春に翔ぶ
カーテンの間から漏れる光が眩しくて目を覚ました。
「ふぁ……」
まだ寝足りない。しかし目が覚めてしまった以上もう動かなければ。眠い目をこすりながらベットを降りた。
着替えて、部屋を出ておはよう、と言う。しかし返事は返ってこず、私の発したおはようだけが静かな部屋に取り残された。
ああ、寂しいな……
半年前から、この家には明るさも賑やかさも温かさも消えてしまった。
朝食を食べるのも面倒くさく、私は外に出た。
爽やかな晴れ空だった。でも私の心はちっとも晴れてなかった。
半年前からいい気分になったことなんて一度もない。ただ一つ、ひとりじゃなくなればこんなことなんて無くなるのに。
半年前に最愛の母が亡くなってから、私は独りになった。
身寄りもなく、そしてこの小高い山の上にある家の近くには、誰もいない。
動物たちだって、母が亡くなって以来めっきりここら辺に来なくなってしまった。
わたしは、ひとりぼっちだ
ここはなんとも不思議な場所だ。さっきまで和の雰囲気など、全くなかったのにここから先は一気に和の世界になる。
季節の花が咲いている。
しかしまだ蕾の花も沢山ある。でもいずれにしろきっと春は近い。
秋に種を落とした花はその厳しい冬を乗り越えやがて暖かな春の陽の下花を咲かす。
この子達はひとりだとしてもちゃんと成長していく。
私なんかと、大違い。
「羨ましいなぁ……」
この花たちは親を知らない。種の内に地面に落とされ親は冬の間に死んでしまう。勿論、多年草なら次の年も咲くのだが、それでも目を覚まし芽が生える頃には親たる花はいない花が殆どだろう。
でもこの花たちはそんなこと知らない、そしてここから動くこともない。幸せに、暖かく、ここで一生を終える。きっとここが最も素晴らしい場所と思っているのだろうか。知ってる世界は狭いけれど、それでも知らなくて良いことを知らず狭い世界で幸せに生きるのなら、羨ましい。
先へ歩くと、小さな社と、横に小川。小さな社に似合わない大きな大木の桜もまだ咲いていない。
半年が経ってしまった。
私は13歳になる。
13歳ーーまだ子供のようで、もう大人の仲間入りとされる歳だ。そしてもう守ってくれる大人、母はいない。
なら旅立つべきなのだ。自分で自分の居場所を探して、自分のやるべきことを探しに行く旅に出なければ行けないはずなのだ。
でも、どうにも私は臆病だから、怖くて怖くて、半年間もそれを先延ばしにしてしまっている。
冬を越したらーー
冬を越したら、と考えていたら、3ヶ月の冬はあっという間に過ぎ去ってしまった。もう春はすぐそこまで来ているのに。
「お母さん……」
つい、声を漏らしてしまう。
会いたいよ、私には、無理だよ。
「セナ」
「セナなら大丈夫だよ。セナは強い子なのだから」
「わたしなんか、だめだよ、お母さん。だって、わたしは臆病で弱虫だもん」
「あなたには、あなたも知らないような強さがあるのよ。だから大丈夫。一人でも、誰かと一緒でも、あなたは頑張れる」
「だからね、セナ。お母さんがいつかいなくなっても、セナはきっと一人で生きていける。自分のすること、したいこと、きっと見つけて生きていける。お母さんはいつだって見守ってるから、セナはね、とっても強い子なのよ」
「……無理だよ」
「出来るわけないじゃん……私は全然強くなんかない、弱虫で臆病な、だめな弱虫セナなんだから」
どうして思い出してしまうのだろう。思い出すだけ、辛くなるというのに。
小川の淵にしゃがみこんで、回想すると、なぜだかどうにも涙が出てきてしまった。
「ごめんね、お母さん。私お母さんが言ったみたいに強い子でもないし、ひとりでなんか生きていけないよ」
だって、
「だって、今だって、ずっと逃げてて前に進もうとできてない」
13歳は大人の仲間入り。でもまだ私は13歳だもん。13歳にすら、なっていないのだもの。まだまだずっと、お母さんと一緒にいたかった。
でも、もう来週には私は13歳になる。13歳の誕生日が来てしまう。13歳になっても、私は逃げ続けるの?
小川を飛び越えて、あの不思議な場所の横にある森の奥を進むと高い崖に出る。私の家から見るよりも高い崖だ。
巷では巣立ちの崖と言われている。鳥が一人前になる時、そこから飛び立つという。
そして、人間も。
私の家は、普通の家じゃない。特別な力がある家と言われている。お母さんは、動物たちを元気にする力があった。
でも、その娘たる私に、それらしい力はない。
落ちこぼれのダメな子なのかと思った。しかしお母さんは、いつか私が自分をちゃんと見つけられたら、その時に大人になった証としてきっと力が与えられると話した。いつか、自分を見つけられたら。
なんて難しいのだろう。よりにも寄ってこの私が、こんな臆病で逃げてばかりの私に、ちゃんとした夢や目標なんて見つけられるわけがないし、ましてや自分自身など。
13歳、そうでなくても相応の年頃になったら、その時が来たら、私たち一家の子供たちは巣立たないといけない。
この崖から、飛び降りて、空を飛ぶ。それが一人前になるための最前提の条件。
そして自分で旅の宛を決めて、自分のやるべきこと、したいことを探し見つける。いつか大人になったら、再び戻ってきたり、そこで暮らし続けたり、そして次の世代を育む。
私たちは自然を守るのが役目だと言われた。この力で、自然や動物たちを守り共存する。
でも、このままじゃ、それも私で終わりだ。
(それでも、いいかな)
どうせ、一人になるのなら……
「ピィ、ピィ」
「え……?」
高い声がして、振り向くと木の上に鳥の巣があった。
「雛だ……」
まだ目もあいていない。でも必死に餌をもらおうと声を上げて口を開いている。
(健気……)
こんな小さな雛も、生きるため必死で頑張っている。
そしてそんな動物たちを助け、見守り、守るのが私の役目。
(でも……)
すると、大きな鷲が、空を悠々と舞った。
「うわぁ……凄い……」
なんと自由で、堂々としているのだろう。私とは、真反対。
(いいなぁ……私もあの鷲になりたいなぁ)
自由で、悩みなんてなくて、ただ自分だけが正しいと信じて、自信に満ち溢れているように見える鷲は、私の憧れと願いを象徴するようだった。
「私も、飛びたい」
「あっ……」
つい口に出していた。飛びたい、怖いけど飛びたい。でも旅に出るのは……
(セナ)
「えっ!?」
お母さんの声が、突然後ろから聞こえてきた気がした。
(大丈夫だよ、あなたは強い子だから。あなたも知らないような凄い力が、あなたを助けてくれる)
「お母さん……私に力なんて」
(自分を信じて。きっと大丈夫だから)
(お母さんは、ずっとあなたを見守っている。だから、心配しなくていい、私の可愛い愛しい強い子……)
来週の初めの日、つまり3日後には私の誕生日が来る。大人の仲間入りとなる。
(これ以上、逃げると言うの?)
十分逃げてきた。先送りにし続けてきた。でも、今決めないと、きっと一生これの繰り返しになる。
(……飛びたい)
飛びたい、あの空に、自由に、翔け抜けたい。
もう準備は整ってる。とっくに私には旅立つ用意はできていた。あとは、覚悟だけ。
(お母さんは、半年も待ってくれた)
わかったよ、お母さん。
3日後
この間に増して気持ちの良い晴れだった。
春一番の大風が吹いていた。
それでもそれさえとても心地よくて、柔らかなその日差しは、春の訪れを告げていた。
花々は満開、桜の花も綻んでいた。
準備はできている。今、飛び立つ。
お母さん、ずっとグズグズしててごめんなさい。
少し遅れたかもしれないけど、今、とぶから。
春の、この空へ、
翔ぶ
寂しさ、ときめき、期待、不安、嬉しさ、緊張、様々なものを胸に抱えて、崖から助走をつけて、
飛んだ
バサッ!
布を広げ滑空のように飛ぶ。
ああ、気持ちいい!
爽やかな風が顔に吹き抜けていく。
飛んでいる。翔んでいる!
この空を、春を、翔け抜けている!
お母さん、私は13歳になりました。大人の第一歩です。私は、一人前ですか?
耳元に、大好きな声が聞こえた気がした。
しっかり前を向いて、声をあげる。すると桜の花びらが顔の前に降ってきた。
振り返ると、遅咲きのはずのあの社の桜は、まだ春が始まったばかりなのに、満開だった。
私の門出を祝福してくれるように。
(ふふっ、)
「さあ、何処へ行こうか!」
温かく、希望と未来に満ち溢れた春へ、
春に、翔ぶ。




