体から離れた。
「ご、ごほんっ! とにかくルイ、よくやってくれた。これでイザベルも、安心して過ごせるだろう」
ロザンお父様はわざとらしく咳払いをしてから、そう言った。その声には、確かな安堵と、隠しきれない誇らしさが滲んでいる。
「うん! お母様が、痛みを我慢しなくていい時間が作れて、本当に良かった!」
本当にそれが救いだ。今まで痛みを我慢していたのが、今度からそれがなくなるのだから。
「だが、この薬のことは、イルセ先生にきちんと確認を取らなければならない。効果があったとはいえ、専門家に見てもらうのが一番だろう。大丈夫だとは思うが……念のため、だ」
その言葉に、私は素直に頷く。
自分の作った薬には自信がある。けれど、それとこれとは話が別だ。
「うん、分かってる。ちゃんとイルセ先生に見てもらって、これからも使っていいか、きちんと話を聞きたい」
「それでいい。その方が、皆が安心できる。さあ、もう屋敷に入ろう」
そう言って、ロザンお父様は扉に手をかけた。私たちは揃って屋敷の中へと入っていく。
私の作った薬を、イルセ先生に見てもらうおう。そして、これからも安心して使っていけるものなのか、きちんと確かめることが必要だ。
◇
「やあ、イルセ先生。待っていた」
「イルセ先生、こんにちは!」
「はい、お久しぶりです」
執務室を訪れたのは、主治医であるイルセ先生だった。今日も変わらず、穏やかな雰囲気をまとっている。
「では、早速ですが……ご一緒にイザベル様を診ていきましょうか」
「よろしく頼む」
そう言って、ロザンお父様と私はイルセ先生とともに執務室を後にした。迷うことなく、イザベルお母様の部屋へと向かう。
「何か変わったことはありましたか?」
「うん! すごく変わったことがあるよ!」
「ほう……その様子だと、良い変化のようですね。どんなことが?」
「それは、イザベルお母様を見てからのお楽しみ」
「それはそれは……」
私の言葉に、イルセ先生は驚いたように目を細め、どこか嬉しそうに微笑んだ。そうこうしているうちに、すぐ部屋の前に着く。軽くノックをして、中へ入った。
「こんにちは、イザベル様」
「イルセ先生、こんにちは」
「……おや? 声に張りがありますね。いつもより、ずっとお元気そうだ」
「はい。お陰様で……」
さすがはイルセ先生。イザベルお母様の声だけで、変化に気づいたようだ。
「これは……診察のしがいがありそうですね」
そう言って微笑むと、イルセ先生は手際よく診察を始めた。顔色や肌の艶、姿勢の崩れを静かに確認していく。そして、とうとう――あの事を聞き出す。
「痛みは、どうですか?」
「……それが、ありません」
「痛みが、ない?」
その返答に、イルセ先生は思わず眉をひそめ、首を傾げた。
「ルイが作ってくれたお薬を使ったら、痛みを感じなくなったんです」
「……えっ。それは、本当ですか?」
「はい。こちらです」
そう言って、イザベルお母様は小さな瓶を一つ差し出した。イルセ先生はそれを受け取り、中の薬を一粒、慎重につまみ上げる。
「……これは、初めて見る形状ですね。本当に、ルイ様が作られたのですか?」
「うん、私が作ったよ。素材は、いつも使っていたロキニン草。そこを中心にして、周りはミリジングの木の蜜でコーティングしてるの」
「なるほど……。では、少し失礼しますね」
そう言って、イルセ先生は薬を丁寧に二つに割った。
「……中心のロキニン草が、湿り気を帯びていますね。通常なら、一度乾燥させなければ、体に負担が出るはずですが……」
「大丈夫だよ! その有害な成分は、私が消去してあるから」
「……消去、ですか?」
「うん! この前の職業選定で、錬金術師になったの。だから、そういうことが出来るようになったんだよ!」
私の説明を聞き、イルセ先生はしばらく言葉を失ったまま、薬を見つめていた。
「錬金術師……ですか? 初めて聞く職業ですね。その職業なら、薬を作ることが出来るということですか?」
「そう! 今までにない製法で、お薬を作れるようになったの!」
「では……その力を使って、ロキニン草の有害な成分だけを消去した、と? そんなことが……本当に可能なのですか?」
イルセ先生の声は、驚きを隠しきれていなかった。未知の理論を前にした、研究者の目をしている。
「そういうこと! 今回はその力を使って、ロキニン草の効能を落とさずに、有害な成分だけを消去出来たの。だから、イザベルお母様は痛みを感じなくなったんだよ」
「……信じられませんね。ですが、この改善具合を見る限り……事実なのでしょう。錬金術師の能力によって、まったく新しい、しかも安全性の高い薬が生まれた……」
イルセ先生は、感嘆の息を吐いた。
「これは、本当に素晴らしいことです!」




