第2話 少女の猫の調査依頼
ヴァル・ロンドリア霧の朝。
霧都の外れに建つ崩れかけた旧天文塔。
そこにあるのが星霧探偵事務所。
塔の内部は広く、天井は高い。
壁には古い星図が残り、ひび割れた線が
星座を歪めている。
割れた窓から霧の光が差し込み、
静かな空気が満ちていた。
中央の机で
アレクシス・グレイヴンは
静かにチェスの駒を動かしていた。
カチ。
白のナイトが盤上を跳ぶ。
机の上には一通の封筒が置かれている。
数日前に届いた依頼状だった。
封筒の差出人は
少女リリア。
猫の捜索を頼む短い手紙。
向かいに立つミレイアがその封筒を
静かに見つめていた。
ミレイアは共感型魔導感応体質。
人の感情が流れ込んでくる。
封筒に触れた瞬間、弱い感情が
胸に広がった。
不安。
恐れ。
そして強い焦り。
ミレイアは小さく息を吐いた。
「この子……本当に困ってる」
アレクシスはチェス盤から視線を
動かさない。
「そうだろう」
その時、塔の階段を駆け上がる足音が
響いた。
ガン、ガン、ガン。
扉が開く。
オズワルドが入ってきた。
「来ました師匠!」
アレクシス
「まだ師匠じゃない」
オズワルドは机の上の封筒を見る。
「依頼ですか?」
ミレイアがうなずく。
「猫の捜索」
オズワルド
「通してくれ」
その時。
カラン。
扉の鈴が鳴った。
小さな少女が立っていた。
帽子を握りしめている。
「……あの」
封筒の差出人。
リリアだった。
ミレイアの胸に感情が流れ込む。
強い不安。
それだけではない。
焦り。
そして恐怖。
ミレイアは静かに言う。
「この子……怖がってる」
リリアは小さく頭を下げた。
「手紙を書いたの、私です」
アレクシス
「猫の捜索だな」
リリアはうなずく。
「黒猫のモルガナです」
「首に鈴をつけてて」
「目がグリーンなんです」
オズワルドの目が輝く。
「緑眼の黒猫!」
リリアは続ける。
「三日前からいなくなって……」
少し言葉を止めた。
「でも」
「変なんです」
アレクシス
「何が変なのかな」
リリア
「夜になると」
「街の路地で」
「猫の鳴き声が聞こえるんです」
オズワルド
「鳴き声?」
リリア
「でも」
少女は震える声で言った。
「猫の姿がないんです」
沈黙が落ちる。
オズワルドが考える。
「つまり……」
「亡くなった猫とか?」
アレクシスが即座に言う。
「違う」
「霊ではない」
オズワルド
「え?」
アレクシス
「霊なら音は散る」
「一定の場所から聞こえるなら」
「原因は物理的だ」
ミレイアは静かに目を閉じた。
リリアの感情が流れてくる。
恐怖。
焦り。
そして
まだ……生きている
ミレイアが小さく言う。
「猫は生きてる」
アレクシスが立ち上がった。
コートを羽織る。
「現場に行く」
オズワルドの目が輝く。
「調査開始ですね」
アレクシス
「鳴き声の場所だ」
リリアがうなずく。
「案内します」
塔の外に出ると霧が街を包んでいた。
静かな霧都。
だがその街では今
猫の声だけが響く夜が続いていた。
星霧探偵事務所による
ヴァル・ロンドリア探偵事件簿
『なき猫』事件が開幕した。




