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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第22話 儀式前日

# 第22話 儀式前日


## 前日の朝


 転生二十八日目の朝。


 鳥の鳴き声で目が覚めた。


 まだ薄暗い。窓の外が白みはじめているだけで、森はまだ静かだ。起き上がると、足の裏に木床の冷たさが伝わってくる。


(いよいよ明日だ)


 そう思った瞬間、心臓がドキッとした。


 成人の儀——の準備期間が、今日から本格的に始まる。ということは実質的に今日が、準備期間のスタート日でもある。


(三ヶ月の準備期間、その初日。なんとかなるとは思えないし、なんとかならないとも思えない。ただ、やるしかない)


 着替えながら、鏡を見た。


 銀髪。緑の瞳。長くとがった耳。転生してから何十回と見た顔なのに、今日は少し違って見える気がする。


(明日から、一人前になるための準備を始める。そう思ったら……なんか、顔つきが引き締まった気がする)


 いや、たぶん気のせいだ。


 廊下を歩いていると、キッチンから匂いが漂ってくる。


 温かい、コトコトした匂い。しっかりした、体に染み入る感じの——シチューだ。


「あ、おはようセラくん」


 アリアがキッチンで鍋をかき混ぜていた。金髪が朝の光に輝いている。割烹着みたいな布を腰に巻いて、腕まくりして、鍋をかき混ぜている姿が、なんとも「生活感がある美少女」という奇妙な光景だった。


「お、おはよう、アリア。朝からシチューか」


「うん。今日は特別な一日だから、ちゃんと食べてほしくて」


「特別、って。まだ儀式の準備期間が始まるだけだよ?」


「それが特別じゃないの」


 アリアが振り返って、きっぱり言った。


(これが「当たり前でしょ?」スタイル。アリアはいつもこれだ。世界がどう動こうと、アリアの中では「セラにとって大事なことは特別扱い」が常識になってる。反論する余地が完全にない)


「……ありがとう」


「セラくん、昨夜ちゃんと眠れた?」


「正直、少し不安で眠れなかった」


「成人の儀のこと?」


「うん。なんか、自分が本当に受けていいのかって、ぐるぐる考えてたら朝になってた」


 アリアは鍋の火を弱めて、セラの隣に来た。


「大丈夫だよ。セラくんなら」


「でも、エルフって普通は百歳超えてから受けるんだろ。俺まだ全然……」


「長老も言ってたじゃない。精神成熟度は年齢を超えてるって。昨日、長老に会いに行ったんでしょ?」


「うん。そういう話をしてもらった」


「じゃあ、問題ないよね」


 アリアがにっこりした。


(……うん。アリアの前では全部の不安が「そんなの関係ない」に変換される。これはもう特殊能力の類だ)


「二人ならきっと大丈夫」


「うん。二人なら絶対」


 アリアが満足げに頷く。


 食卓について、二人で朝食を食べた。


 シチューは温かくて、体に染み込んでくる感じがある。野菜が柔らかくて、スープに旨みが溶け込んでいる。


(これ、高級レストランレベルだよな。いや、高級レストランより美味いかもしれない。素材が違いすぎる)


「美味しいね、このシチュー」


「ふふっ、ありがとう。久しぶりにちゃんと作ったから」


「久しぶり?」


「最近忙しかったじゃない。守護隊の訓練とか任務とか。でも今日はゆっくりできるから、ちゃんと作った」


「そんなに時間かけてくれてたのか」


「当たり前でしょ。セラくんの今日、大事な一日だから」


(……どうしていつも、こういうことを自然に言えるんだろう。感謝と戸惑いが同時にくる。「ありがたい」以外の言葉が出てこない)


「ありがたい。本当に」


「えへへ、どういたしまして」


 二人で食べながら、これからの三ヶ月について話した。


 魔法の修行をどう組み立てるか。実戦でどんな経験を積むべきか。制御技術をどう磨くか。週ごとの目標はどうするか。


「リリナちゃんに計画表、作ってもらおうよ」


「それいいな。あの子は絶対精密なやつを作ってくれる」


「うん! 三人で話し合って、計画立てよう」


(段取りをリリナに任せれば、確実に整った計画が出てくる。頼もしすぎる)


「セラくん、今日は何をしてたの? 朝から本部に行ったでしょ?」


「ああ。ガトー教官に、最後の確認をしてもらおうと思って。風刃魔法の精度と、制御技術のチェック」


「どうだった?」


「まあ……及第点、って感じ。完璧じゃないけど、本番で使える水準だとは言ってもらった」


「それって、すごくいいことじゃない!」


 アリアが身を乗り出した。


「本番で使える水準って、教官が言うならちゃんとした評価だよ。ガトー教官って、褒めない人でしょ」


「まあ、そうだな」


「だから、すごいことだよ。三ヶ月前、セラくん、風刃魔法うまくできなかったじゃない。最初に見せてもらった時、的をかすりもしなかったよね」


「……それ、言う?」


「えへへ、ごめん。でも、だから余計すごいってこと。あの頃から比べたら、全然違う」


(確かに。最初はひどかった。魔法陣が崩れるし、威力がバラバラだし。今は安定してる。三ヶ月間、積み上げてきた結果が出てる)


「アリアも、成長したよ。光弾魔法の精度、最初より全然上がった」


「ほんとに? 自分ではよくわからなくて」


「うん。三ヶ月前と比べると、連携の時に俺に合わせるのが早くなったし、威力の調整もうまくなってる」


「えへへ、ありがとう。セラくんに言われると嬉しい」


 アリアが照れた笑みを浮かべる。


 朝食を食べ終えて、二人で食器を片付けた。水の音が、静かな家の中に響く。


「ねえ、セラくん」


「ん?」


「三ヶ月間、一番大変だったのってどのあたり?」


「うーん……二ヶ月目の後半かな。魔力制御が一回、壁にぶつかって。なんかうまくいかなくて、焦った」


「あの時、声かけるか迷ったんだよ。でも、セラくんが「一人で考えたい」って感じがして、遠くから見てた」


(そうだったのか。一人でもがいてる間も、アリアはそこにいたのか)


「一人でもがいてる時に、黙って見ててくれたのか」


「うん。でも、何かあったらすぐ行くつもりだった」


(……それが一番嬉しいな。見守る、って行為。そういう人が傍にいるというだけで、踏み出せるものがある)


「ありがとう、アリア」


「どういたしまして。一人でこもるのも大事だよ。でも、限界になったら言ってね。私がいるから」


 アリアが笑った。


 その笑顔を見ると、なぜか胸の奥が温かくなる。


## 最後の訓練


 訓練場に到着すると、リリナがすでに準備を終えて待っていた。


「おはよう! アリアさん! セラさん!」


「おはよう、リリナ」


「おはよう、リリナちゃん。早いね」


「当たり前ですよ! 今日は最後の訓練だから、気合い入れてきました!」


 リリナは拳を握りしめていた。顔がキラキラしている。


(リリナはいつも本番前が一番輝いてる。本番前が一番重い気持ちになる自分とは、まるで逆だ)


「今日で基礎を再確認したいんです。三ヶ月後の本番に向けて、今の自分のレベルをちゃんと把握しておきたくて」


「そうだな。じゃあまず、光弾魔法からウォームアップしよう」


「了解です!」


 三人は訓練場の中央に並んだ。的が等間隔に並んでいる。それぞれ十メートル、二十メートル、三十メートルの距離だ。


 深呼吸をする。


「ルーメ・ルーメ・フラーレ!」


 三つの声が重なり、三つの光弾が走った。


 ドン、ドン、ドン——と音が続く。三人の的が、順番に命中した。


「ナイス!」


 リリナがガッツポーズ。


(普通にかっこいい。俺たち、強くなってるな。転生してからのこの一ヶ月で、かなり変わった)


「次は風刃魔法で」


「了解」


 風を感じるイメージを描く。森から吹いてくる風。葉が揺れる音。木々の間を縫っていく空気の流れ。それらを心の中で再現しながら、掌に風を集める。


「風よ、集いて、刃となれ!」


 スッという鋭い音が走る。風の刃が的を真っ二つに切り裂いた。


「完璧だよ、セラくん」


「ありがとう。でも、まだ改善の余地はある」


「謙遜しすぎ」


 リリナがクスクスと笑う。


「次は私の番!」


 リリナの風刃は、セラよりも細く、しかし正確に的を貫いていった。指先ほどの穴が、的の中心に開いている。


「素晴らしい制御だ」


「えへへ、ありがとうございます。遠距離が得意だから。近距離より遠距離の方が、集中しやすいんです」


 アリアも風刃魔法を披露した。彼女の魔法には、優雅さと確かさが同居している。魔法陣が展開される時のきらめきが、他の二人より艶やかだった。


(三人とも、確実に三ヶ月前より上手くなってる。成長、本物だ)


「三人とも、素晴らしい腕前だ」


 ガトー教官の声が背後から響いた。


「おはようございます、ガトー教官!」


「おはよう。今日は最後の訓練か。特別に少しアドバイスをしてやろう」


 教官が近づいてくると、独特な威圧感があった。でもその目には、三人への期待が宿っている。


「成人の儀は、精神の成熟と魔力の安定が試される」


「はい」


「だからこそ、基礎が大事だ。今一度、自分の魔力の流れを確認するんだ。量ではなく、質。それが制御の第一歩だ」


「魔力の流れ、ですか」


 セラは体に意識を向けた。掌に軽く力を込めると、魔力が皮膚の下をサッと流れていく。温かく、同時にどこか熱いような感覚。


「感じる?」


「はい……何となく」


「それが大切だ。「何となく」で十分。まずは感じることから始まる。感じなければ制御できない」


(なんとなく、ってのも正直に答えて良かったのか。でも教官は怒らなかった。感じるところから始める、か。それだけのことだ)


「次は、連携訓練をしよう」


 教官が的の配置を変え始めた。的が不規則に配置され、三人で同時に狙うにはチームワークが必要な配置になっていた。


「わかりました! やってみよう!」


 リリナが率先して手を挙げた。


「やる気だな。いい精神だ」


 三人で位置を確認し合う。アイコンタクト。小さくうなずき。カウントダウン。


「三、二、一——」


 それぞれが担当の的を狙う。全員命中。


(チームワーク。言葉で知ってても、体で感じるのは別の話だ。今日、それが分かった)


「よし! 準備、できてるな」


 ガトー教官がうなずいた。


「三人とも、明日から三ヶ月間、精一杯やれ。俺も応援している」


「ありがとうございます!」


 三人の声が揃った。


## 夕餉の時間


 夕方。


 セラの家のキッチンから、またいい匂いがした。


 アリアが夕食を作っている。今夜は豆のスープとライ麦パン、それに干し果実のタルトだという。


「タルト? それ、手作り?」


「当たり前でしょ?」


 アリアが胸を張った。


(手作りタルトを当然のようにやってのける。しかもちゃんと美味しい。格が違う)


 夕食のテーブルに二人で向かい合って座った。スープが湯気を上げている。タルトが、果実の甘い香りを放っている。


「いただきます」


「いただきます」


「美味しい」


「本当に?」


「本当に」


 アリアが「えへへ」と照れた。


 食べながら、成人の儀について話した。心配なこと。楽しみなこと。三ヶ月後に向けてやりたいこと。


「セラくん、今はどんな気持ち?」


「緊張が五割、楽しみが三割、あとは……よくわからない」


「よくわからないの二割、か。それって何だろうね」


「うーん。期待なのか、不安なのか、区別できないやつ。ドキドキしてるんだけど、それがワクワクなのかビビりなのかが判断できない」


「それ、わかる。私もそうだよ」


 アリアが真剣な顔で頷く。


(ちゃんとわかってくれる。こういう時、アリアはすごく頼りになる。「え、そんなことで不安になるの?」って笑ったりしない。ちゃんと「わかる」って言ってくれる。それだけで、半分は解消される)


 スープを一口飲む。温かい。


「セラくん、正直に聞くね」


「ん」


「私ね、実は……自分の成人の儀のこと、ちゃんと覚えてる。覚えてるっていうか——ずっと忘れられないんだよ」


 アリアの声が、少しだけ低くなった。


(これは珍しい。アリアが「ずっと忘れられない」という顔をするのは、初めて見る)


「どんなことがあったの?」


 セラが問うと、アリアはタルトを指先でくるくると回してから、静かに言った。


「私が成人の儀を受けたのは、二年前。十六の時だったんだけど……前日の夜、眠れなかった。それどころか泣いたよ。一人で」


「泣いた?」


「うん。恥ずかしいんだけど。怖くて怖くて、泣いた。誰にも言えなかったけど」


(アリアが泣いた。強くて明るいアリアが、一人で泣いた。その事実が、なんとなく胸に刺さる)


「何が怖かった?」


「自分が「成熟している」かどうか、自信がなかったんだよ。エルフって、成人の儀の「精神の試験」で何かを見抜かれるって言うでしょ。私、その時、アリアっていう私の「中身」が、本当に大人なのかどうか、ぜんっぜん分からなくて」


 アリアが苦笑いした。


「だから泣いた。もし試験で「まだ早い」って突き返されたら、って。それが怖くて、布団の中でひたすら震えてた」


(……それ、俺と同じだ。全く同じ気持ちだ。「まだ早い」という不安。「自分は本当に大人なのか」という確信の無さ)


「アリアも、そんな夜があったのか」


「あったよ。当然じゃない。あんな試験、怖くない方がおかしいって。あ、でもリリナちゃんは平然としてそう」


「あいつは多分、怖くても計画を立てることで消化してるタイプだ」


「ふふっ、そうかも。でも私は全然違って……もう、みっともないくらいガタガタしてた」


 アリアが懐かしそうに笑った。少しだけ、眉が下がっている。


(珍しい顔だ。アリアがこういう弱い部分を見せるのは——めったにない)


「でも、受けたんだろ。ちゃんと」


「うん。当日の朝、まあいいや、って思ったんだよ。逃げても意味ないし、どうせなら全部ぶつけようって。前日に泣いたから、当日は泣かなかったし」


「泣き切ったから、逆に落ち着いたのか」


「そう! そういう感じ。だから——」


 アリアが、まっすぐセラを見た。


「セラくんも、ぜんぜん怖くていいんだよ。緊張していいし、不安でいいし、泣いても全然いい。私そうだったから、分かる。前日に全部出し切ると、意外と本番は動けるんだよ」


 セラは何も言わなかった。


 何も言えなかった、というのが正確かもしれない。


(アリアが「私も不安だったよ」と言った。それだけで、なぜかすごく楽になる。強い人も、同じ不安を抱えてた。それを知ると——俺の不安が、少し普通のことに見えてくる)


「……ありがとう、アリア。そういう話、してくれて」


「えへへ、恥ずかしいけどね。でも、セラくんには言っておきたかった」


「なんで?」


「なんでって——セラくんが「まだ早い」って思ってるの、最初の朝から分かってたから。そう言わなくても、顔に出てたよ」


(……バレてた。完全に。読まれてた)


「まあ、否定はしない」


「だよね。だから今言った。私も同じだったよ、って。それだけ」


 アリアが「それだけ」と言って、スープを飲んだ。


 温かい。


 スープだけじゃなくて、この時間全体が温かい。


(夕飯を誰かと食べる。ただそれだけのことが、これほど豊かな時間になるとは)


(前世の夜飯は一人でコンビニ弁当を食べて、ネットニュースを眺めてた。今はこんな時間がある。どっちが豊かかは、考えるまでもない)


「ね、セラくん」


「ん?」


「三ヶ月、一緒に頑張ろうね。毎日の訓練も、週ごとの目標確認も、全部一緒に」


「うん。そうしよう」


「約束だよ」


「約束する」


 アリアが満足そうに微笑んだ。


 タルトを食べると、果実の甘みが口に広がった。


(アリアの料理の腕、一体どこで培ったんだ。エルフの村に料理学校でもあるのか)


## リリナとの夜


 夕食の後、外を散歩していると、守護隊本部の前でリリナと出会った。


「あ、セラさん! 散歩ですか?」


「まあ、そんなとこ。リリナも?」


「はい。明日のことを考えたら、部屋にいるより歩きたくて。座ってると余計ぐるぐる考えちゃうので」


 二人で本部の前に立った。星が出ている。エルフの村の夜空はいつも綺麗だ。


「セラさん、緊張してます?」


「少し。リリナは?」


「めちゃくちゃ緊張してます!」


 リリナが苦笑いで言った。


(思ってたより正直な返答だな。いつも落ち着いてるリリナでも、めちゃくちゃ緊張するんだ)


「でも」とリリナは続けた。「緊張するってことは、ちゃんと真剣に向き合ってるってことだと思うんです。緊張しない人は、準備してないか、真剣じゃないかのどっちかだって、先生が言ってました」


「そう考えるのか。なるほどな」


「はい。前に先生が言ってたんです。「緊張は準備した証だ」って」


(リリナが言うと、なぜか説得力が増す。言葉って、誰が言うかで重さが全然変わるもんだな)


「セラさんって、本当に頑張り屋ですよね」


「え、俺が?」


「だって、転生してすぐなのに、もう風刃魔法使えるし、守護隊で活躍してるし。私、最初からすごいなって思ってました。どこでそんな力を身につけたのか、不思議なくらいです」


「それは……アリアとリリナのおかげでもあるよ」


「そんな、私なんか全然……」


「リリナが計画表を作ってくれなかったら、俺の訓練はもっとぐだぐだだった。ちゃんと感謝してる」


 リリナは少し驚いたような顔をして、それから柔らかく笑った。


「一緒に頑張れてよかったです。本当に」


(こういうことをさらっと言えるのが、リリナの良いとこだな。俺には照れ臭くてなかなか言えない。でも、言えるようになった方がいいかもな。大人として)


「明日から、三ヶ月。頑張ろうか」


「はい! 一緒に頑張りましょう!」


 二人で握手した。


 なぜか握手。


 でも、なんとなくそれが正解な気がした。


 夜風が、二人の間を通り過ぎていった。


「明日から三ヶ月、具体的にどんなスケジュールで動くの?」


 セラが聞くと、リリナは「待ってました」という顔をした。


「計画表、もう作り始めてます。明日みんなに見せます」


「……早い」


「ふふっ。でも大枠は、最初の一ヶ月は基礎固め、二ヶ月目は応用、三ヶ月目は本番に向けた仕上げ、という流れです」


「なるほど。それ、資格試験の勉強スケジュールと同じ組み立てだな」


「セラさんは勉強のスケジュール、立てたことあるんですか?」


「まあ……必要に迫られて。あんまり得意じゃなかったけど」


「セラさん、苦手なものもあるんですね」


「当然だろ」


「なんか、意外です。なんでも器用にこなすイメージがあって」


(器用、か。そう見えるなら、この世界に来てから変わったのか、それともエルフの体の性能が良いだけなのか。どちらにせよ——)


「リリナには見せてない部分が多いんだよ」


「そうですか。もっと見せてください。そっちの方が、一緒に頑張れる気がするので」


(……そういうことを、さらっと言えるんだよな、リリナは。嬉しくなるじゃないか)


「わかった。弱いとこも見せていく」


「はい! 三人で、弱いとこも強いとこも全部出し合って、一緒に伸びていきましょう!」


 リリナが拳を握りしめた。


 その熱意が、夜の空気の中でくっきりと輝いていた。


## アリアとの夜空


 リリナと別れて、村の入口に向かいかけた時、後ろから声がした。


「セラくん」


 振り返ると、アリアが立っていた。


「アリア? 散歩してたのか?」


「ちょっとね。リリナちゃんと話してたの、見えたよ」


 アリアが隣に並ぶ。ふたりで、村はずれの広場に出た。石の腰掛けが二つ並んでいる、森と空が見える場所だ。


「ここ、好きなんだよね」とアリアが言った。「考え事したい時に来る」


 ふたりで腰掛けた。頭上には星が広がっている。転生してから何度も見た星空なのに、今夜はいつもより近く感じた。


 しばらく、言葉がなかった。


 星の光。木の葉が揺れる音。遠くで水が流れる気配。


「セラくん」とアリアが言った。「緊張してないの?」


「してる」


 即答だった。


(隠しても意味がない。アリアには全部バレてる。分かってる)


「してる。かなり。でも……」


 セラは星を見上げたまま、続けた。


「隣にいるから、大丈夫だと思ってる」


 アリアが少しだけ動いた。セラの方を向いた気配がした。


「隣って……私?」


「ああ。アリアが横にいると思うと、なんか落ち着く。論理的に説明はできないけど」


(これを言うのは、かなり恥ずかしい。でも本当のことだ。アリアがいる、というだけで、世界の怖さが半分くらいになる。そういう感覚が確かにある)


 アリアは何も言わなかった。


 しばらくして、ぽつりと「私も」と言った。


「私も、セラくんがいると落ち着く。変なこと言うかもだけど」


「変じゃない」


「同じ感覚?」


「たぶん、同じだ」


 また沈黙が来た。でも今度は、最初の沈黙とは少し違う。さっきより、暖かかった。


「セラくんって、不思議だよね」アリアが星を見上げながら言った。


「何が?」


「強いんだか弱いんだか、分からなくて。でも、弱いとこを正直に言える人って、実は強いんじゃないかって、私、思う」


(……それはアリア自身のことでもあるな。今夜の夕食で、昔一人で泣いたって教えてくれた。あれも、強さだと思う)


「アリアも、そうだと思う」


「そう?」


「うん。今日の夕食で言ってくれたこと。自分が弱かった時期の話、正直に話せる人って、案外多くないよ」


 アリアは少し間を置いてから「そっか」と言った。


 短い言葉だったけど、その「そっか」に、いろんなものが詰まっている気がした。


 星がひとつ、流れた。


「あ」とアリアが声を上げた。「見た?」


「見た」


「お願い事、した?」


「間に合わなかった。アリアは?」


「私も間に合わなかった! 流れ星って、短すぎるよ」


 ふたりで笑った。


(この笑い声が、今夜の村に溶けていく。誰かと笑うってことが、こんなに気持ちいいとは——前世の俺には、なかったことだ)


「でも」とアリアが続けた。「お願い事、間に合わなくてよかったかも」


「なんで?」


「今、すでに願ってたことが叶ってるから。セラくんと、こうして話せてること」


 セラは言葉を探した。


 でも、どんな言葉も追いつかない気がして、結局何も言わなかった。


「ありがとう、アリア」


「どういたしまして」


 アリアが微笑んだ。その表情が、星の光の中で柔らかく輝いていた。


 もう少しだけ、ふたりは星空の下にいた。


## 夜の想い


 部屋に戻った。


 月明かりが窓から差し込んでいる。


 セラはベッドに腰掛けて、今日一日を振り返った。


 アリアのシチュー。ガトー教官との最後の訓練。夕食のタルト。リリナとの夜の握手。


(充実してる。充実してすぎて、本当に怖いくらいだ)


 明日から、成人の儀の準備期間が始まる。三ヶ月。


(三ヶ月で、俺は何か変われるか。今回は違う。ちゃんとした変化を起こしたい)


 窓を開けると、夜の空気が入ってきた。冷たい。でも気持ちいい。


 星空が広がっている。


(長老に言ってもらった。「二度分の人生が、お前の強さだ」と。その言葉を、もう一度思い出した)


 前世の記憶と、今世の経験。


 それが全部、今の自分だ。


(明日から頑張る。アリアとリリナと一緒に。この世界で、ちゃんと大人になる。エルフとして、この世界の一員として、ちゃんとした大人に)


 それだけが、今夜の答えだった。


 ベッドに横になる前に、セラは窓辺に立った。


 村の夜は静かだ。遠くで小鳥が鳴いている気がする。風が、葉をざわりと揺らす音がする。


(「明日が来るのが怖い」と思う夜が、以前はあった。そういう夜が)


 でも今は違う。


 明日から三ヶ月、成人の儀に向けて本格的な準備が始まる。怖い、というよりは——


(楽しみだ)


 セラは、素直にそう思った。


 三人でいる。目標がある。応援してくれる人たちがいる。そして、長老の言葉がある。「二度分の人生が、お前の強さだ」と。


 目を閉じる。


 案外すぐに眠れそうだった。


 ——良い一日は、良い眠りに繋がる。


 それくらいのことは、転生前から知っていた。



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