第51話 新たな旅立ち
# 第51話 新たな旅立ち
## 王都への旅立ち
転生六十三日目の朝。
エルフの森の集落が、旅立ちの空気に包まれていた。
朝霧。古木から滴る露の音。鳥たちのさえずり。
セラは自分の家の前に立ち、深呼吸をした。
(いや、待て。俺、今から旅に出るんだよな? アドベンチャー系のやつか。……あっちと違うのは、剣とか魔法があって、盗賊が出る可能性があるってことだけど)
まあ、盗賊は後で考えることにして。
「セラ、準備できた?」
アリアの声が背後から聞こえた。振り返ると、旅行装束の姿。金色の髪が朝風に揺れていて、瞳にはいろんな感情が宿っている。
「うん、できたよ」
「……寂しいね」
アリアが小さく呟く。「この森、私の故郷だもの」
「迷ってる?」
アリアはゆっくり首を横に振った。
「ううん。でも、別れるのは寂しい」
「行ってくるだけだよ。また戻ってくる」
「うん、そうね」
アリアは少し明るい顔になった。「セラと一緒なら、どこへでも行く」
(「セラと一緒なら」って言葉が、毎回さらっと破壊力があって困る。どういう顔をすればいいか分からない。少し舞い上がってるのは否定しない)
「遅いよ!みんな待ってる!」
リリナが駆け足でやって来た。
「ごめんごめん。最後の荷物をまとめてて」
「あーあ、いつまでたってもドタバタだね」
リリナが呆れた顔で言う。でも、口の端が少し上がっているのを、セラは見逃さなかった。
「言葉がきつい!」
「ふふ、仲がいいね」
アリアが微笑む。
村の広場には、すでに多くの人々が集まっていた。守護隊長、長老、そして顔見知りの子供たち。子供たちは両親の後ろに隠れながら、好奇心と寂しさが入り混じった目でこちらを見ている。
「セラ」
守護隊長が近づいてきた。「立派な旅立ちだ」
「隊長……」
「聖三角を使えるのは、君たち四人だけだ。その力は、守るために使え」
「はい」
「外の世界は、森とは違う」
長老が杖を支えにゆっくりと近づいてくる。「人の心も、森の理とは違う」
「分かってます」
「でも」長老の目が細められる。「君には特別なものがある。それを忘れるな」
(「特別なもの」、か。大げさなお世辞だとも取れる。でもこの長老の目は本気だ。なんとなく、そう思う)
カトレアがハンマー『石砕き』を肩に担いで現れた。ドワーフの商人兼冒険者。今日は借金返済への意欲がみなぎっている。
「お待たせ。借金返済のために頑張りますよ!」
「四人で、王都へ」
セラが確認する。
「王都へ!」
四人の声が重なった。
見送りの手が振られる。子供たちの小さな手が、だんだん遠くなっていく。
エルフの森の境界線が見えてきた。あそこは、セラがこの世界で転生して最初に目覚めた場所の近くだ。六十日余りを過ごした、彼にとっての故郷。
(もう二度と、元の世界には戻れない)
それは分かっている。分かった上で、前を向く。
(でも、ここが俺の居場所だ。ここで、新しい人生を始めるんだ)
境界線を越える瞬間、彼は振り返った。
エルフの森の木々が、朝陽を浴びて輝いている。その光景を心に焼き付け、彼は前を向いた。
「さあ、行こう」
「うん!」
街道へ続く道が、未知の世界への入り口だった。
## 街道の旅
街道は、予想以上に賑わっていた。
エルフの森を出てしばらく歩くと、森の中の細道から石畳の街道へと出た。
その瞬間。
(え、広い)
圧倒的な開放感。エルフの森では木々が天井みたいに覆っていて、空は木々の間に見えるくらいのものだった。でも外の草原は違う。どこまでも続く空。
(守護隊の訓練場の広さとは、比べものにならない。地平線まで、ぜんぶ空だ)
「わー、すごい!」
リリナが道の両側に広がる草原を見渡して、目を輝かせる。
「こんなに広いんだね」
アリアも空を見上げる。木々に覆われた空とは違う、圧倒的な開放感。
「ねえねえ、あれ見て!」
リリナが空を指差す。白い鳥の群れが、北の方角へと飛んでいく。
「渡り鳥だよ」カトレアが説明する。「季節が変わると、暖かい場所へ移動するんだ」
「へえ、賢いね。エルフの森には、そんな鳥いたかな?」
「たぶん、いたかも。でも木々の間だから、こんなにはっきり見えなかったかもね」
「王都までどれくらい?」
カトレアが街道の先を指差す。
「三日くらいかかるかな」セラが答える。「街道を通れば、安全だし宿もある」
「安全、ね……」
カトレアは少し疑わしそうな顔をした。
「盗賊とか、いないの?」
「ギルドに登録したばかりだし、大丈夫でしょ」リリナが楽観的に言う。
「希望を言っとくわ」カトレアが苦笑いする。「ドワーフのことわざで、『期待は裏切られる』って言うんだ」
「そんなことわざ、聞いたことないよ」セラが呆れたように言う。
「今、作ったんだけどね」カトレアが悪戯っぽく笑う。
「えっ!?」
「冗談冗談」
(笑えない。本当に盗賊が出たら笑えない。……なんか嫌な予感がするの、俺だけか?)
街道は、人や馬の行き交う賑やかな道だった。馬車の車輪が石畳を轟かせ、馬のいななきが響く。すれ違う冒険者たちが「よろしく」「お互いに」と短い言葉を交わしている。
「ねえ、あれ見て!」
アリアが道端に咲く花を指差す。青い花が風に揺れている。
「綺麗……」リリナも近づいて見つめる。「これ、何ていう花かな?」
「スカイブルームだよ」カトレアが答える。「街道沿いによく咲いてる花なんだ」
「スカイブルーム……名前も綺麗」
(旅って、こういうものか。一歩一歩歩くたびに新しい景色がある。足は痛いけど、悪くない)
「王都には、もっとすごいものがあるよ」カトレアが知ったような顔で話す。「魔法の道具屋とか、大きな市場とか……」
「魔法の道具屋!?」リリナの目がさらに輝く。「どんな道具があるの?」
「魔力を測る機械とか、魔力が溜まる石とか」
「私、行ってみたい!」
昼近くには、街道の脇に小さな宿場が現れた。軒を連ねる屋台、蒸気を上げる鍋、香ばしい匂い。
「いい匂い……」リリナがお腹をさする。
「ここで休憩しよう」セラが提案する。「軽い食事もとれるし」
四人は簡易的な食堂に入った。木製のテーブルとベンチ、飾り気のない内装。でも旅の人々の活気が溢れていた。
運ばれてきた食事は、質素だったが温かかった。スープは塩味が効いていて、乾パンは硬いが噛みしめるほどに味が増してくる。乾燥肉は脂っこくて食べ応えがある。
「おいしい!」リリナが目を輝かせる。
「うん、温まるね」アリアが微笑む。「エルフの森の料理とは、また違う味」
(旅の途中で食べる食事は、なんでこんなに美味しいんだろ。環境が変わると味も変わる。エルフになってもこの法則は変わらないらしい)
「次はいつ野宿?」リリナが目を輝かせる。
「夜になるよ。でも街道だから安全な場所で野営できる」
「テント、張るの楽しみだなー」カトレアがストレッチをする。
「四人で、協力して張ろうね」
「もちろん!」
## 盗賊との遭遇
夜。
街道の近くの森で、野営だ。
テントを張るのは、思ったより大変だった。
「セラ、こっちのロープ、どこに繋ぐの?」リリナが持て余したロープを手に困っている。
「あの木の根元に結んで」
「こう?」
「そう。あとは…カトレア、ポールはそっちじゃなくてこっち」
「分かった分かった」カトレアがポールを動かす。「ドワーフは建物を建てるのが得意なんだけど、テントはちょっと違うのよね」
「テントと建物は全然違うからね」アリアが苦笑しながら、別のロープを結ぶ。
そして十分ほど格闘した末、なんとかテントが完成した。
「……よし」セラが達成感を感じる。「できた」
「できた!」リリナが喜ぶ。「ちょっと歪んでるけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。エルフの野営訓練の時はもっと歪んでたし」
「確かに」アリアが笑う。「あの時のセラ、テントのポールを二本逆に刺してたよね」
「……そこは掘り返さないでほしい」
(自力でできた。エルフとして鍛えたおかげだ。森での訓練は無駄じゃなかった)
焚き火を囲んで夕食をとる。虫の声が遠くから聞こえる。星空がきれいだ。
「綺麗な夜だね」アリアが焚き火を見つめる。炎が揺らめいて、彼女の顔を照らしている。
「うん。森とは違う星が見える」リリナも空を見上げる。
「都会だと、もっと見えないんだよ」カトレアが言う。「王都は明かりが多いから」
「えー、残念」
「でも、王都の夜も綺麗だよ。灯りがいっぱいで」
「明日は王都に近づくよ」セラが火を見つめる。「夕方には丘の上から見えるはず」
「楽しみだな」
「ねえ。王都で、どんな冒険があるのかな?」リリナが突然言った。
「分からないけど、きっと何かあるよ」
「魔物とか?」アリアが心配そうに尋ねる。
「街の中にはいないはず。でも、周辺にはいるかもね」
「四人なら、大丈夫!」リリナが自信満々に言う。
「そうだね」
——その静寂は、突然破られた。
セラが声を潜める。
(……気配が変わった)
エルフとしての感覚が、何かを捉えていた。風の流れが変わった。足音。複数の人影が、音もなく近づいてきている。
「みんな、起きるんだ」
「え?」リリナが目をこする。
森の中から、複数の人影が現れた。
「おいおい、いい獲物がいるじゃねえか」
薄汚れた服を着た男たちが、不敵な笑みを浮かべて現れた。手には剣やナイフ。明らかに善意の人間ではなかった。
「盗賊……!」カトレアがハンマーを構える。「やっぱりね!」
(カトレアのことわざ、当たった。いや、フラグだったじゃないか。世界の法則は変わらないらしい)
「お金を寄越せ。そして、いい女も」
盗賊のリーダーらしき男が下品に笑う。黄色い歯が見える。
「許さない」
アリアの瞳が冷たさを帯びた。水の魔力が彼女の周りに集まる。
「三人とも、後ろに」
セラが前に出る。
「セラ!」リリナが心配そうに呼ぶ。
「大丈夫。四人で最強だもん」
セラが振り返って微笑む。その言葉に、三人が力強く頷いた。
「水よ、我が盾となれ——アクア・シールド!」
アリアが防御魔法を展開する。水の膜が四人を包み込んで青白く輝く。
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
リリナが放った風の刃が夜の空気を切り裂く。白刃のような輝きが盗賊たちに向かって飛んでいく。
「うわっ!?」
盗賊たちが慌てて回避する。風刃が木々を切り裂き、葉っぱが舞った。
「逃がさない!」
カトレアがハンマーを振り上げて突進する。ドワーフの身体能力で、盗賊一人を吹き飛ばした。
「ぐえっ!?」
盗賊が木に叩きつけられて気絶する。
「光よ、矢となれ。敵を射貫け——ライト・アロー!」
セラの掌から放たれた光弾が夜の闇を切り裂いて飛んでいく。盗賊のリーダーが回避しようとするが——直撃。
「あぐっ!?」
リーダーが痛みに顔を歪め、倒れ込む。焦げた匂いが漂う。
「や、やめろ!」
残りの盗賊たちが後ずさる。予想外に強い相手だった。
「次は本気でやる」
セラの声は静かだった。「さあ、帰るんだ。そして二度と人を襲うな」
盗賊たちは、狼狽しながら森の中へと逃げ去っていった。気絶した一人だけが残された。
「よし、勝利!」リリナがガッツポーズをする。
「みんな、怪我ない?」
「大丈夫だよ」アリアが微笑む。
「問題ないわ」カトレアも頷く。
(良かった。……正直、心臓バクバクだった。本物の戦いだ。こっちは失敗したら命が取られる)
## 盗賊の正体
翌朝。
朝霧が晴れかけた森で、彼らは捕らえた盗賊を尋問していた。盗賊は縄で縛られ、木の根元に座らされている。薄汚れた服、痩せこけた体、怯えたような表情。
……のはずなのだが。
(なんか、ただの悪人に見えないんだよな)
「なんで盗賊を?」セラが尋ねる。
盗賊は視線を逸らし、しばらく沈黙した。
「……食うものがなくて」
声はか細かった。「村が凶作で、家族が飢えてる。稼ぐ方法がなくて……」
(これは単純な悪人じゃないパターンだ。事情って、外からじゃ分からない)
「でも、人を襲うのは間違ってる」アリアが真剣な表情で言う。「困っているからって、人を襲っていい理由にはならないよ」
「分かってる。でも、生きなきゃ」盗賊は力なく首を垂れる。「子供が三人、いるんだ。末っ子はまだ三歳で……」
カトレアが盗賊の様子をじっと見つめる。彼女自身、かつて集落を失い、苦労をした経験がある。盗賊の言葉に、彼女の表情が揺らいだ。
「……セラ」カトレアが小さく呼ぶ。「私も、あんな時期があった」
「カトレア……」
(そうか。カトレアにとって、これは他人事じゃないんだな。借金、集落の喪失、家族の記憶。だから今の彼女の言葉には重みがある)
「彼をどうする?」リリナが尋ねる。「ギルドに渡す?」
「いや」
セラは少し考えてから答えた。「解放してやる」
「ええっ!?」三人が驚いて彼を見る。
「でも、盗賊なんですよ?」アリアが心配そうに言う。「また人を襲うかも」
「でも、事情がある」セラは盗賊を見る。「お前、家族がいるんだろ?」
「……うん。妻と、子供が三人」盗賊が答える。「もう、二度としません。必ず」
「約束できるか?」
セラが目を見つめる。その瞳は真剣だった。
「……はい。神に誓って」
本気で誓っているようだった。涙を浮かべている。
(この目は……嘘をついている目じゃない。散々人間を観察してきたが、これは本物だ)
「よし」
セラは盗賊の縄を解いた。「帰りなさい。そして、ちゃんと生きろ」
「あ、ありがとうございます……!」
盗賊は涙を流して深々と頭を下げ、走り去った。その背中が、木々の陰に消えていく。
「正しかったのかな……」セラが呟く。
「分からない。でも、セラが選んだことだから」アリアが優しく言う。
「セラ、優しいね」アリアが微笑む。「でも、心配だよ」
「たまにはいいだろ」セラは少し照れくさそうに言った。
「でも、甘いのも良くないよ」カトレアが呆れたように言う。「次はもっと厳しくしないと」
「分かってるよ」
「でも」リリナが言った。「セラの優しさ、好きだよ」
「えっ?」
「だって、セラは、優しいから」
「……ありがとう」
(あの……やめてほしい。こういうことをさらっと言われると、どういう顔をすればいいか分からない。耐性はゼロだった)
「ふふ、二人とも可愛いね」アリアが微笑む。
「もう、もう!」セラが顔を赤くする。
「あーあ、またいじめてる?」カトレアが楽しそうに笑う。
「いじめてないよ!」アリアが抗議する。
四人は笑い合いながら、また旅立った。
この世界には、困っている人もいる。すべての人に選択の余地があるわけではない。盗賊の言葉が、彼らの心に残った。
## 王都の遠景
転生六十四日目の夕方。
彼らは街道を見下ろす丘の上に立っていた。一日中歩き続けて足は疲れている。でも、心は弾んでいた。
「見て!」
リリナが遠くを指差す。
地平線の向こうに——
(でかい)
遠くからでも、王都の壮大さが伝わってくる。高い城壁が地平線を横切り、その向こうにそびえ立つ塔。多くの建物の屋根が、夕陽を浴びて輝いている。
「広い……」アリアが感嘆の声を漏らす。
「明日の朝には着く」カトレアが説明する。「あそこで、新しい冒険が始まる」
「楽しみだな」セラが王都を見つめる。
(守護隊でいうと、本部みたいな場所か。でもスケールが別次元だ。……なんか急に楽しみになってきた)
「私、魔法学園見たい!」リリナが元気よく頷く。
「王宮も見たいなー」アリアも目を輝かせる。「王様に会えるのかな?」
「会えるわけないでしょ」カトレアが苦笑いする。「ただの通りすがりだよ」
「それだけでいい!王宮が見れるだけで、幸せ」
「借金返済のために、何か稼がなきゃ」
カトレアが続ける。「鉄の牙への返済期限、来月まであと三十日……」
その声には焦りが混じっている。
「私も手伝うよ」セラが言う。
「四人で頑張ろう」リリナが言う。
夕焼けが王都を赤く染めていく。空はオレンジ色に、そしてだんだん紫に変化していく。四人の影が長く伸びる。草原を吹く風が、夜の冷たさを帯びてくる。
「ここで野営しよう」セラが提案する。「朝早く起きて、王都へ向かおう」
「了解!」リリナが元気よく答える。
テントを張り、焚き火を準備する。夜の野営は静かだった。遠くから王都の灯りが、微かに見える。
「焚き火って、落ち着くね」アリアが火を眺める。「炎って、ずっと見ていられる」
「うん」リリナも同意する。「温かいし、眩しいし」
「明日は新しい冒険だ」アリアが火を見つめる。「王都で、何が待ってるのかな」
「分からないけど」リリナが微笑む。「四人なら、大丈夫」
「そうね」カトレアが頷く。
「うん」セラも同意する。
(さあ、王都だ。エルフの魔法の力もある。アリア、リリナ、カトレアもいる。三人がいれば、何が来ても、なんとかなるだろ。……たぶん)
「おやすみ、みんな」
「おやすみなさい」
「おやすみ、セラ」「おやすみ!」
星空の下、四人は眠りについた。
三人の寝息が聞こえる。それだけで、十分だった。
明日の冒険を夢見て。新しい日々の幕が、今まさに上がろうとしていた。




