第111話 春の冒険者稼ぎ
# 第111話 春の冒険者稼ぎ
## 週末の出発
週末の朝。
俺こと元サラリーマン・佐藤カズヤは、現在エルフのセラ・ウィスパーウィンドとして、魔法学園の寮で目を覚ました。
この世界では、稼ぎは自動振り込みじゃない。学費。寮費。生活費。全部自分で。
「……今日は冒険者稼ぎだ」
天井の木目を眺めながら呟く。鳥のさえずりが窓の外から届いてくる。春だ。
ルームメイトのライルは隣のベッドでまだ豪快に寝ている。
(あの寝相、前世の残業明けの俺そっくりだ)
……まあ、そこはどうでもいい。
装備を身につける。エルフの森で手に入れた革の鎧、腰には魔法補助のポーチ、手には錬金術で強化した杖。静かに寮を出ると、早朝の学園は人気がない。
門のところで、あらかじめ約束していたアリアが待っていた。
「おはよう、セラ!」
金色の髪を風になびかせ、彼女もバッチリ冒険者装備で立っている。やる気満々の顔だ。
「おはよう、アリア。……早いね」
「当たり前でしょ。今日楽しみにしてたんだから」
「……そう?」
「春の森でしょ。花があって、新緑があって。行くの楽しみ!」
(あれ、俺より観光目的が強くない? 仮にも魔物討伐クエストなんだが)
まあ、いい。二人は一緒に王都へ向かった。学園から王都まで約一時間の道のり。春の風が心地よく、道の両脇の新緑が陽光を受けてきらきらしている。
「ねえ、セラ。今日はどんなクエスト?」
「春の森で発生してる魔物討伐。春特有の魔物が出るらしいです」
「春特有の魔物……。魔物も春を感じるんだね」
「さあ。でも、春の森は美しいらしいし、少し鑑賞もしたいですね」
「ふふ、セラらしい。魔物討伐の最中に風景を楽しむって」
(……そこ笑うとこじゃないと思うんだが。何をしていても楽しむのが、この世界で生きるコツだと俺は思ってる)
王都に入ると、週末の賑わいが出迎えてくれた。冒険者ギルドへ向かうと、建物はいつもの活気だった。
「あ、セラさん!」
受付カウンターから受付嬢のミサキが手を振る。
「おはよう、ミサキさん。春の森のクエストを受けたいんですが」
「春の森……ですね。はい、少々お待ちください」
ミサキが書類をめくる。
「……ありました。春の森の魔物討伐クエストです」
ミサキが羊皮紙を取り出した。
「特に、春特有の魔物を討伐した場合は追加報酬があります。最近報告されてる新種もいて——フラワー・ゴーレムって言うんですが——まだ倒した冒険者が少なくて」
「フラワー・ゴーレム?」
「花で構成されたゴーレムです。見た目は美しいんですが、攻撃力が高くて。要注意です」
「美しくて危険……」
(こういう組み合わせ、手強いんだよな。盾じゃないと刃が届かない)
「追加報酬もあるし、緊急度も高めです。今日中に完了できれば助かります」
「了解しました。頑張ります」
クエストを受託し、ミサキに別れを告げた。
「セラ、今日は頑張ろうね」
「ええ。アリアと一緒なら、どんな魔物でも倒せます」
「うん!セラの魔法、すごいもんね」
「いやいや、アリアのサポートがあってこそです。魔力を安定させてくれるのはアリアだから」
「えへへ、照れるじゃん」
赤くなったアリアを見て、俺も少し照れた。
王都の東門を抜けると、春の街道が広がった。道の両脇に新緑の木々、春の花が咲き乱れている。
「……行こう、春の森へ」
「うん!冒険者稼ぎ、全力で頑張ろう!」
## 春のダンジョン
春の街道を約二時間歩くと、春の森が見えてきた。
道中、アリアとの会話は尽きなかった。
「ねえ、セラ。春の森って、どんな感じのところだと思う?」
「クエストの説明書きだと、満開の花々と新緑が広がってる、って書いてたけど。実際に行くのは初めてだから、楽しみだな」
「私も! 春の場所って、なんか特別な感じがするよね。生命力とか、新しい始まりとか」
「アリアって、季節の変わり目に敏感だね」
「エルフだから。自然と繋がってる感じがするんだよ。春になると、体の中の魔力が変わる気がして」
「へえ。それって、具体的にどんな感じ?」
「んー……温かくなる感じ? 冬の間は魔力が少し重かったのが、春になると軽くなる。流れやすくなるっていうか」
「魔力が季節に影響を受けるのか。面白いな」
「セラは感じない?」
「……少し、感じるかな。春になってから、なんか調子がいいんだよな。魔力がよく回る感じがする」
「それ、エルフの本能だと思う。セラは自覚してないだけで、ちゃんとエルフになってるんだよ」
ちゃんとエルフになってる。嬉しいような、少し複雑なような。でも——悪い感じじゃない。
「……それはそれで、不思議な感じだな」
「でも良いことだよ? エルフの本能って、自然を愛して、魔法を愛して、仲間を大切にすること。セラはぜんぶ持ってるじゃん」
「アリアに言われると、素直に嬉しいな」
「えへへ、当たり前でしょ。私、セラのこと、一番分かってる自信があるから」
そうこうしているうちに、春の森が見えてきた。
「……すごい」
思わず足が止まった。
満開の花々が森全体を彩り、新緑の木々が生命の息吹を放っている。空気は花の香りで満たされ、風がそよそよと木々を揺らしている。
(これは——三倍くらい「春」してる)
「きれいだね……」
アリアも隣で同じように足を止めた。
「ええ。まるで別世界みたいですね」
「まあ、別世界なんだけど」
「……そっか、そうだね」
二人で苦笑した。
森の入り口には大きな看板。
『春の森へようこそ。魔物に注意して、楽しんでください。』
「……なんか観光地のノリだな」
「ふふ、春の森は美しいから、観光目的で来る人もいるみたい。でも奥地は危険だよ」
「はい。しっかり警戒します」
森に入る。最初の数分は平和そのものだ。小鳥がさえずり、蝶が花から花へ飛び回っている。
「ねえ、セラ。ここ、ピクニックにも良さそうだよね」
「……アリア、心を読まないでください」
「え?そんなことしてないよ?」
(読んでた……いや、単純に同じことを思っただけか。天然か)
「でも、魔物もいるはずです。警戒を緩めないように」
「うん、わかってる」
森の奥へ進むと、徐々に雰囲気が変わってきた。木々が密になり、光が届きにくくなる。花の香りが強くなり、どこか不穏な気配も漂ってくる。
「……セラ、感じる?」
アリアが小声で言う。
「ええ。魔力の反応があります。近くに何かいます」
エルフの感覚が魔物の気配を捉えている。
「……十時の方向、約五十メートル。木の陰です」
「そこの木のとこ」
二人は静かに、慎重に近づいた。
木の陰には淡いピンク色のスライムがいた。春のスライムというべきか、通常のより少し大きい。
「……スライムですね。春バージョン?」
「うん。魔力が強い感じがする」
「排除しましょう。アリア、サポートをお願いします」
「うん!」
杖を向ける。
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
風の刃がスライムを切り裂く。続けてフレイム・アローで仕留めた。
「やりました、一匹目」
「ええ。でも、まだまだ続きそうですね」
そこから先は怒濤の魔物ラッシュだった。春のスライム、花の精霊みたいな見た目のモンスター、新緑色のオーク。次々と出てくる。
「……十二匹目、討伐完了」
「順調だね、セラ」
「アリアのサポートのおかげです」
「えへへ」
ほっこりしてる場合でもないが、まあ、ほっこりした。
少し開けた場所で休憩を取ることにした。近くに小川が流れていて、清らかな水が音を立てている。周りには春の花々。
「……ここで休もう」
「うん、いいね」
小川のそばに座り、水をすくって飲む。
「……ああ、美味しい」
「ふふ、セラは水が好きだよね」
「ねえ、セラ。ここ、不思議だと思わない?」
「どういう意味ですか?」
「美しい場所なのに、危険もいっぱいあって。命が溢れてるのに、死も近い。なんかバランスが取れてる感じがして」
「……確かに」
自然というのは、美しさと危険が同居している。それはどんな世界でも変わらない。
「でも、仕事しないと」
「ふふ、そうだね。頑張ろう」
休憩を終え、さらに奥地へと進む。
## 春の魔物
春の森の奥地は、別の顔を持っていた。
木々が密になり、光がほとんど届かない。花の香りが濃厚すぎて、少し目が痛いくらいだ。魔力の重さが、肌にじわじわと伝わってくる。
「……セラ、警戒して」
「ええ。感じます。強い魔物の気配」
二人は慎重に進んだ。
突然、風が止んだ。
鳥のさえずりも、虫の音も消えた。静寂が森を包み込む。
「……来る」
囁いた。
次の瞬間、地面が揺れた。
ドスン。ドスン。重たい足音。
「……なんだ、あれ」
アリアが絶句した。
木々が倒れ、大きな影が現れた。
花で構成された、ゴーレムだった。
体全体が満開の花々で覆われている。桜、チューリップ、ヒヤシンス——様々な春の花がその体を形成している。見た目はきれいだ。本当に美しい。だが、体から放たれる気配は明確に、こちらを殺そうとしていた。
「……フラワー・ゴーレム!」
「大きい……! 三メートルはあるよ!」
「強い魔力も感じます。本物のやつだ」
ゴーレムがこちらを向いた。花で構成された顔が、ぎょろりとこちらを見据える。
「グォオオオ……!」
咆哮。風と花の香りが混ざったような不思議な響きで、それが妙に怖い。
「……戦闘態勢! アリア、後ろでサポート!」
「うん!セラ、気をつけて!」
杖を構え、詠唱を始める。
「風よ、刃となれ。敵を裂け——ウィンド・エッジ!」
風の刃がゴーレムへ向かう。しかし、ゴーレムは花の盾で受け止めた。
「……硬い!」
反撃が来る。花で構成された腕が鞭のようにしなって——
「危ない!」
横に跳んで回避。バシッ、と花の鞭が地面を打つ。深い跡が残る。
(これ直撃したらやばかった。普通に)
「セラ、炎で攻撃してみて!植物は火に弱いはず!」
「……いいアドバイスです。行きます!」
「炎の精霊よ、我の呼びに応え——フレイム・ボール!」
炎の球がゴーレムを直撃する。ゴーレムが花の盾で防ごうとするが、炎は花を燃やし始めた。
「グギャッ!」
「効いてます!」
「でも、再生してる……!」
燃えた花の部分を自ら切り落とし、新しい花で補填している。回復力が高すぎる。
「どうする?」
「一気に畳みかけます。アリア、魔力のサポートを!」
「任せて!」
アリアがセラの肩に手を置く。その瞬間、魔力が安定し——ぐっと、高まった。
「ありがとう。行きます」
杖を高く掲げた。
魔法なんてものは存在しなかった世界を知っている。こうして詠唱して、力を解放できる——この世界で生きていることの、一番シンプルな喜びかもしれない。
「風と炎よ、融けて吹き荒れよ。敵を焼き砕け——フレイム・ウィンド!」
炎を纏った風の刃が、ゴーレムを直撃する。
「グギャァァァッ!」
炎がゴーレムの体を包み込む。再生しようとするが、火勢が上回る。花が黒く焦げ、崩れていく。
でも——止まらない。
まだ上半身が残っている。花の腕が、俺たちに向かって振り下ろされた。
「くっ——!」
横に飛んで距離を取る。背後でアリアが「セラ!」と叫んだ。
立て直す。一瞬の静寂。
——ここだ。
深く息を吸い込んだ。感情を魔力に乗せる。倒す、という意志を一点に。
「炎よ、爆ぜて敵を焼き尽くせ——エクスプロージョン!」
ドォォォン!
大きな爆発音が森に響き渡る。
静寂。
「……やりました」
「ええ。勝ったようです」
二人は爆発の跡を見た。焦げた地面と、少しの花びらが残っているだけ。
「……強かったね」
「ええ。でも、面白かったです。新種との戦闘、貴重な経験でした」
「ふふ、セラらしいね。戦ってても楽しみを見つける」
(命かけてても「生きてる実感がある」ぶん、充実してる。我ながら変な感性だが)
## 戦利品
戦闘の後、戦利品の確認を始めた。
ゴーレムが消滅した跡には、いくつかのアイテムが残されていた。
「……これは」
拾い上げる。美しい春の花が結晶化したような素材だった。淡いピンク色の光を放ち、触れると温かい。
「『春花の結晶』……」
「高く売れそうだよね」
アリアが目を輝かせた。
「ええ。五つも手に入りました。あと——桜の花びら、チューリップの球根、ヒヤシンスの精油……どれも高価な素材です」
「ねえセラ、これ全部で合計いくらになる?」
「えっと……春花の結晶が一つで銀貨十枚ほど。桜の花びらが銀貨五枚。チューリップの球根が銀貨三枚。ヒヤシンスの精油が銀貨八枚……合計で」
計算する。
「……銀貨七十六枚!」
「わあ、すごい! 学費の助けになるね!」
「一ヶ月分くらいはカバーできそうです」
素材を丁寧に袋に詰めた。春の花の素材は繊細だ。雑に扱うと品質が落ちる。
「帰り道の話しよ、セラ。今日、楽しかった?」
「楽しかったです。美しい景色に、新種の魔物との戦闘、いい戦利品。充実した一日です」
「セラと一緒だから楽しかったんだよ」
「……アリア」
「ふふ、照れてる」
照れてる。
春の森を後にした。夕暮れが近づき、空がオレンジ色に染まっていた。森全体が夕日を浴びて輝いている。
「来週も来ようね、セラ」
「ええ、ぜひ。アリアと一緒なら、いつでも」
「約束だよ」
アリアがセラの手を握った。
温かかった。春の日差しみたいに。
## 帰還と報告
王都に戻ると、すでに夜だった。
街灯が灯り、レストランからいい匂いが漂ってくる。
「……お腹が空きましたね」
「ふふ、戦闘後はお腹が空くよね」
「人間の三大欲求には逆らえないです。エルフですが」
冒険者ギルドへ向かった。
「お帰りなさい!」
ミサキが笑顔で迎える。
「クエスト完了の報告です」
羊皮紙を渡す。
ミサキが確認する。そして——ぴたっと動きが止まった。
「……えっ、フラワー・ゴーレムを討伐されたんですか?」
「ええ。春の森の奥地で遭遇しました」
「す……すごい。それは大したことですよ。フラワー・ゴーレムはまだ倒した冒険者が少なくて、ギルドとしても困っていたんです」
「そうだったんですか?」
「はい!だから、討伐報酬に特別ボーナスがつきます。銀貨二十枚!」
「わあ!」
アリアが叫んだ。俺も少し目を丸くした。
ミサキは戦利品の確認も行った。春花の結晶、桜の花びら、チューリップの球根、ヒヤシンスの精油——全部高品質と評価された。
「全部ギルドで買い取りますよ。市場価格より少し高めで」
「ありがとうございます!お願いします」
手続きはスムーズに進んだ。クエスト報告、戦利品の買取、報酬の支払い。
「……合計で金貨一枚と銀貨五十六枚です」
「——金貨一枚!!」
「ええ。大金ですよ」
ミサキが笑った。
金貨一枚。週末の一日でこれを稼ぐのは、普通じゃない。
「ありがとうございます!」
ギルドを出た。夜の王都は賑やかだ。
「成功だね、セラ」
「ええ。週末の冒険者稼ぎ、大成功でした」
「お祝いに夕食食べようよ!」
「いいですね。美味しいものを食べましょう」
二人でレストランへ向かった。「月光の庭」——ミサトと来たことがある店だ。テラス席から夜の王都の景色が見える。
料理を頼んで、テラスで食べた。シェフの特製ステーキ、春野菜のサラダ、フルーツのタルト。
「……今日、楽しかった」
「ええ。セラと一緒だから、最高の一日になりました」
「私も。セラと一緒なら、どこでも楽しいよ」
「……アリア」
「……ごめん、また変なこと言って」
アリアが少し赤くなった。
「いえ、嬉しいです。俺も、アリアと一緒ならどこでも楽しいです」
二人は夜の王都を眺めながら、幸せな時間を過ごした。
「来週も冒険者稼ぎに来ようね」
「ええ、ぜひ」
夕食の後、魔法学園へ向かう。
寮に戻ると、ライルがまだ起きていた。
「お、セラ!冒険者稼ぎ、どうだった?」
「大成功でした。金貨一枚分の報酬です」
「へえ、すげえな!」
「来週も頑張ります」
「セラ、本当に頑張るよな。尊敬する」
「ライルも勉強会で頑張ってますよ」
「ふふ、二人とも素敵だよね」
アリアが笑う。
ベッドに横になり、今日を振り返る。
春の森。フラワー・ゴーレム。エクスプロージョン——あれが決まった瞬間の感覚、まだ手に残っている。戦利品。金貨一枚。アリアとの時間。
「……充実してるな、異世界生活」
この世界では、冒険して、戦って、稼いで、美しい景色を見て、美味しいものを食べて、大切な人と話す。
疲れてるはずなのに、充実している。
(次の週末も来よう)
セラは目を閉じた。夢の中では、春の森でアリアと手を繋ぎながら歩いていた。満開の花が二人を包んでいた。
# 第111話 完




