第29話 森の危機
# 第29話 森の危機
## 緊急報告
ドーン、ドーン、ドーン。
転生三十四日目の早朝、セラは不吉な鐘の音で目が覚めた。
森の守護隊本部の方向から響く、緊急招集の鐘。その音には、ただ事ではない響きが込められている。夜明け前の静寂を破る金属音が、夜空に振動して伝わってくる。
(……また緊急事態か)
(いや待て、「また」って言える経験値がすでに積み上がってるのか俺。転生してまだ三十四日なのに)
セラはベッドから飛び起き、制服に着替える。窓の外を見ると、まだ星々が空に残っている。でも、その静寂さとは裏腹に、鐘の音だけが空気を震わせている。
「セラ!」
アリアが既にリビングに立っていた。彼女の表情も、鐘の音に応じた深刻さを浮かべている。金髪が、夜明け前の薄明かりに淡く光っている。
「緊急招集だ。何かあったんだ」
「ええ。悪い予感がするわ」
二人は手を取り、守護隊本部へと走り出した。夜明け前の村は静まり返っているが、鐘の音だけが空気を震わせている。遠くから、他の隊員たちも走ってくるのが見える。
「こんな時間の鐘、初めて見る」
「ええ。私たちの世代では、初めて」
二人は守護隊本部の広間に到着した。そこには、既に二十名ほどの隊員が集まっていた。ガトー教官、テイオ、そして新しく加入した隊員たちの顔もある。全員が、同じような深刻な表情をしている。
レイナード隊長が地図の前で腕を組み、深刻な表情で遠くを見つめている。その隣には、息を切らして駆けつけた伝令の青年が、肩を激しく上下させている。若い隊員の顔は、恐怖と疲労で青ざめていた。
「報告せよ」
レイナード隊長の声が、静まり返った広間に響く。
「は、報告します! 北側パトロール隊から、緊急連絡が入りました!」
伝令の青年が、一息ついてから言葉を継ぐ。
「北側の森の深部で、異常な魔物の動きが確認されました。従来の個体数の十倍以上、それも——」
「それも?」
「大規模な群れを形成して、南へ向かっているとのことです。このまま進めば、数時間で集落域に到達する恐れがあります」
広間に、緊張の気が走る。隊員たちが顔を見合わせ、不安の色が広がっていく。テイオが、低い唸り声を漏らす。
(百以上の群れ……。差し迫り感が違う)
「百以上の群れだって……そんな、聞いたことない」
「昨夜のパトロールで、異常な魔力の動きを確認していた。どうやら、その予感は的中していたようだ」
レイナード隊長は、地図の北側に赤い印をつけ、その周りに円を描いた。
「緊急事態を宣言する。全隊員、戦闘配置につくこと。迎撃計画の立案を、今から始める」
「はっ!!」
隊員たちの声が、揃って響く。セラも、アリアも、その声に加わった。
「セラ、来てくれた」
リリナが、駆け込んできた。彼女も、深刻な表情をしている。制服の胸元が少し乱れており、急いで来たことが見て取れる。
「リリナ!」
「何が起きたの? 鐘の音で」
「北側で大規模な魔物群が確認された。南へ向かっているらしい」
「百以上って……そんな、戦ったことない」
「だが、やるしかない」
レイナード隊長が、隊員たちに向き直る。その瞳には、覚悟と責任の光が宿っている。
「諸君、我々は森の守護者だ。この危機を、何としても乗り越える」
「はっ!!」
隊員たちの声が、さらに力を増した。三人の手が、自然と重なる。
「私たち、どうする?」
「セラチームが、重要な役割を担うことになるだろう」
レイナード隊長の予感通り、作戦会議で三人の名前が呼ばれた。
## 作戦会議
転生三十四日目の朝、守護隊本部の作戦室で、迎撃作戦が立案された。
地図がテーブルに広げられ、各隊の配置が赤いマグネットで示されている。北側から中央開け地にかけて、魔物の進路予測線が引かれている。レイナード隊長が、一本の指で地図を指す。
「魔物群は、このルートで南下していると推測される。ここで迎え撃ち、各個撃破する」
「しかし、百以上となれば、数だけで圧倒されます」
ガトー教官が、腕を組んで懸念を述べる。
「正面からの対決は避けたい。地形を活かした迎撃になる」
レイナード隊長は、地図の中央付近に新しいマグネットを置く。
「ここ、森の中央開け地で迎撃する。三方を森で囲まれた地形で、魔物の進路を絞り込める」
「しかし、中央開け地だと、集落に近づくことになります」
テイオが指摘すると、レイナード隊長は頷く。
「時間を稼ぐ必要がある。前衛隊で遅らせ、その間に本陣での迎撃体制を整える」
「前衛隊、誰が行きますか?」
ガトー教官が問うと、レイナード隊長はセラたちを指差した。
「セラチーム、お前たちは本陣の中央に配置する。三人の連携で、群れの中枢を叩く」
「中枢、ですか?」
「群れを率いるのは、必ず上位個体だ。それを排除すれば、残りは散る。その役目を、お前に託す」
(中枢を叩く——群れの上位個体を先に排除し、指揮系統を断つ。リスクは高いが、確かに効率的だ)
「任務、受けました」
セラが答えると、アリアとリリナも頷く。
「私たち、できます」
「ええ、全力で戦います」
(この役目を三人で果たす。なぜか怖いより先に「やれる」という確信が来る。二人がいるから)
「それと、もう一点」
レイナード隊長が、目を細める。
「戦場では、チームの連携が全てだ。誰かが欠ければ、全員が危うくなる。お互いを信じて動け」
「はい」
「セラ、特に貴様は前に出すぎる癖がある。魔力消費に気をつけろ。アリアとリリナが支援できる位置を常に意識しろ」
「……わかりました」
(「前に出すぎる」——その指摘は正しい。一人で片づけようとする癖が、まだある)
「だが、無理はするな。状況によっては撤退も検討する。何より、生きて帰ってくることが最優先だ」
レイナード隊長の言葉に、三人が頷く。
「出撃まで、二時間。その間に装備を点検し、準備を整えろ。応援部隊も、各集落から合流する」
「はっ!!」
隊員たちが、作戦室を後にしていく。
「セラ」
アリアが、そっと手を差し出す。その掌は、少し震えている。
「無理しないで。私とリリナちゃんがいるから」
「ええ。三人でやるんだから」
リリナも、手を重ねる。二人の温もりが、セラの掌に伝わってくる。
「うん。二人を信じてる。私たちなら、できる」
セラは、二人の手を握り返す。三つの体温が重なり合い、一つの勇気になる。
「アリア」
「ん?」
「魔力、安定させてくれるか。最前線での連携が必要になる」
「もちろん。いつでも」
「リリナ」
「うん!」
「風を読んでくれ。敵の動き、逃さないで」
「任せて。全部見える」
「よし、行くぞ」
セラは、二人に手を差し出した。三人の手が重なり、新たな戦いへと向かう勇気を固める。
## 出撃
転生三十四日目の昼、セラたちは戦場へ向かっていた。
森の中央開け地へ向かう道中、空気は張り詰めていた。鳥たちのさえずりも聞こえず、風の音だけが不気味に響く。遠くから、低い唸り声のような音が、時折聞こえてくる。土の匂いがいつもより濃い。生き物の息遣い——魔物の気配が、空気に滲み始めていた。
「近いね」
アリアが、周囲を警戒しながら呟く。指先から微かに光が漏れ、魔法の詠唱準備が整っていることが分かる。
「まだ先だけど、気配は濃くなってる」
リリナの風読みが、顔を曇らせる。
「みんな、緊張してるな」
「当たり前でしょ。百以上の魔物群よ」
「でも、負けない。三人で頑張る」
(三人で頑張る、か。それが今の俺の答えだ。守るため。二人を守るために戦う)
「到着です。前方、開け地が見えます」
先頭を行くガトー教官の声が、緊張した空気を切り裂く。セラたちは、開け地の縁で立ち止まり、その様子を窺った。
そこにいたのは、想像を遥かに超える光景だった。
開け地の中央、黒い波がうねっている。魔物の群れ。百、いやそれ以上。硬い殻に覆われた獣人型、巨大な爪を持つ猛獣型、そして二つの頭を持つ怪異型。多様な魔物が、一つの意志のもとに集結している。
臭った。
獣の体臭と、腐葉土が混ざったような、濃い臭気。それが風に乗ってこちらへ流れてくる。遠くから低い咆哮が重なり合い、地面が微かに振動している気がした。
「すごい数……」
リリナの声が、震えている。
(震えるな、これは。圧倒的な数だ。でも今は——逃げられない。逃げる理由もない)
「だが、やるしかない」
セラは、掌に光を集める。魔力が皮膚を流れ、心地よい熱を帯びてくる感覚。アリアとリリナも、それぞれの魔法の詠唱を始めている。
「全隊、陣形! セラチーム、中央突破!」
レイナード隊長の号令が、戦闘開始を告げた。
「行くぞ!!」
セラが先陣を切り、三人は魔物群へと突進した。
## 激戦
転生三十四日目の午後、戦場は地獄の図を描いていた。
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
リリナの詠唱と共に風の刃が走り、魔物の群れを切り裂く。二匹、三匹と倒れていくが、すぐに新しい個体が間を埋める。
「水よ、弾けて敵を砕け。波となりて押し流せ——アクア・ブラスト!」
アリアの水の魔法が、精緻な正確さで魔物を押し流す。一撃ごとに確実に数を減らしているが、群れの規模には到底及ばない。
「熱いな、これ!」
セラは、ウィンド・エッジとライト・アローを組み合わせた連射を繰り返しながら前進する。一発撃つごとに、体内の魔力が少し奪われていく感覚。マントの増幅効果で多少は緩和されているが、それでも限界は近い。
魔物の爪が空を切る音がした。
ドン、という衝撃が右腕に来た。かわしきれなかった。皮膚が裂けた感覚。痛みより先に、熱が来る。
「セラ、右!」
アリアの警告と共に、セラは右へ回避動作。硬い爪が、空を切り裂いて自分のいた場所を掠める。冷たい風圧が、頬を撫でた。
「危ない……」
「集中して! 隙あったらやられるよ」
リリナの風が、横から迫る魔物を吹き飛ばす。三人の連携が、死線を縫うように機能している。アリアのアクア・ブラストが精緻な正確さで敵を押し流し、リリナのウィンド・エッジが広範囲を制圧し、セラのライト・アローが決定打を加える。
(この連携——三人が同じことを考えてる。言葉いらない。互いの魔法の射程、タイミング、死角、全部わかってる)
「でも、減らないな……」
セラが、地の上を確認する。倒れた魔物の数は二十を超えているが、群れはまだ七十以上は残っている。守護隊員たちも、必死に応戦しているが、次々と負傷者が出ている。
「ガトー教官、落ちた!」
誰かの叫び声が、三人の背筋を凍らせる。見ると、ガトー教官が魔物の爪を受け、庇護の魔法を展開しながら後退している。その左腕は、不自然に曲がっている。
(まずい。本当にまずい。でも、止まれない)
「援護しなきゃ!」
セラは、最上位級の魔力を解放する。掌に宿る光が、青白く輝きを増す。マントの増幅効果も合わせ、自身の魔力を最大限に引き出す。
「光よ、矢となれ。敵を射貫け——ライト・アロー!」
一斉射撃。十発以上の光の矢が、風を纏って飛び出す。群れの中央を切り裂き、上位個体の一体に直撃する。巨大な猛獣型が、断末魔と共に倒れた。
「いった!」
リリナの歓声が、戦場に響く。しかし、喜びは束の間だった。倒れた上位個体の代わりに、新たな二頭が群れから抜け出してきたからだ。
「まだいるのかよ……」
セラは、自分の魔力レベルを感じ取る。半分近くが消費されている。このままでは、最後まで持たない。
「アリア、少し休憩!」
「ええ、あなたこそ!」
アリアは、セラの手を握る。掌から穏やかな魔力が流れ込み、少し回復する感覚。でも戦場の最中で長時間接触するわけにはいかない。
「短く済ませる! また戦う!」
(これが二人の連携の強みだ。アリアがいることで、限界を少し押し上げられる。一人では絶対にここまで持たなかった)
風が変わった。
「セラ! 風向き変わった! 南東から北西になってる! 今なら範囲魔法が通りやすい!」
リリナの声が戦場を走る。
(南東から北西——つまり俺たちの後ろ側から前へ吹き抜ける。魔法の飛距離が伸びる。射線上の味方に当たらない角度だ)
「アリアと合わせる! リリナ、タイミング合わせてくれ!」
「了解!」
「でも、勝つ。絶対に」
三人は、再び戦いに身を投じた。テイオの土魔法で地面が隆起し、魔物の進路を遮る。若き隊員たちも、必死に魔法を放ち、群れを食い止めている。
「みんな、頑張ってる!」
リリナが叫ぶ。その声に、守護隊員たちが力を振り絞る。
「リリナ、風の流れはどっちだ!」
「南東から北西! 今なら範囲魔法が通りやすい角度!」
「よし、アリアと合わせる!」
三人の声が、戦場で交わされる。リリナが風を読み、アリアが水の照準を定め、セラが火力を集中させる。まるでもう何十回も練習した動きのように、完璧に噛み合っていく。
(言葉を交わすだけで、次の行動が分かる。三人でいる時の呼吸の合わさり方は、普通じゃない。これが本物のチームワークだ)
「右翼、崩れそう!」
「俺が行く! アリア、後ろ抑えてくれ!」
「了解!」
セラは一気に右翼へ駆ける。そこでは若い隊員二人が魔物に追い詰められていた。
「光よ、矢となれ。敵を射貫け——ライト・アロー!」
二発。的確に。
魔物が倒れた。
「大丈夫か!」
「は、はい! ありがとうございます、セラさん!」
「礼はあとで! 下がって治療受けろ!」
(守れた。一人でも多く守れた。それだけで、もう少し頑張れる)
## 勝利と代償
転生三十四日目の夕方、戦いは最終局面を迎えていた。
「残り、三十!」
レイナード隊長の声が、疲労困憊の隊員たちに力を与える。三人も、全身に泥と血を塗り、怪我も数箇所負っている。セラの右腕には、魔物の爪でつけられた傷が赤く腫れ上がっている。制服の袖が、乾いた血で茶色くなっていた。
「魔力、残りわずか……」
アリアが、荒い息を吐きながら呟く。それでも、確実に魔物を減らしている。
「私も、風の感覚が鈍ってきた」
リリナの風刃も、精度を落としている。それでも、セラとアリアを守るために、全力を振り絞っている。
「最後だ、ここで決める!」
セラは、残りの魔力全てを掌に集める。マントの増幅効果を意識し、アリアとリリナの気配を感じる。三人の結束が、一つの力へと昇華される。
「三人で同時に、今だ!」
「光よ、矢となれ。敵を射貫け——ライト・アロー!」
「水よ、弾けて敵を砕け。波となりて押し流せ——アクア・ブラスト!」
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
三人の魔法が、同時に発動する。
ドオオオオオン!!
轟音と共に、衝撃波が広がる。魔物の群れが、吹き飛ばされる。中央にいた上位個体が、直撃を受け、断末魔と共に倒れた。
「いった!」
「群れ、崩れた!」
リリナの指差す先、魔物たちが退散を始めている。統率を失った群れは、まとまりを失い、北の深部へと逃げ去っていく。
「勝った……のか?」
アリアの問いに、レイナード隊長が頷く。
「勝利だ。全隊、追撃は行わず、負傷者の救助に専念せよ!」
「はっ!!」
歓声が、戦場に響く。
転生三十四日目の夕暮れ、戦場から守護隊本部への帰還が始まった。
「負傷者、十二名。そのうち、重傷者は三名。全員、治療室で手当て中」
医療班長の報告に、レイナード隊長が深刻な表情で頷く。
(十二名。代償が大きかった。俺の魔力がもっと強ければ——いや、今はそれを考える時じゃない)
「セラチーム、上出来だった。群れの中枢を叩き、退散に追い込んだ」
レイナード隊長が、三人を称賛する。
「ですが、事態は深刻化しています。今回の群れは、従来より強化され、組織的でした」
「組織的?」
「統率された行動、上位個体による指揮、百以上の群れを形成して南下。これは、単独行動の魔物では不可能」
「つまり、誰かが操っている?」
アリアの推察に、リリナが息を呑む。
「裏に、何かがいるってこと?」
「現時点では断定できない。だが、調査の必要性は高まっている」
レイナード隊長は、窓の外を見やった。夜の森は、静まり返っている。だが、その静けさの裏に、何かが潜んでいる気配が消えない。
「明日、本格的な対策会議を開催する。今夜は、休息に専念せよ」
「了解しました」
三人は、守護隊本部を後にした。
外に出ると、夕焼けの残滓が空の端を赤く染めていた。鳥の声が一つ、遠くで鳴いた。戦闘の爆音が嘘のような、静かな空だった。
「勝ったんだね」
アリアが、空を見上げながら呟く。その声は低く、けれどしっかりしていた。
「ええ、勝った。でも、代償は大きかった」
セラの言葉に、リリナも頷く。アリアは何も言わなかったが、その唇が一度かみしめられ、それから静かに吐き出された。十二名の名前を、心の中で一人ずつ数えているような、そういう沈黙だった。
(ガトー教官。若い隊員二人。他にも、俺が知らない顔で倒れた人間がいた。勝ったのに、俺は全員を守れなかった)
その事実が、胸の底に沈んでいた。
「ガトー教官、怪我大丈夫だといいけど」
「治療師たちが、全力で手当てしてる。大丈夫、助かる」
三人は、手を重ね合わせる。星空の下で、祈りのような時間を過ごす。
「この森を、守らないと」
セラが、夜空を見上げながら呟く。二人が、その手を握る。
「ええ、守る」
「私たち、守るよ」
三つの手が、夜空に向けて伸ばされる。星の光が、三人の決意を照らしている。
(守る。それが今の俺の答えだ。守れる力がある。守る理由がある。守る相手がいる)
でも。
(今日、俺の力が足りなかった。ガトー教官が負傷した時、もっと早く気づけていたら。右翼が崩れた時、アリアが別の場所で戦っていなければ——いや、たられば言っても仕方ない。次だ。次にどうするかを考える)
「帰ろう。明日、また戦いが待ってる」
「ええ、頑張りましょう」
「うん、三人で」
三人は、並んで歩き出した。セラは、左右の手から伝わる二人の温もりを感じながら、足を進めていた。この代償を無駄にしないために、この森を守るために、そして何より、二人を守るために。
「幸せだよ、これ」
「セラ……」
「二人と一緒にいられて、本当に良かった」
三人の笑い声が、夜の村に響く。
「笑えるって、すごいことだよな」
「どういう意味?」
「こんなに疲れてて、傷もあって、仲間が怪我してるのに——それでも笑える。二人がいるから、笑える」
アリアがセラの腕を取る。リリナが反対側から寄り添う。三人は、並んで星を見上げた。
「次の脅威が来る前に、もっと強くならなきゃな」
「一緒に修行しよう。三人で」
「うん、特訓! セラ、めちゃくちゃ鍛えてもらおうっと」
「……え、俺が教えるの?」
「だって一番強いじゃない、オフスケール様は」
「や、そういう言い方やめて。くすぐったいから」
(オフスケール。その言葉が、まだどこか現実感を伴わない。でも、頼られてる。期待されてる。……悪くない。いや、最高だ)
村の入り口が見えてきた。石畳の道が、夕暮れの残光を受けて微かに光っている。
「ねえ、セラ」
アリアが、ふと口を開いた。
「ん?」
「今日、よく生きて帰ってきてくれた」
声が、いつもより静かだった。
「当たり前だろ。帰るって言ったじゃないか」
「うん」
アリアがセラの腕を少しだけ強く握った。それだけだった。それだけで、十分だった。
(そうだな。帰れた。二人のそばに帰れた。それが全部だ)
勝利の余韻と、代償の重さ、そして明日への決意。それらを全て胸に、三人は帰路についた。
転生三十四日目が、終わろうとしていた。
【第29話 了】




