第79話 クラスメイトと初対面
# 第79話 クラスメイトと初対面
## 初授業の朝
入学式の翌朝。
寮の部屋の天井を見ながら俺は思った。
(初めての授業だ。どんなクラスメイトがいるんだろう。どんな授業なんだろう)
「おはよう、セラ」
ドア越しにアリアの声がした。隣の部屋との壁は薄いらしく、声が普通に届く。
「おはよう」
ルームメイトのユリウスが、勢いよくベッドから起き上がった。
「おはようございます、セラさん! 今日、初授業ですよね! 緊張します!」
「おはよう、ユリウス。緊張するよね」
「エルフの人って、朝弱くないんですか? なんか神秘的なイメージがあって……」
(エルフの朝事情は知らないが、俺自身は昔から朝が得意ではない。目覚ましを三回止めるタイプだ。……今朝は不思議とすっきり起きられた。新しい場所のせいだろうか)
「エルフも普通に起きるよ」
「へえー。そうなんですね!」
(ユリウスはなんでも全力で感心してくれる。こういう人がいると、会話しやすい)
もう一人のルームメイト、リクはすでに机に向かって何か読んでいた。
「おはようございます」
「おはよう、リク。また予習してるの?」
「授業の準備です。最初の授業から遅れたくないので」
「……すごいな」
(真面目すぎるくらい真面目だ。こういう人は後々大きく成長する)
四人で食堂へ向かった。食堂は朝から賑わっていて、多くの学生たちが朝食をとっていた。様々な種族の学生たちが、話をしながら食事をしている。
「すごい人だね……」
ユリウスが目を丸くする。
「魔法学園は規模が大きいからね」
パン、スープ、サラダ、卵料理。シンプルだが栄養のある朝食だ。
「美味しい!」
ユリウスがパンにかぶりつく。食への感動が素直だ。
アリアが女子寮から来て、同じテーブルに座った。
「おはよう、みんな」
「おはようございます! アリアさんですよね? セラさんの幼馴染って聞きました!」
「そーそー! セラとは幼馴染なんだよ」
「仲いいですね!」
「当たり前でしょ?」
(「当たり前でしょ?」が早速出た。アリアの必殺技だ。何でも当たり前にしてしまう。ユリウスが「すごい自信だ……!」という顔をしている)
「カトレアさんは?」
「別のクラスだから、別行動だって。あとで会えるといいな」
「ドワーフの方ですよね? 珍しい」
「カトレアは特別だよ。豪快で頼りになる人」
「会ってみたいです!」
朝食を終えて、教室棟へ向かった。
## 教室へ
廊下は、学生たちで賑わっていた。様々な年齢の学生が行き交い、話し声が飛び交っている。
(みんなどこかへ急いでいて、目的がある。毎日何かが変わる気がする。この感覚は悪くない)
セラたちが歩くと、すれ違う学生たちがチラチラと見てくる。
「エルフだ……」
「二人もいる」
「特例クラスで合格したって噂の」
(また目立ってしまった。エルフとして注目されるのは、転生当初から続いている。もう慣れた……と言いたいところだが、正直まだ少し落ち着かない)
「教室、どっちだっけ」
ユリウスが案内板を見る。
「一年A組……二階の東側だ」
「わかった。じゃあこっちだ」
階段を上り、廊下を東へ向かう。廊下の壁には、学園の歴史を示す写真や絵画が飾られていた。卒業生の肖像、歴代学園長の絵、昔の演習場の写真。
「百年の歴史……本当に昔からある学校なんだね」
アリアが壁を見ながら言う。
「うん。昨日の学園長の話にも出てきたけど、百年前に古代エルフの研究をした有名な生徒がいたらしい」
「それ、気になるよね」
「うん。図書館で調べたい」
(百年前の転生者と言われる伝説の生徒。同じ転生者かもしれない。そう考えると、この学園にいること自体が、何か意味を持つ気がしてくる。この世界では……もしかしたら、必然があるのかもしれない)
一年A組の教室のドアの前に着いた。ドアの横に、小さな表示板が掛かっている。「一年A組・担当:グリム・エレナ」。
## 教室に入る
ドアを開けると、視線が一斉に集まった。
教室はすでに十五名ほどの学生が席についていた。人間、ハーフエルフ、それに一人のドワーフ。様々な背景を持つクラスメイトたちが、新しく入ってきた三人を見ている。
「エルフだ」
「二人も」
「あの子たち、特例クラスで合格したって聞いた」
「すごい」
囁き声が飛ぶ。
(転校生の気分だ。全員に知られた状態で入室するのは、気まずい。でも乗り越えるしかない)
「ど、どこに座ろうか」
アリアが小声で聞く。
「前の方。真ん中の列がいいかな」
「え、そんな目立つところに?」
「逃げるな、アリア。正面突破だ」
(目立つのが嫌なら、逆に前に出て正面から目立った方が印象が良くなる。コソコソしていると、かえって変な噂が広まる。これは経験則だ)
「……セラが行くなら、私も行く」
「よし。行こう」
二人は前から四列目、中央の席に座った。
クラスメイトたちの視線が、しばらく続いた後、それぞれの会話に戻っていった。
「お前、エルフなの?」
隣の席から声がかかった。振り返ると、同年代の男が座っていた。赤みがかった髪で、目つきが鋭い。でも声には悪意がない。率直な好奇心だ。
「そうだよ。セラです」
「俺はアズマ・レン。東方出身。よろしく」
「よろしく、レン。入学式の会場でも見かけた気がする」
「見てたのか。俺も気になってたよ。特例クラスで合格したって噂のエルフが、どんな奴か」
「俺のこと、もう知ってたの?」
「みんな知ってる。試験当日に魔水晶が白熱したって話、広まってるから」
(やはりその話は避けられないらしい)
「……まあ、そういうこともあった」
「すごいよな。俺は筆記でギリギリだったのに。実技は一応通ったけど」
「レンは魔力はどのくらい?」
「普通だよ、普通。平均より少し高い程度。でも詠唱の速さには自信がある」
「詠唱の速さか。それも立派な才能だよ」
「……お前、いいな。素直に褒めてくれるとこ、気に入った」
(ただ本音を言っているだけなんだが、世の中には本音を言う人が少ないらしい)
八時ちょうどに、教室のドアが開いた。
教師が入ってきた。三十代ほどの女性。茶色の髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけている。白いローブを纏い、手に出席簿を持っている。
「おはようございます。一年A組の担当、グリム・エレナです。入学おめでとう。まずは自己紹介から始めましょう」
(グリム先生か。昨日の入学式の壇上にいた先生だ。笑顔が温かい。親しみやすいけど授業は本格的な先生のタイプだ)
## 自己紹介
グリム先生が席の順番に自己紹介を促した。
一人ずつ、名前と出身地と、魔法への抱負を話す。人間、ハーフエルフ、ドワーフ……様々なバックグラウンドを持つクラスメイトたちが、順番に立ち上がった。
(面白い。こんなに種族が混じっているクラスは珍しいらしい。それぞれ違う価値観で、最初は戸惑っても、慣れると面白い。その違いが、集団の強さになることもある)
俺の番が来た。
(さて。自己紹介。やるしかない)
「セラ・ウィスパーウィンドです。エルフです。北の森の出身ですが、最近は王都で冒険者として活動していました。魔法を体系的に学びたいと思って入学しました。よろしくお願いします」
短くまとめた。
クラスが少しざわめいた。
「冒険者だったの?」
「エルフで冒険者ってかっこいい」
「北の森出身……どんな場所?」
質問が飛び交う。
「静かで、緑が多い場所です。魔法は子どもの頃から習ってきました」
「特例クラスで合格したって本当?」
「そうです」
「すごい……」
(「すごい」という反応が来ると、少し照れくさい。でも本当のことだから否定もできない)
アリアの自己紹介では、クラスの空気が変わった。
「エルフ・アリアです。セラと同じ北の森の出身で、幼馴染です。回復魔法が得意です。魔法学園でもっと上手くなりたいと思って来ました。よろしくお願いします!」
「えー、幼馴染と一緒に入学したの?」
「そーそー!」
「仲いい!」
「当たり前でしょ?」
(「当たり前でしょ?」がクラス全体に炸裂した。何人かが笑い、何人かが驚き、何人かが「どういう意味だ」という顔をしている。まあ、アリアらしい自己紹介だった)
グリム先生が笑顔で言った。
「セラさん、アリアさん。特例クラスで合格したお二人ですね。授業では積極的に発言してください。楽しみにしています」
「はい」
(積極的に発言。今回は……少しは手を挙げようと思う)
## 新しい友達
自己紹介が終わると、グリム先生が少し休憩の時間を与えてくれた。
すぐに、何人かの生徒が話しかけてきた。
「セラ、って呼んでいいですか?」
声をかけてきたのは、黒髪の女性だった。活発そうで、笑顔が明るい。背丈は低めで、動きがきびきびしている。
「もちろん。君は?」
「ミリアンです! 人間です。魔法学園の近くに住んでるんですよ」
「地元出身か。慣れた環境でいいね」
「それが、魔法学園の雰囲気、慣れないんですよー。なんか緊張しちゃって」
ミリアンが笑う。正直な人だ。
(正直な人は好きだ。顔に全部出てる。わかりやすくて、いい)
「緊張するよね。俺も同じだよ」
「え、セラも緊張するの? 特例クラスで合格するような人でも?」
「もちろん。新しい環境は誰でも緊張する」
「そっか……じゃあ普通か」
「普通だよ」
「なんか、そういうこと言ってくれると安心する。エルフって、もっとクールで感情がないイメージがあったから」
(エルフのイメージ問題。中身は前世のサラリーマンなのに、外見がエルフなせいで神秘的な印象を与えてしまう。複雑だ。でも「感情がない」は違う。めちゃくちゃ感情ある)
「中身は普通だよ。緊張もするし、食べ物の好き嫌いもあるし、朝起きるのが苦手な日もある」
「えー、エルフっぽくないですね」
「そーそー! セラ、全然クールじゃないよ」
いつの間にか来ていたアリアが、追い打ちをかけた。
「いや、俺クールなんだけど」
「えー。さっき朝食でスープこぼしてたじゃん」
「それは……今は関係ない話だ」
(なぜそういうことを公言するんだアリア。しかも俺が反論できない事実を持ってくる)
ミリアンが笑い声を上げた。
「面白い! 二人とも面白い!」
「ありがとう。こちらこそよろしく、ミリアン」
「こちらこそ! 放課後、一緒に図書館行きませんか? いろんな本があるって聞いて」
「いいよ。俺もちょうど調べたいことがあったし」
「古代エルフの資料?」
「よくわかったね」
「なんとなく。目が輝いてたから」
(俺、古代エルフの話になると目が輝くらしい。自覚はないが、そういうものなのだろう)
レンが横から入ってきた。
「俺も混じっていいか」
「どうぞ」
「さっきの自己紹介、お前二人が一番印象残ったわ」
「そう?」
「アリアの「当たり前でしょ?」は笑った。なんか自信あるな、あいつ」
「当たり前でしょ?」
本人が答えた。
俺とレンとミリアンが同時に笑った。
(いい感じだ。まだ入学一日目の朝だが、すでに何人かと話せている。今は、ここがいい)
「放課後、演習場で練習しましょうよ」
ミリアンが提案した。
「それいいな。俺も一緒に行きたい」
レンが言う。
「じゃあ、今日の放課後、みんなで演習場で練習しよう」
俺が提案した。
「セラも来るの?」
「もちろん。俺も練習したいし、みんなの魔法、見てみたい」
「わあ、楽しみ!」
グリム先生が教壇に戻ってきた。
「では、始めましょう。今日の最初の授業は、魔法理論の基礎です」
ノートを開く。ペンを握る。
(いよいよ、始まる。魔法を学ぶ。古代エルフの謎に近づく。そのための四年間が、今日から始まる。真ん中の席から、ちゃんと授業を受ける)
チョークが黒板に走った。
一年A組の初授業が、始まった。
授業は一時間続いた。魔法の定義、属性の基礎、魔力と感情の関係。入学試験で勉強したことと重なる部分が多かったが、グリム先生の説明は試験対策の知識より深かった。
(教科書に書いてある知識と、先生の説明は違う。教科書は「何を」伝えるが、先生の言葉は「なぜ」を伝える。マニュアルを読むだけと、経験者に直接聞くのとでは、理解の深さが違う)
授業の終わりに、グリム先生が言った。
「明日は魔法陣の基礎を学びます。予習として、教科書の第三章を読んできてください。わからないことがあれば、放課後に質問に来てもいいです」
「はい」
「それから、セラさん、アリアさん。明日の授業で実技を見せていただけますか? エルフの魔法の使い方を、クラスに見せてもらえると参考になります」
「はい。わかりました」
(実技を見せる。それは別にいい。ただ……古代エルフの感情との関係が表に出てしまわないように気をつけないと)
「ありがとうございます。では、今日はここまで。お疲れ様でした」
授業が終わると、クラスメイトたちが互いに話し始めた。
「ねえ、今日の授業どうだった?」
「難しかった……魔法の理論、こんなに体系的に学んだことなかったから」
「私は面白かった! 感情と魔力の話、もっと聞きたかった」
(クラスメイトたちの反応がさまざまだ。これが多様なバックグラウンドを持つクラスの面白さだ)
「セラ、明日の実技、楽しみにしてる」
レンが言う。
「楽しみにするほどのことじゃないよ」
「いや、楽しみにしてる。お前が無詠唱でどう魔法を使うか、見てみたい。参考にしたい」
「レンの詠唱速度が速くなったら、俺より実戦で使えるかもしれないよ」
「……そういうこと言うから、モチベーションが上がってしまう。やめろ」
「やめません」
ミリアンが笑い声を上げた。
放課後、演習場に集まったのは六人だった。俺、アリア、ミリアン、レン、それにリクと、もう一人クラスメイトの女性、エマが加わった。
「みんなで自主練ね! 楽しみ!」
ミリアンがテンション高く言った。
「まず各自が自由に練習して、気になることがあれば声かけ合うのはどうか」
レンが提案した。
「それいいね。じゃあ始めよう」
各自が散らばって、それぞれの練習を始めた。
ミリアンは炎の魔法を練習していた。詠唱をつぶやきながら、炎の形を変えようとしている。「——炎よ、灯れ——フレイム!」。ぶわっと炎が出た。
「……丸い形じゃなくて、もっと尖らせたい」
「炎の形は、イメージの解像度次第だよ」
俺は思ったことを言った。
「解像度?」
「頭の中で描く形が鮮明なほど、出てくる炎がその形に近づく。丸い炎のイメージが薄いと、形が崩れる」
「じゃあ、もっとはっきりイメージしたらいいの?」
「試してみて」
ミリアンが再び詠唱した。「——炎よ、灯れ——フレイム!」。今度の炎は、少しだけ輪郭がくっきりしていた。
「あ、ちょっとよくなった! セラ、すごい!」
「ミリアンが集中できてるからだよ」
(ちゃんと真面目に褒める。それが俺のやり方だ。お世辞じゃない。ミリアンは本当に上達している。一回のアドバイスで変わるのは、素質がある証拠だ)
レンは壁に向かって、詠唱の速度を詰めていた。「——水よ、集まれ——アクア!」。声が途中からつながって、一つの流れになっている。
「速い詠唱だな」
「まだ遅い。目標は、詠唱が聞こえないくらいの速さだ」
「それはもはや無詠唱だよ」
「違う。詠唱はしている。ただ早すぎて聞こえないだけだ。それが俺の理想」
(面白い考え方だ。詠唱の速度が上限まで達したとき、それは本質的には無詠唱に近くなる。でも詠唱の型を維持することで、安定性は確保できる。実は理にかなっている)
「詠唱速度が上がると、戦闘で有利になるよ」
「だから練習する」
放課後の演習場での練習が終わり、夕食の時間になった。
食堂では、カトレアが別のテーブルから手を振ってきた。
「セラ! アリア! こっちに来い! ルームメイトを紹介したい!」
カトレアのテーブルには、ドワーフの女性が一人、人間の女性が二人いた。
「こちらは、同じ部屋のモリン、ルカ、エマ! ギャハハ!」
「どうも」
「初めまして。セラです」
「エルフだ……!」
モリンというドワーフの女性が目を輝かせた。短い金髪と、がっしりした体格。カトレアと並ぶと、二人のドワーフが並んでいてなんとも迫力がある。
「モリンはドワーフ鍛冶師の家出身で、武器魔法の研究をしたくて入学したんだよ!」
「武器に魔法をかけるの? それは興味深い」
「そうなんです! 父の工房で、魔法と金属を組み合わせる研究をしていて……魔法学園ならもっと深く学べると思って!」
(面白い。この世界には、俺が知らない魔法の応用がたくさんある。武器への魔法付与、その組み合わせ)
「モリン、俺の魔力特性について何か知ってたら教えてほしいんだけど」
「?」
「古代エルフの魔法特性について。感情と魔力のリンクとか、そういう研究をしたことある?」
「……それは、私の専門じゃないですね。でも、学園の図書館に詳しい資料があると聞きました」
「やっぱり図書館か」
「リクが図書館に詳しそうだよ」
アリアが言う。
「そうだな。リクに聞いてみよう」
夕食が終わると、部屋に戻った。
リクはすでに机で本を読んでいた。
「リク、魔法学園の図書館って、どのくらいの資料があるか知ってる?」
「……詳しくは知りませんが、古代エルフの資料が特に充実していると聞いています。入学前に調べていました」
「入学前に調べてたのか」
「気になっていたので。セラさんは、古代エルフに興味があるんですか?」
「ある。俺自身の魔力の特性が、古代エルフの魔法と関係している可能性があって」
「……なるほど。もし図書館で一緒に調べるなら、同行します。私も古代エルフの魔法陣については興味があります」
(リク、控えめだけど、実は興味の幅が広い人かもしれない。こういう人は表面から見えているより、内面に深いものを持っていることが多い)
「よろしく、リク」
「こちらこそ」
その夜、ノートを開いて今日の授業を復習した。
魔法理論の基礎、感情と魔力の関係、属性の相性。
ノートのページが埋まっていく。書きながら理解が深まる感覚がある。
(今日一日で、かなりの量を書いた。それだけ、今日の授業が頭に入ってきているということだ)
ユリウスがすでに眠っている。静かな寝息が聞こえる。
リクはまだ本を読んでいる。
俺もそろそろ眠ろう。明日も授業がある。魔法陣の基礎。ノートと教科書を用意して、前の席から授業を受ける。
(いい一日だった。クラスメイトができた。授業が面白かった。カトレアとも話せた。今の俺の方が、ずっと生き生きしている気がする)
眠る前に、もう一度ノートを見た。
「感情と魔力のリンクについては、次の授業で詳しく聞こう」
そうつぶやいて、ノートを閉じた。
部屋の窓から、月が見えた。エルフの森の夜空とは違う、王都の夜空だ。でも、月は同じだ。
眠りにつく。
そう思った瞬間、隣の部屋から声がした。
「セラ、起きてる?」
「……まだ起きてる」
アリアの声だ。壁越しに、普通に会話できる。
「今日、どうだった?」
「良かったよ。クラスメイットも面白いし、先生も良さそうだし」
「うん。私もそう思った。ミリアンとレンと、仲良くなれそうだね」
「そうだね。明日の実技も楽しみだし」
「ねえ、セラ」
「なに?」
「感情と魔力のリンクって、私も最近感じること多くなったんだけど」
(アリアが。話が来た)
「どんなふうに?」
「なんか……嬉しいときや楽しいときに、魔力がうまく出るんだよね。怖かったり緊張したりすると、うまく出なかったり、逆に暴発しそうになったり」
「古代エルフ魔法の特性だ。感情を増幅させて魔力に変換する」
「でも、現代魔法って感情を制御して魔法を使うって習ったじゃない」
「そう。だから俺たちは、その逆を体に組み込んでいる可能性がある」
「組み込んでいる……って、それって自然にそうなったの? それとも何か理由があるの?」
(この問いに、まだ答えを持っていない)
「わからない。でも、グリム先生に相談してみようと思ってる」
「私も一緒に行っていい?」
「もちろんだよ」
「……なんか、セラに言えて良かった。一人で抱えてるのが少し不安だったから」
「一人で抱えるな。俺に言って」
「うん。ありがとう、セラ」
しばらく静寂があった。
「アリア、眠れそう?」
「眠れそう。もう目が重い」
「俺もだよ。おやすみ」
「おやすみ、セラ」
壁の向こうで、かさりと布団を被る音がした。
俺も目を閉じた。
(今日の放課後の練習のことを思い返す。演習場でみんなで魔法を試した。ミリアンが炎の形を変える練習をしていた。「ハートの形に炎を出したい」と言いながら真剣な顔をしていたのが面白かった。レンが詠唱の速度を詰めていた。俺はいくつかの無詠唱の練習をしたが、今日は目立つことをしなかった。クラスに溶け込むのが先だと思ったから)
(明日、グリム先生に相談しよう。感情と魔力のリンクについて。古代エルフの特性について。先生は授業でそういう話が好きそうだった。「積極的に発言してください」と言っていた。なら、積極的に相談してもいい)
月明かりが窓に映っている。
遠くで、街の音がする。
王都の夜は、深くなっていく。
魔法学園での最初の一日が、終わった。




