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第四話 冬の膳 勇者の名乗りを求める門(10)

 リュカは天幕の外へ回った。


 布は少し傾き、支柱は雪の方へ肩を寄せている。

 火は小さく、毛布の下から漏れた赤い光が、入口の前の雪をうっすら染めていた。


 リュカは、毛布の端をもう一度だけ踏み石の下へ押し込んだ。

 隙間が少し狭くなった。

 手を離すと、そのまま入口に背を向けた。


 それから、雪の上に残った足跡の前でかがんだ。


 天幕へ入ってきた跡。

 門へ戻っていった跡。

 子どもが小さく跳ねた跡。

 ガロが重い荷を背負って立っていた跡。


 どれも、朝には固まり、昼には崩れる。

 昨夜の分だけ、踏み跡のへりに火鉢の灰と小さな豆の皮が残っていた。


 門の内側から、ガロが言った。


「まだ外か」


「もう行く」


「そうか。俺は町へ戻る。お前の名乗りを聞けなくて残念だな」


 門の内側で、ガロが鼻を鳴らした。

 リュカは、門の方へ歩き出した。


 列はもう、門の内側へ消えていた。

 待ち天幕には、火鉢と鍋と木板だけが残っていた。


 リュカは町門の前に立った。


 門番は、閉じた門板の脇にいた。

 火桶の炭だけが、その足元で赤く光っていた。

 門番は火桶の縁に指をかけたまま、口を開かなかった。


 門の外で動く音は、リュカの靴底だけだった。


 待ち天幕では、ならした灰の中に赤い炭が残っていた。

 鍋の縁の汁はぬぐわれ、入口の雪は脇へ寄せられていた。


 木板には、ガロの炭の字が残っていた。

 太い字の下で、小さな「一つでいい」が火の明かりに浮かんでいた。


 リュカは、その字の前で一度だけ足を止めた。

 入口へは戻らず、門へ向き直った。


 門の内側で、ガロの足音が町の方へ離れていった。

 門の前だけが空いていた。

 門板は閉じていた。

 閂受けの鉄は、昨日より静かだった。


 リュカは、門の前の石畳へ靴先を下ろした。


 林檎売りの浅い靴跡。粉袋の重さで沈んだ靴跡。

 ガロの荷で深く沈んだ靴跡。薬売りの細い靴跡。

 老人の杖が点々とつけた丸い跡。

 子どもが何度も行き来した、小さな靴跡。


 どれも、もう町の中へ続いている。

 門の外側には、リュカの靴跡だけがまだ途切れずに残っていた。


 リュカは、門の正面へ一歩近づいた。

 門番の正面を外れ、火桶の赤からも少し離れた。


 名乗り門の古い鉄は、門板の合わせ目から細くのぞいている。

 リュカはそこへ身を寄せた。

 声は張らなかった。

 冷えた鉄に、息がかすかに触れた。


 声は、門板の合わせ目へ落ちた。

 火桶のそばの門番までは届かない。

 風が門の隙間を抜ける音に紛れるほど、小さかった。


「我こそは、世界の綻びを縫い、終わりを少しだけ遠ざける者」


 門板の向こうでは、町の音がまだ続いていた。


 町の奥で、荷車の車輪が遠く鳴った。

 門番の指先は動かなかった。

 子どもの声と粉袋の擦れる音は、門板の向こうで遠ざかっていた。


 けれど、名乗り門の古い鉄だけが、低く鳴った。

 一度だけ。


 閂受けの奥で、太い木がひとりでこすれた。

 門板が、人ひとり通れるだけ開いた。


 リュカは唇を閉じたまま、開いた隙間へ足を入れた。


 町の内側のぬるい風と、外の冷えた風が、門のところで混ざる。

 燻製肉の入った夜番の鍋の匂いが届く。

 待ち天幕の鍋から立つ端肉の湯気も、かすかに残っている。


 リュカは門を越えた。

 その一歩は、大きくはなかった。


 外の雪から、町の石畳へ。

 冷たい風から、灯りのある内側へ。

 天幕の火から、夜番の鍋の匂いへ。

 靴底の下で、雪の湿りが石の冷たさに変わった。


 門板の影を抜けるあいだ、リュカの右手が袖口の下へ入った。

 外套の留め具に触れる高さで、布が小さく揺れた。

 手首は、体のそばに残った。


 人差し指の節が、古い閂受けの鉄鋲の根元を一度だけ叩いた。

 音は、門のきしみより小さかった。


 袖口を直すほどの小さな動きだった。

 門番は、開いた門の先に体を向けていた。


 リュカは振り返らない。


 門の外の火鉢の明かりは、もう門板の影に隠れた。

 だが、袖口の下には、鉄鋲を叩いた指の冷たさが残っていた。


 門の外では、木板の炭の黒が木目の浅い溝に入り込んでいた。

 板の端には細い明かりが残り、毛布の下から漏れる光もまだ雪の上に落ちていた。


 後ろで、門が閉まる音がした。


 名乗り門の鉄は、もう鳴らなかった。

 ただ、古い鉄鋲の根元には、さっきの低い震えだけが残っていた。


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