第4話 犯行時間のアリバイ
霧は濃くなるほど、輪郭を浮き上がらせる。
《星霧探偵社》の応接室。
長机に広げられた時系列表を前に、アレクシスは細い指で懐中時計の停止時刻。
十時七分を軽く叩いた。
「次に崩すのは“時間”だ」
ガルム警部補が腕を組む。
ミレイアは胸に流れ込む感情のざわめきを抑えながら、羊皮紙に視線を落とした。
■ 基準時刻の整理
午後九時三十分 ルキウス来訪
午後十時七分 懐中時計停止
午後十時頃 言い争いの声
午後十時頃 エドガー目撃
午後十一時 セラフィナ発見
アレクシスが低く言う。
「まず確認すべきは単純だ。 “十時七分”に、誰が何をしていたか」
容疑者① エドガー(吸血鬼)
ガルムが報告書を読む。
「午後九時四十分、屋敷近辺で目撃。
午後十時十分頃、裏路地を歩いていたという証言あり」
「証人は?」
「新聞売りの少年。 外套に血が付いていたと」
アレクシスは淡々と問う。
「その血は鑑定したか?」
「まだだ」
ミレイアが小さく呟く。
「……恐怖が強いです。追われている側の感情」
アレクシスは頷く。
「吸血鬼は血を流さない。ならばその血は誰のものだ?」
時間的には現場近く。
だが“犯行の瞬間”の証拠はない。
容疑者② ルキウス・ブラッドフォード(悪魔契約士)
「午後十時十五分に屋敷を出た」と御者証言。
「十時七分時点では、まだ屋敷内にいた可能性が高い」
ガルムの尾が揺れる。
「だが彼は書斎には入っていないと言っている」
「誰が証明する?」
「使用人は“訪問客が帰るのを見た”のみ」
ミレイアは目を閉じる。
彼の感情は薄い。
だが十時過ぎに、わずかな“焦り”。
アレクシスが囁く。
「時計が止まったのが衝撃によるものなら、
十時七分は“争い”の時刻だ」
ならば。
ルキウスはまだ屋敷にいた。
容疑者③ マーガレット(妹)
「午後九時には自宅に戻っている」
「証人は?」
「使用人二名」
アレクシスは首を傾ける。
「移動時間は?」
「馬車で十五分」
「つまり理論上は、
十時前後に屋敷へ戻ることは可能だ」
ミレイアが小さく震える。
彼女の中にあるのは悲しみ。
だがその奥にある“解放感”。
それは何からの解放か。
容疑者④ セラフィナ(半精霊秘書)
「午後十時から十一時まで、執務室で書類整理」
「証人は?」
「……いない」
沈黙。
発見者であり、密室を開けた人物。
「魔導鍵を持つのは彼女だけか?」
「被害者と彼女のみ」
アレクシスの瞳が細くなる。
「十時七分、彼女は何をしていた?」
「不明」
ミレイアの胸に流れ込む感情。
絶望。
焦燥。
そして
“決意”。
容疑者⑤ ガルム警部補(人狼)
アレクシスは不意に視線を向ける。
「警部補。君は?」
空気が凍る。
「午後十時、自宅にいた」
「証明は?」
「同僚と魔導通信をしていた。記録が残る」
「通話終了は?」
「十時五分」
アレクシスの声は穏やかだ。
「屋敷までの距離は?」
「全力疾走で八分」
十時七分。
理論上は不可能。
だが狼の身体能力なら?
ガルムは低く唸る。
「私はやっていない」
ミレイアは静かに言う。
「……本当に、やっていません」
その感情は澄んでいる。
時間の歪み
アレクシスは全員の名前の横に線を引いた。
「全員に“可能性”がある」
そして懐中時計を持ち上げる。
「だが私はこの時計を信用していない」
ガルムが眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「壊れた時計は“止まった時刻”を示す。
だがそれは“死亡時刻”とは限らない」
ミレイアが息を呑む。
「……ずらされた?」
アレクシスは微笑む。
「あるいは“意図的に止められた”」
十時七分が偽装なら。
全員のアリバイは再計算になる。
そして彼は静かに言った。
「鍵は血だ」
「出血が少ない。 争った形跡が薄い。
そして時計が止まるほどの衝撃」
彼は立ち上がる。
「犯人は時間を作った。自分のいない時間を」
霧の街で。
怪物たちよりも恐ろしいもの。
それは
論理を操る人間。
アレクシスは宣言する。
「次は検死記録を精査する」
「真の死亡時刻を暴く」
物語は核心へ近づく。




