第21話 成人の儀へ
# 第21話 成人の儀へ
## 成人の儀の告知
転生二十七日目の朝。
エルフの村に、光の粒子が舞っていた。
木漏れ日が葉の隙間から降り注ぎ、朝露が草の穂にきらめいている。森から漂う清々しい空気を、セラは胸いっぱいに吸い込んだ。
(こんな朝が毎日ある。毎日)
心の中でひとりツッコミながら、セラは村の広場へと向かう。
朝の村は静かだ。ときたま、遠くで鶏が鳴く声がする。木の板を歩く自分の足音が、やけにくっきりと響く。
そのとき——告示板の前に、人だかりができているのが見えた。
(何だ? 村の集会か? それとも、何か重要なお知らせか?)
近づいてみると、老エルフが穏やかに微笑んでいた。白髪に、深く刻まれた皺。何百年も生きてきた者特有の、落ち着きがある。
「おはようございます、セラさん」
「あ、おはようございます」
告示板を見ると、美しいエルフ文字でこう書かれていた。
『成人の儀について』
三ヶ月後に執り行われる予定です。
参加資格:精神の成熟と魔力の安定が認められた者。
成人の儀。
その文字を見た瞬間、セラの心臓が小さく跳ねた。
(……成人の儀、あるんだ。この世界にも)
精神成熟と魔力の安定が参加資格——エルフの成人とは、単に年を重ねることではないらしい。それぞれの内側から認められる何かが必要で、だからこそ意味があるのだろう。
(ただ年齢で区切る儀式とは、根本から違う。……俺、大丈夫か。転生二十七日目でそんな深みに踏み込んでいいものか)
「参加資格は、精神の成熟と魔力の安定が認められた者、とのことですよ」
老エルフが告示を読み上げる。うっすらとした優しい笑み。
セラは、気づいたら口から漏れていた。
「俺、まだ早くないか」
ヤバい。声に出てた。
慌てて周囲を確認する。幸い、村の人はまだ少なく、誰も気にしていない。
「セラさんの精神成熟度は、長老として認めていますよ」
「あ、ありがとうございます……」
(認められてる。でも転生二十七日目って……ただの新入りだろう、どう考えても。百歳超えたエルフと並ぶのか、俺が)
そのとき——
「セラ!」
金髪が朝日に輝きながら、アリアが走ってきた。
「おはよう、アリア」
「おはよう、セラくん! 見た? 告示板! 成人の儀、あるって!」
アリアの目がキラキラしている。心底嬉しそうだ。
「うん。今見てたとこ」
「すごいよね! 三ヶ月後なんだって! ちゃんと準備しなきゃ!」
リリナも一緒だった。こちらはいつもの落ち着いた笑顔で、
「三ヶ月後ですね。しっかり準備しなきゃ」
「リリナちゃんも参加するの?」
「もちろんですよ! みんなで受けないと」
リリナは拳を握りしめ、いかにも「やる気満々」という顔をしていた。その目に迷いが一切ない。
(……すごいな。俺が「まだ早い」ってビビってる間に、二人はもう参加する気満々だ。この差はどこから来るんだ。エルフとしての素養の問題か、それとも単純に俺が臆病なだけか)
「セラくん、どうする? 迷ってる?」
アリアが少しだけ心配そうに聞いてくる。その視線が、真剣だ。
「まあ……少し」
「大丈夫だよ。セラくんなら絶対」
あの笑顔を向けられると、なぜか根拠のない自信が湧いてくる。
(アリア、君の笑顔には何か特別な魔力が宿ってる。間違いなく)
「三人で一緒に受けようよ。じゃないと意味ないでしょ」
アリアがきっぱりと言う。
「そうだよ! 三人でまとめて受けるって決まりですよ!」
リリナも拳を振り上げる。
(……こうなったら、俺だけ「ちょっと待って」と言う選択肢がない。完全に包囲された)
「分かった。三人で頑張ろう」
「やった!」
「やりましたよ!」
二人が顔を見合わせて笑った。
三人で広場を歩きながら、セラはふと思った。
(転生してから一ヶ月足らず。今の俺はエルフの村で成人の儀の話をしてる。いったい、何者になっていくんだろう)
## アリアとの話
昼すぎ。
セラとアリアは、森の散策道を歩いていた。
木漏れ日が葉の隙間から落ちて、光の模様を地面に描いている。小鳥が枝の間を飛び交い、遠くで小川の流れる音がする。
二人の足音が、交互にゆっくりと刻まれていく。
「ねえ、セラくん」
「ん?」
「成人の儀、本当は怖い?」
アリアが横目で見てくる。茶目っ気のある目つき。でも、その奥には本気の問いがある。
(怖い、というか……なんだ。自分が「成熟している」かどうか、よくわからないんだよな)
セラは正直に言った。
「怖いというより……まだ早い気がして」
「それって、どんな感じの「早い」?」
「精神的に、って意味で。百歳超えたエルフが受ける儀式に、転生二十七日目の俺が混ざっていいのかって。時間の感覚はおかしいけど、それとこれとは別の話な気がして」
「でもセラくん、もう魔法使えるじゃない」
アリアが木漏れ日の中で振り返った。
「風刃魔法も覚えたし、実戦だって経験した。あの調査隊の任務のときだって、きちんと動けてたよ。仲間を守ろうとして、ちゃんと動けてた」
「それは……」
「守るために動ける。それ、大人の証明だと思う」
セラは立ち止まった。
守る。
その言葉が、胸に刺さった。
(自分を守ること以外を、自分の力で守れたのは——いつからだろう。この世界に来てから、確かに何かが変わった)
「アリアちゃんたちが受けるなら、一緒に頑張る」
気づいたらそう言っていた。
「えへへ、やった! 三人で頑張ろうね」
アリアが嬉しそうに笑う。
(こういう笑顔のために頑張れる、ってのも、大人の証明に入るよな。たぶん。あるいはそれ以上に確かな証拠かもしれない)
しばらく歩いて、アリアが言った。
「ねえ、セラくん。成人の儀って、どんな試験があると思う?」
「うーん。長老から少し聞いたけど、精神の安定と魔力の制御、らしい。あとは……自分と向き合う時間があるとか」
「自分と向き合う、か」
「うん。積み重ねてきた経験が全部、俺が何者なのかを確認する機会、みたいな感じ」
アリアが少し真剣な表情になった。
「セラくんって、転生のこと、辛そうに話すこと、ないよね」
「え?」
「転生してきた当初は、少し困惑してた気がしたけど。今は、すごく自然にこの世界にいる感じがする」
(そうか。自然になったのか。俺自身は気づいてなかったけど)
「アリアや、みんなのおかげかな」
「えへへ。じゃあ、ちゃんと私たちに貢献できてるってことか」
「十分すぎるくらい」
アリアが「んへへ」と照れながら笑った。
「ねえ、セラくん」
「ん?」
「準備、一緒にしよう。勉強も、訓練も。相談しながら進めたら、一人でやるより絶対うまくいくから」
「そうだな。三人で計画立てて、週ごとに目標を決めて進めよう」
「いいね! そういうの、リリナちゃんが得意そう」
「そうだな。リリナに任せたら、かなり精密な計画表ができそうだ」
(リリナの計画性はすさまじい。あの子に段取りを任せたら、絶対期日通りに完璧に仕上げてくる。そういう人間に会えるのは、そうそうない)
「三人で頑張ろう」
「うん!」
二人は並んで歩いた。
森の静けさが、会話の隙間を埋めていた。
誰かと並んで歩く——それだけで、気持ちが落ち着く。
(贅沢だな、この世界。本当に)
しばらく歩いて、アリアがふいに立ち止まった。
「ねえ、セラくん。一個聞いてもいい?」
「ん、どうぞ」
「成人の儀、受けたら何が変わると思う?」
セラは少し考えた。
「うーん……正直、わからない。資格が増えるのか、見える世界が変わるのか。長老は「自分を知る機会」って言ってたけど」
「私もそれ、考えてた。成人になっても、私はアリアのままだよな、って」
「そりゃそうだろ」
「でも、セラくんは? 成人になっても、セラのまま?」
(微妙な質問だな。二つの俺が混在してる状態で、「変わらない」と言い切れるかどうか)
「……セラのままで、かつ、少し変わる気がする」
「どう変わる?」
「二つの俺が、もう少しちゃんと一つになれる気がする。成人の儀を通して」
アリアはそれを聞いて、少し考えるような顔をした。それから、微笑んだ。
「それ、素敵だね」
「そうかな」
「うん。過去がどこから来たかと関係なく、セラくんはセラくんなんだってこと。それがちゃんとわかる儀式なんじゃないかな」
(アリアはたまに、こういうことを言う。すごく本質的なことを、さらっと。こういう人に出会えたのは幸運だ——本当に)
「ありがとう、アリア。なんかすっきりした」
「えへへ、どういたしまして」
二人は再び歩き始めた。
散策道の先に、光の差し込む広い場所があった。見晴らしの良い丘のような場所だ。
「ここ、好きなんだよ」
アリアが言った。
「確かに。いい場所だな」
二人でしばらくそこに立って、森を見渡した。木々の緑と、遠くの山の影と、空の青。都市の空気とは根本から違う景色だ。
(これが俺の日常になった。この景色が、俺の日常)
## リリナの誘い
午後の訓練終わり。
「よし、今日はここまで! 解散!」
ガトー教官の声が訓練場に響く。
隊員たちがぞろぞろと装備置き場に向かうなか、セラとアリアが片付けをしていると——
「セラさん! アリアさん!」
リリナが走ってきた。
「どうした? そんな元気よく」
「申請書! 成人の儀の申請書、書きましたよ! みんな分、まとめて!」
見ると、リリナの手には三枚の羊皮紙が握られていた。文字が丁寧に書かれている。しかもインクが乾いてる。つまり、かなり前から用意していたことになる。
「……早い」とアリアが言った。
「え? おかしいですか?」
「早い」とセラも言った。
「え? まずかったですか?」
「いや、早すぎて感動してる」
リリナは「えへへ」と照れた。
(こういう段取りの才能が天然でできる人間——本当に希少だ。そのうえ本人がそれを当然だと思ってる)
「ありがとう、リリナ。本当に助かった」
「当たり前ですよ! 三人で受けるんですから、三人分、揃えないと!」
リリナがきっぱりと言う。その目に迷いが一切ない。
「リリナちゃん、どんだけ準備したの?」
アリアが目を丸くして聞く。
「告知を見た直後に、必要な書類を確認して、各家に提出期限を確認して、それに合わせて三人分の申請書をまとめました。提出期限は明後日なので、余裕があります」
「……レベルが違う」
セラは素直に思った。
(申請書の締め切りを毎回ギリギリで提出してたのとは対極にいる。しかも一枚どころか三人分。格の差よ)
「リリナちゃん、すごいね」
「アリアさんこそ! 昼間、セラさんと話して、もう決意したって顔してましたよね?」
「え、わかった?」
「わかりますよぉ。笑顔がいつも以上にキラキラしてたので」
アリアが「んへへ」と照れる。
セラは三人の顔を交互に見て、
(なんだこれ。めちゃくちゃ良いチームじゃないか。三人のバランスが完璧すぎる。計画性のリリナ、明るさと精神安定のアリア、そして……俺は何担当だろう)
「じゃあ、三人で頑張ろうか」
「はい!」「うん!」
二人の返事が、きれいに揃った。
夕方の訓練場に、その声が響いた。
——まるで、最初からそう決まっていたかのように。
解散した後、三人でしばらく訓練場の端に座って話した。
「三ヶ月間、どんな練習をしようか」
「まず、魔力制御の精度を上げたいんです。量じゃなくて質を」とリリナ。
「私は連携魔法も練習したい。セラくんとの連携、もっとうまくなれると思うから」とアリア。
「俺は……そうだな、一人でも対応できる判断力かな。戦闘だけじゃなくて、状況把握とか記録とか」
「記録?」
「調査任務のことを考えると、現場で何を見て、何を記録すべきか、整理する力が必要だと思って」
(報告書を書く力。苦手だったあの作業が、ここでは活かせるかもしれない)
「セラさん、意外と細かいですね」
「え、そうか?」
「はい。でも、良い意味で。普段はさらっとしてるのに、こういう時はちゃんと考えてる」
(……リリナにそう言われると、なんか照れるな)
「まあ、前世での経験があるから」
「前世では魔法使いだったんですか?」
「いや、そういうんじゃなくて……普通の仕事。資料を作ったり、報告をしたり」
「なるほど。じゃあ、記録の先生はセラさんにお願いしようかな」
「俺が?」
「だって、私たちより得意でしょ?」
(……得意かどうかはわからないけど、あの経験はここで役に立てるかもしれない。良いな、そういうの)
三人で笑い合った。
## 隣村の噂
午後。
守護隊本部の掲示板の前で、セラはふと足を止めた。
隣の掲示物が、気になった。
「臨時連絡:北方隣村・グリーンハートより異変情報。境界林での魔物目撃件数、先月比三割増。詳細は隊長まで」
(三割増。それって……かなりの数じゃないか)
思わずじっとその文字を読み直す。
グリーンハート村——ここからひと山越えた、北の隣村だ。西側集落とは緩やかに交流があると聞いた。
「セラ、何読んでる?」
振り返るとアリアが立っていた。
「この掲示。隣村で魔物が増えてるらしい」
アリアも掲示板を覗き込んだ。
「あ……これ、先週から貼ってある。隊長が確認中だって」
「確認中、か」
セラは腕を組んだ。
(成人の儀の準備期間は三ヶ月。その三ヶ月間、周囲が穏やかでいてくれるとは限らない。隣村が荒れれば、こっちにも影響が来る。それが守護隊というものだろう)
「長老は何か言ってた?」
「直接は聞いてないけど……先日、長老がガトー教官と話してるのを少し見かけた。険しい顔してたよ」
(長老が険しい顔。それは、珍しい。あの老エルフはたいていのことで表情を変えない)
セラは再び掲示を見た。
三割増——数字はシンプルだが、意味は重い。魔物が増えるということは、その地域の魔力バランスが崩れているということだ。ch18の任務で見た「強化された魔物」と同じ流れが、もっと広がっているのかもしれない。
(成人の儀の準備をしてる間にも、この世界は動いてる。俺たちが成長している間、問題も育ってる)
「セラくん、どう思う?」
「……嫌な予感がする」
正直に答えた。
「私も。でも、今の私たちにできることは、まず自分たちをちゃんと鍛えることだよ。成人の儀を通して、一人前になって、それから——」
「そうだな。今は基礎を固める。でも、目は開けておく」
アリアが頷いた。
(エルフにも来年の話がある。成人の儀が終わったら、きっとこの問題とも向き合うことになる。長老も隊長も、それを知ってる上で今の俺たちに成人の儀を受けさせようとしている気がする——根拠はないけど)
掲示板を後にして、二人は歩き出した。
夕方の村の空気は穏やかだった。それが余計に、かすかな不穏さを浮かび上がらせた。
## 長老との面会
夕方。
セラは一人で長老の家を訪ねた。
村の外れにある古い木造の家。扉は重く、押すと軋む音がした。木の香り。古い羊皮紙の香り。薄暗い空間。
(年代物の落ち着きがある。この家に入るだけで、時間の流れが変わる気がする)
「ごめください。セラ・ウィスパーウィンドです」
「待っていたよ。上がりなさい」
長老は茶碗を持ったまま、穏やかに言った。
中は薄暗かった。窓から差し込む斜光が、埃の粒子をゆっくりと漂わせている。棚には古い書物が並び、壁には地図が何枚も掛けられている。
セラが座ると、長老はゆっくりと茶碗を置いた。
「成人の儀のことで来たのだろう」
「はい。自分がまだ早いのではないかと、ずっと気になっていて」
「そのことを心配するのは自然なことだ」
長老は静かに頷いた。
「しかし、セラ・ウィスパーウィンド。お前は普通のエルフではない」
「それは……」
「前世の記憶を持つお前の魂は、二度分の人生を経ている。それが今の魔力に現れている。異常ではなく、二度分の人生の重みだ」
セラは思わず、自分の掌を見た。
(二度分の人生。それが重なって、今の俺になってる)
「前世では二十九年間生きたはずだ。それだけの経験が、今のお前の魂に積まれている。エルフとしての年齢が短くとも、お前の内側にある成熟は、それを補って余りある」
「……そう考えると、確かに」
「だが」と長老は続けた。「それだけではない。お前はこの世界に転生してから、仲間を守るために戦い、魔法を学び、力を制御することを覚えた。その成長の速さは、百歳のエルフとは比べ物にならない」
(長老にそう言われると、少し救われる気がする。自分の転生を「恵まれている」と思ったことはなかったけど、こういう角度から見ると、確かにそうかもしれない)
「成人の儀は自分を知る機会でもある」
長老の言葉が、胸にすっと刺さった。
「自分を知る……」
「精神の試験は、外の力ではなく内の力を測る。お前の中に何があるかを、お前自身が見つめる機会だ。前世の記憶を持つお前にとって、これは特別な意味を持つ」
「特別な意味、ですか」
「ええ。前世と今世が、お前の中でどう溶け合っているか。二つの人生が矛盾なく一つの自分を形作れているか。それが、お前にとっての成人の試練だ」
セラは深く息を吐いた。
(二つの俺が、ちゃんと一つになってるか。……確かに、それは考えたことがなかった。前世の記憶を「別のもの」として扱ってきたけど、本当はもっと深く統合しないといけないのかもしれない)
「参加してみます」
「いい返事だ」
長老は満足げに微笑んだ。その笑顔に、何百年の穏やかさがある。
「アリアとリリナにもよろしく伝えてくれ。あの二人も、素晴らしい成長を見せている」
「はい。伝えます」
「行きなさい。今日は長い一日だったろう。ゆっくり休むといい」
家を出ると、夕焼けが森を赤く染めていた。
木々のシルエットが、その光の中に浮かんでいる。
(長老の話を聞いて、少し楽になった。二度分の人生が俺を作ってる。そう思えば、成人の儀に臨む自信が少し湧いてくる)
それだけわかれば、今日一日は十分すぎるくらい有意義だった。
家に帰る道、セラは空を見上げた。
まだ夕焼けが残っている。オレンジと紫が混ざった、静かな空だ。
(こういう空、いつも俯いて歩いてたら一生見られなかったな)
今日、三人で広場を歩いた。アリアと森で話した。リリナと笑い合った。長老に相談した。
全部、大事な時間だった。
この一ヶ月間で、セラの「大事なもの」が増えた。何のために頑張るのか、よくわからなかった時期が嘘みたいだ。
でも今は。
アリアの笑顔。リリナの計画表。長老の深い言葉。ガトー教官の厳しい訓練。テイオの気遣い。村人たちの温かい挨拶。
(全部、大事だ。全部、俺の力になってる)
玄関先で立ち止まり、セラはもう一度空を見た。
「三ヶ月後、ちゃんと成人になる」
誰に向けた言葉でもない。でも、ちゃんと声に出した。
それが、今日という日の締めくくりだった。
## 決意と準備
夜。
セラの部屋に月明かりが差し込んでいた。
ベッドに横たわり、天井の木目を見つめながら、今日一日を振り返る。
朝の告示板。アリアとの散策。リリナの申請書。長老との面会。
(一日で、随分いろんなことがあったな。充実してすぎて、なんか怖いくらいだ)
窓から空を見ると、星がよく見えた。エルフの村から見る夜空は、都市の空とは段違いだ。光害がないから、星の密度が違う。
(この星空——転生して良かったことの一つ。明らかに)
三ヶ月後、成人の儀を受ける。
アリアとリリナと一緒に。
自分を知るための儀式。
(俺にとってそれは、「佐藤カズヤ」と「セラ・ウィスパーウィンド」が、ちゃんと一つの自分になれるかどうか——の試験だ。長老がそう言った。俺自身もそう思う)
怖い。少しは怖い。
でも——アリアがいる。リリナがいる。
「……よし、頑張ろう」
セラは小さく呟いた。
宣言にしては地味すぎる。でも、それで十分だった。
月明かりが部屋を照らしていた。
明日から、新しい準備が始まる。
三ヶ月間、一つ一つ積み上げていく。
そして、成人の儀の日。
自分が何者なのかを、ちゃんと証明してみせる。
——両方の人生を生きた、俺だけの答えで。




