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神に楽しめと言われた。楽しみすぎて、神を超えた。  作者: issoh


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第19話 傷の治療

# 第19話 傷の治療


## 治療の朝


 セラが意識を取り戻した時、そこは見慣れない場所だった。


 白く清潔な布で覆われた天井。微かな薬草の匂い。全身に鈍い痛みが広がり、体が鉛のように重い。


(ここ、どこだ。……あ、そうか。あの戦いの後か)


「……目が覚めたか」


 静かな声が耳に届く。隣のベッドを見ると、金髪の少女が横になっていた。アリアだ。彼女の左手には白い包帯が巻かれ、顔色も少し青白い。いつも元気な彼女が、今は弱々しく見えた。


「アリア……」


「セラ、よかった。二日も昏睡してたの」


「二日……?」


(二日。前世なら完全に「入院しました」レベルだ。しかも魔力ゼロで意識を失うとか、かなりやばい状態だったのか。気づかなかった。まあ、気を失ってたんだから気づくわけがないんだが)


 セラは自分の体を見下ろした。胸には厚い包帯が巻かれ、右足もギプスに覆われている。記憶が少しずつ戻ってくる。森の深部での戦い。あの巨大な怪物との激闘。最後の魔力放出。光が弾け、怪物が倒れる瞬間。


「みんな、無事か?」


 セラの問いかけに、部屋の反対側から声がした。


「ここにいるよっ」


 リリナがベッドの上から小さく手を振っていた。彼女もまた、頭に包帯を巻き、左腕を三角布で吊っている。顔色もアリア同様、青白かった。


「よかった……二人とも、生きてて」


 セラが大きく息を吐くと、胸の痛みが鋭く走った。


「静かにしてください。傷口が開くわ」


 アリアが心配そうに言う。


「ごめん……」


「謝らないで。私たち、生きて戻ってきたんだから」


「それにしても、すごかったわね。あの怪物、ものすごい強さだった」


「ああ。でも、三人の連携で撃退できた」


「セラの最後の風刃光弾、あれで決まったよ。私の風刃とアリアの光弾で隙を作って、セラがとどめを刺す。完璧な連携だった」


 リリナが真剣な目で頷く。


「リリナの風刃も、完璧なタイミングだった。あれがなければ無理だったよ」


 リリナが照れたように顔を赤らめる。


「だって、セラが倒れる寸前だったから……慌てたの」


(慌てた、か。そういうことを素直に言えるリリナは正直者だ。前世の俺なら「いや、実は余裕でした」って強がってたぞ。結果が同じでも言い方が違う)


「でも、勝ったんだ。三人で力を合わせて」


 アリアが言う。治療室という空間に、安堵の空気が満ちていく。


 そこに中年のエルフ——治療師が部屋に入ってきた。脈を取り、魔力の流れを確認するために手をかざす。


「三人とも、命に別条はありません。しかし、魔力の消耗が激しいです。特にセラ、あなたはほぼ枯渇状態でした」


「数日は完全安静が必要です。ベッドから出ないでください」


 治療師の厳しい指示に、三人は素直に頷いた。


(絶対安静。言葉の重みが全身に響く。医療関係者には逆らえない。ここも前世も、それだけは変わらない)


「薬草茶を淹れますね。傷の回復を早める」


 アリアが起き上がろうとして、ふらりと体を揺らせた。


「無理するなよ。僕がやる」


 セラがベッドから身を起こそうとすると、全身に激痛が走った。


「だめ! セラ、動かないで」


 アリアが慌ててセラを押し戻す。


「ごめん……力が入らない」


「それは当たり前よ。魔力が回復するまで、安静が第一ね」


(ツッコミを入れる余力もない。魔力がゼロだとこんなに体が動かないのか。前世の俺は魔力なんてないのに毎日だるかったな。あれは何だったんだ)


 治療師が薬草茶を用意し、三人に渡す。苦いが、回復の匂いがする薬草茶。


「飲んでね。休むのが一番の薬ですよ」


 温かい液体が喉を通り、体の奥へと染み込んでいく。セラはまぶたを閉じ、回復の力を感じた。


## 看病の日々


 昼を迎えた頃には、セラはすでに少し動けるようになっていた。体の痺れは消え、右足こそまだ辛いが、ベッドから起き上がれる程度には回復している。


「セラ、座ってて」


 アリアが言うが、セラは首を横に振った。


「僕がやるよ。アリアもリリナも怪我をしてるんだから」


 セラはお盆を持って、二人のベッドの間を行き来する。薬草茶を注ぎ、治療師から許可を得た軽い食事を運ぶ。粥と柔らかいパン、果物が少しだけ。


「温かい……」


 リリナがスープを啜る。その瞳に涙が浮かぶ。


「美味しい。セラが運んでくれるから、さらに美味しいね」


「そんなことないよ。ただのお粥だ」


 セラが遠慮がちに言うと、アリアは首を横に振った。


「違う。セラの優しさが伝わってくるから」


(こういうことをさらっと言えるアリア、さすがだ。前世の俺なら照れて「いや、別に」とか言ってそうだ。でもここは素直に受け取ろう)


「だって、いつもは僕が世話を受けてばっかりだから。今度は僕が……」


「セラ」


 アリアが真剣な目で彼を見る。


「私たち、チームだよ。世話をするのも、世話になるのも、同じこと。時と場合によるだけ」


 セラはアリアの言葉を噛みしめる。チーム。一人で背負うのではなく、互いに支え合うこと。


「うん。ありがとう、アリア。リリナ」


「ねえ、退院したらまた三人で訓練しようよ。今度は絶対に勝つから!」


「ああ、期待してるよ。でも負けないからね」


「私、もう十分強くなってるけどね」


 三人は顔を見合わせて笑った。怪我の痛みも、魔力の消耗も、この笑顔の前では些細なことだった。


(前世でも入院したことがあった。あの時は一人だった。見舞いに来てくれる人も少なくて、退屈で辛かった。でも今は——全然違う。隣に二人いて、笑い合える。これが仲間というものか)


「そうだ。ガトー教官が、全員回復したら特別訓練プログラムの続きをしてくださいって」


 リリナが思い出したように言う。


「楽しみにしてる……と言いたいところだけど」


「えへへ、きっと厳しいよ。覚悟してね」


「でも、やるしかないよね」


「ああ。やるしかない」


 窓の外、午後の光が穏やかに差し込んでいる。木々の葉が揺れ、鳥の声が聞こえてくる。三人の時間は静かで温かい。


## アリアとの時間


 転生二十二日目の午後。リリナが昼寝をしている間に、セラとアリアは治療室の小さな庭へ出た。


「いい天気」


 アリアが深呼吸をする。庭には小さな花が咲き乱れ、春の訪れを感じさせる。白や薄紫の花々が風に揺れている。


「ここ、来たことなかったね」


「治療師の人が、怪我人が使える庭だって。小さな池もあるよ」


 アリアの案内で、二人は石畳の小道を歩いた。セラの足はまだ完全には回復していないが、アリアが肩を貸してくれている。


「大丈夫?」


「うん。アリアがいるから」


 アリアがふっと微笑んだ。


ふと、アリアの手がセラの手に触れた。


「手、冷えてる」


「魔力が、まだ完全には戻ってないのね」


 セラは自分の手を見る。確かに、少し青白い。


「大丈夫だよ。もうすぐ」


「そうね」


 アリアは少し考えるような顔をした後、セラの手を両手で包んだ。その掌に光が集まり、温かくなっていく——ただの体温より深い、魔力の温もりだ。


「清浄なる光よ、汚れを祓え——浄化!」


 静かな詠唱と共に、白い光がセラの手に流れ込んだ。傷ついた細胞が修復されていく感覚。体の奥にある疲れが——外側だけでなく、魔力の汚濁ごと——洗い流されていく。


「……すごい。何、これ」


「浄化の魔法。傷だけじゃなくて、魔力の中に溜まった疲れも取れる」


(水魔法の回復系だと思ってたら、光の浄化魔法か。アリア、こんな技を持ってたのか。しかも綺麗だ。光が手に吸い込まれていく感じが、見ても使われても心地いい)


「魔力が……安定してる」


「うん。浄化は回復魔法の中でも特別で。怪我を治すだけじゃなくて、魔力の流れそのものを整えてくれる」


「なんで今まで使ってくれなかったの」


「詠唱の練習が終わったのが最近なのよ。あなたの手が冷たいのを見て、ちょうどいいと思って」


(なるほど。詠唱習得直後のテスト台にされた形だ。でも全然嫌じゃない。むしろ——アリアが初めて使う場所に選んでくれたのが嬉しい。そういうことを素直に言えないのが俺の欠点だな)


「ありがとう。すごく楽になった」


「よかった」


 アリアがセラの手を握る。魔法は終わったが、手はそのまま繋がれている。その瞬間、温かい感覚が二人の間に流れる。


「前世のサラリーマン時代、仕事でミスした時に落ち着けた瞬間って——同僚が「一緒に考えよう」って言ってくれた時だったな。アリアの存在って、それと似てる。いや、もっと根本的な何かだ」


(声に出すつもりじゃなかった。でも、言葉になってしまった)


「セラ、そばにいてくれてありがとう」


「……何言ってるの。ずっとそばにいるよ。昔から、これからも」


 二人は池のほとりのベンチに座り、庭の景色を眺めた。水鏡に二人の姿が映る。並んで座っている二人を見て、セラは思わず笑った。


「えっ、なんで笑うの?」


「いや、水面に映ってる二人が……なんか、良いなと思って」


「良い、って?」


「なんか……こういう時間が、すごく大切な気がしてさ」


(これは感情Tellだ。でも、今くらい素直に言ってもいいだろう。怪我した後の静かな午後に、好きな子と池のほとりにいる。これを「いい」と言わずしていつ言う)


「ねえ、昔のことを覚えてる?」


 アリアが小さな声で言う。


「ん? どんな?」


「小さい頃、秘密基地で遊んだこと」


 セラの記憶が蘇る。セラの記憶——転生前ではなく、転生後に持っているエルフとしての記憶。森の奥にある古い木洞、二人の秘密基地。


「覚えてるよ。あの時も、アリアがいた。俺が「行こう」って言うと、怖がりながらもついてきてくれた」


「だって、セラが行くって言うから」


 アリアが少し顔を赤らめる。


「私、セラが嫌いなんてなかった。ずっと、大好きだった」


(こういう言葉を、前世の俺は一度も言われたことがなかった。だから、どう受け取ればいいのかまだわからない部分がある。でも……嬉しい。それは確かだ)


「俺もだ。アリアのこと、大好きだ」


 セラが言うと、アリアは恥ずかしそうに、でも幸せそうに微笑んだ。


「ずっと、一緒だよ。これからも」


 アリアがセラの肩に頭を預ける。その重みが、愛おしい。セラは静かに目を閉じた。風が吹き抜け、二人の髪が揺れる。


「あ、もう行かなきゃ」


 太陽が西に傾き始めていた。


「うん。でも、また明日も来れるよ」


「うん、そうね」


 二人は手を握り合ったまま、しばらくその場にいた。鳥の鳴き声が響き、平和な午後の終わりを告げている。


## リリナとの絆


 転生二十三日目の夕方。今度はアリアが休んでいる間に、セラとリリナが話をしていた。治療室の窓から、夕暮れが茜色に染まっている様子が見えた。


 ガトー教官が顔を出したのは、夕食の少し前のことだった。


「回復状況の確認だ」


 教官は三人に順番に視線をやり、リリナの包帯を見て何かを確認した。普段の表情より柔らかい。気のせいか。


「セラ、アリア、リリナ。魔力の回復はどうだ」


「僕は六、七割といったところで」


「私は大体八割戻ってます」


「わたしはほぼ全回復です!」


(リリナのリカバリーが一番早い。若いからか魔力容量の問題か。全力を出したのは俺の方が多いから仕方ないが——若さは正義だと実感する)


「リリナ、魔力の回復が早いな。制御訓練をしていたか?」


「はい! 魔力の循環法、東側の集落で教わったので」


「ふむ。その技法をあとで教えてやれ、セラに」


「え、私が教えるんですか?」


「悪いか」


「……あっ、いえっ! もちろん喜んで!」


(後輩に教わる先輩。前世の会社でたまにあった光景。年下の同僚の方が最新技術に詳しくて、「これ教えてもらってもいいですか」と聞いた時の恥ずかしさがよみがえる。でもここではそういう感情を捨てないといけない。知識に年齢は関係ない)


 ガトー教官が去った後、リリナは少し困った顔をしていた。


「ねえ、セラ」


 リリナがベッドの上に座りながら言う。


「あの戦い、怖かった?」


 セラは少し考えてから答えた。


「怖かったよ。怪物の姿も、力も、初めて見るものだった。でも、みんなと一緒に戦えたから、乗り切れた」


 リリナはセラの答えに、満足そうに頷く。


「私も、最初は怖かった。体が震えて、魔力がうまく出せなかった」


「でも、最後は完璧だったよ。リリナの風刃、怪物の急所を正確に貫いてた」


「えへへ、ありがとう。セラとアリアがピンチの時、無我夢中だったと思うよ」


「無我夢中でも、正確だった。それがリリナの才能だよ」


「もう、褒めすぎだよ」


 リリナが照れる。少し間を置いて、真剣な表情で言った。


「ねえ、セラ。私、東側の集落で、みんなに特別扱いされちゃって……。『特Aクラスの天才』とか言われて、なんか居心地が悪くて」


「それはリリナの才能が認められてる証拠だよ」


「そうかな……? ただ、期待されすぎてる気がして。何かあったら、みんなが落胆するんじゃないかって」


(この感覚、前世でもあった。「期待されてる分、失敗したら怖い」って感覚。優秀だと言われるほど、プレッシャーが怖くなる。リリナも同じか)


「リリナは、特別な才能があるけど、それ以上にいい子だから」


「もう、いい子って言わないでよ!」


 リリナが顔を真っ赤にして抗議する。


「あはは、ごめんごめん。でも、本当のことだよ」


「……ありがとう。セラと出会えてよかった。東側の集落から来て本当に良かった」


「俺たちもだよ。リリナがチームに加わってくれて」


 リリナの目が少しだけ潤んだ。


「信じてくれてありがとう。ただのチームメイトとして接してくれて。それが、すごく嬉しいんだよ」


「お互いさ。リリナが強くてくれて、俺たちも強くなれた」


「そうかも……うん、そう思う」


 リリナが笑う。その笑顔には、確かな自信があった。


「あ、そうだ。東側の集落の桃花、まだ見てないな。退院したら行っていい?」


「もちろん! 今は一番いい時期だよ。満開だよ」


「楽しみにしてる。アリアも誘おう」


「えへへ、三人でピクニックもいいかも」


 リリナが想像を膨らませる。その姿は、年相応の少女のようだった。


(前世の俺は、友達とピクニックに行ったことがなかった。仕事ばかりで、そういう「普通の楽しいこと」ができなかった。でも今は——ある。仲間がいて、行ける場所がある。転生して、良かった。本当に)


「約束だよ」


「うん、約束!」


 二人が小指を絡ませる。夕方の光が二人を優しく照らしている。


「そうだ、セラ。魔力の循環法、今から教えようか?」


 リリナが思い出したように言う。


「ガトー教官に言われたやつ? できるの、今」


「立ってなくていいやつだから、ベッドに座ったままでできるよ」


「それは助かる」


 リリナが向かいのベッドに正座した。


「まず、掌に意識を集中させてね。魔力を引き出そうとするんじゃなくて、体の中で循環させる感覚で」


「循環、か」


(血液循環と同じ感覚か。全身に滞りなく流れさせる。傷口を庇ってた分、右足周辺で詰まってるのが分かる)


 セラは言われた通りに意識を集中させた。魔力が滞っている場所がある。右足の辺りだ。傷を負った場所に魔力が固まっている。


「固まってるところがある。足の方に」


「あるよね! 傷を負ったところって、魔力が防衛のために集まるから。それをゆっくりほぐしていく感じで」


「なるほど」


 リリナの説明に従い、セラは固まった魔力を少しずつ解きほぐしていく。


「……ちょっとずつ、動いてる気がする」


「そう! その感覚だよ。一気にやろうとしないで、ゆっくりね」


(こういう繊細な感覚調整は、プログラミングのデバッグとか、細かい手作業とか。前世の仕事の感覚に近い。これは得意だ)


「……五分くらいやると、さっきより体が楽な気がする」


「効いてるよ! 毎日やれば回復が早まるから。一緒にやろう」


「教えてもらうのが逆転した感じがするな」


「入隊は私の方が後だけど、修行年数は同じくらいかも。東側の集落の先生が厳しくて、基礎の基礎から徹底的にやらされたから」


「どんな修行を?」


「んー、毎朝五時に起きて、夜明けの空気の中で魔力感知の練習。農作業の合間に短時間集中で魔力を出す練習。あと、瞑想」


(瞑想。前世でもストレス対策で「瞑想するといいよ」と言われたが、一度も続かなかった。二分で飽きてた。リリナはそれを修行として毎日やってたんだな)


「東側の集落の修行、かなり実用的なんだな」


「うん。農村だから、魔法は生活の一部なんだよ。守護という使命だけじゃなくて、日々の暮らしに使う。それが自然と基礎力になったのかも」


 リリナが少し遠くを見た。


「集落の皆、今どうしてるかな。桃花、そろそろ満開になってる頃だと思う」


「退院したら行こう、三人で」


「絶対だよ? 約束、二回目」


「約束、二回目」


 二人が再び小指を絡ませた。今度はより確かな力で。


## 回復と再出発


 転生二十四日目の朝。三人が目を覚ますと、治療師が三人の前に立っていた。


「全員、回復しました。今日から活動可能です」


「やったー!」


 リリナがベッドの上で飛び上がる。


「静かに。まだ無理は禁物ですよ」


(治療師のツッコミが的確だ。でも三人全員「やった!」状態なので誰も聞いてない。治療師さん、ご苦労さまです)


「はい!」


 三人が元気に答える。制服に袖を通す感覚、それは久しぶりの日常への帰還だ。


「隊長が、待っていますよ。報告を」


「わかった。すぐに行く」


 廊下を歩くと、ガトー教官が通りかかった。


「元気になったか。よかった」


 三人は顔を見合わせた。厳しいガトー教官からの優しい言葉——珍しい。本当に珍しい。


「はい。お陰さまで」


 教官は満足そうに頷いて去っていった。


(あのガトー教官が「よかった」って言った。……記念すべき日だ。前世でいうと、あの恐ろしい上司が突然「誕生日おめでとう」と言ってくれた時の衝撃と感動に近い。そういう言葉の重みが分かるのは社畜経験者だけだ)


 守護隊本部の隊長室。レイナード隊長がデスクに向かっていた。


「よく生きて帰ってきたな」


 隊長の声は低く、力強かった。


「調査隊の報告は受け取った。未知の怪物との戦い、よくやった」


「お前たち三人の連携、素晴らしかった。前代未聞の怪物に対して、見事に対峙した。まさしく守護隊のエースたちだ」


「隊長……」


「あの怪物、深部に何か大きな力源がある可能性が高い。今後、さらなる調査が必要になる」


「私たち、また行きますか?」


 アリアが問う。その声には、決意が表れていた。


「そのつもりだ。だが、まずはしっかりと体を休めろ。次に備えるためにも」


「はっ!」


 三人が直立不動で答える。


「解散。休息を取れ。そして——ガトー教官から、特別訓練プログラムの話は聞いているか?」


「はい。聞きました」


「それが、お前たちへの次のステップだ。しっかり準備しておくように」


 部屋を出た後、三人は廊下で顔を見合わせた。


「やったね」


 アリアが微笑む。その笑顔には、安堵と喜びが溢れていた。


「ああ。隊長に認められた」


「私も、頑張ったよね? 恥ずかしい戦いじゃなかったよね?」


「リリナも最高だったよ。あの風刃がなければ勝てなかった」


 リリナが満足げに笑う。


「これからも、三人で一緒だよ」


「ああ。これからもずっと」


「次は負けないからね!絶対!」


 三人は笑顔で固い握手を交わした。廊下の向こう、窓から新しい朝の光が差し込んでいる。


(傷は癒えた。心は一つになった。そして次の戦いへの覚悟も、できてる。前世の俺は怪我したら「もうダメだ」と思っていたが——転生した俺は違う。仲間がいるから、何度でも立ち上がれる)


「よし。行くか、二人とも」


「うん!」


「もちろん!」


 三人の足取りは軽く、それぞれの日常へと向かう。そして明日、また新しい訓練が始まる。それが、彼らの物語——続く限り、ずっと走り続けていく物語だ。


(美形エルフに転生して幼馴染は美少女で、チームメイトまで仲間になってくれた。なろう系かよ。いや、なろう系でいい)


## 夜の異変


 夜になった。


 アリアとリリナを先に帰らせて、セラは一人で村の外縁まで散歩した。長く安静にしていた体を慣らすつもりだった——が。


 立ち止まった。


 何かがおかしい。


 村と森の境目、東側の外縁。そこにある古い木が、一本だけ、変だった。


(あの木……枝が増えてるか?)


 そんなはずはない。二日前も同じ場所を通った記憶がある。いや、通っていない。入院していたから。でも、以前の記憶では——あの太い幹から伸びている枝の数が、今より少なかった気がする。


 近づいた。


 足元に、淡い光の粒が漂っている。蛍ではない。蛍の季節でもない。魔力の残滓だ。集まり方が不規則で、渦を巻くように動いている。


(自然な魔力の流れじゃない。何かが……押し出してる?)


 枝に触れた。


 温かかった。


 夜の空気はひんやりしているのに、木の幹が、内側から熱を持っているような温かさだ。脈動している——と言うと大げさだが、確かに何かが動いている感覚。


(……変だ)


 セラは手を引いた。魔力感知を広げてみる。この村周辺の魔力の流れは、いつもなら静かで均一だ。ところが今夜は、東の外縁部分だけが微妙にざわついている。毛穴が逆立つような、違和感。


(これ、隊長に報告した方がいいやつか?)


 でも、根拠が薄い。「木が変な気がします、枝が多かった気がします」では話にならない。確証がない。


 もう一度、幹を見た。


 幹の節のあたりに、うっすら何かが刻まれている。苔に覆われて分かりにくいが——模様、か? それとも文字? エルフ語の古い字体に似ている気もするが、読めない。


(……また、古い何かか)


 転生してから、古代のものに縁がある。古代エルフの魔法、古代の遺跡、そして今度は村外縁の木。偶然が重なりすぎると、それは偶然じゃなくなる。


 風が吹いた。葉がざわめき、光の粒が霧散した。


 元に戻った。何もなかったかのように。


(見間違いじゃないよな。……たぶん)


 セラは村へ向かって歩き出した。明日、もう一度確認しよう。できれば昼間に。記録するものを持って。今夜は疲れているし、体も万全じゃない。何かを判断するタイミングじゃない。


(でも——忘れないでおこう。この感覚、確かに何かがあった)


 夜空に星が出ている。静かな村の灯りが、遠くから温かく見える。


 その普通の光景が、かえって今見てきたものとのギャップを際立てた。


(第19話 了)


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