第5話 謎の解体と推理
霧都ヴァル・ロンドリア。
怪物に戸籍があるこの街で、
最も偽装しやすいのは“怪物の犯行”である。
アレクシスは静かに言った。
「順に崩す。
毒、悪魔、精霊、そして手紙だ」
ミレイアは息を整える。
彼女の共感は、今や刃となる。
都市検死院。
冷たい石の台の上に横たわるリチャード・ヘイル。
検死官は羊皮紙を差し出す。
「通常検査では異常なし。だが、再鑑定の結果」
アレクシスが促す。
「特殊毒物か?」
「はい。微量の《月影草抽出液》が検出された」
ミレイアが小さく震える。
月影草。
吸血鬼に効く毒として知られるが
実は人間にも遅効性の神経毒として作用する。
検死官が続ける。
「摂取後、約三十分で心停止。
外傷がなくとも死に至る」
「死亡推定時刻は?」
「午後九時四十分から五十分」
アレクシスの瞳が鋭く光る。
「十時七分ではない」
懐中時計は“死後”に止まった。
つまり――
杭は死後に刺された。
「毒殺後、密室を演出した」
ガルムが低く唸る。
「ならば十時七分に争ったのは」
「死体を巡る工作だ」
薄暗い応接室。
悪魔契約士ルキウスは微笑を崩さない。
「私は十時十五分に屋敷を出ました」
アレクシスは淡々と問う。
「十時七分、あなたはどこに?」
「応接間です」
「誰と?」
「被害者と」
沈黙。
ミレイアの胸に、微かな動揺。
ルキウスの感情は“制御”されている。
だが十時前後の記憶に、わずかな歪み。
アレクシスが静かに告げる。
「検死の結果、死亡時刻は九時四十五分前後」
初めて、ルキウスの指先が止まる。
「つまり十時七分、
あなたが会っていた相手は――」
「……死体ではありません」
「いや」
アレクシスの声は冷たい。
「すでに毒が回り始めた瀕死の男だ」
さらに彼は灰色の繊維を示す。
「あなたの外套の裏地。窓際で見つかった」
ルキウスは笑う。
「密室でしょう?」
「窓は封印されていた。だが――」
アレクシスは言い切る。
「封印は“内側から再構築可能”だ」
悪魔契約士ならば。
空気が張り詰める。
半精霊セラフィナ。
彼女は涙を浮かべる。
「私は先生を敬愛していました」
ミレイアは目を閉じる。
流れ込む感情。
絶望。
裏切り。
そして“使命”。
アレクシスが問う。
「あなたは月影草を知っているか」
彼女の瞳が揺れる。
「……ええ。先生の研究資料に」
机の隠し棚から押収された書類。
そこには、吸血鬼差別を立証するための毒物研究。
だが。
「研究は止められていた」
ミレイアが囁く。
「先生は途中で方針を変えた……?」
セラフィナの中にあるのは
理想を裏切られた悲しみ。
彼女は怪物と人間の共存を信じていた。
だが最近、ヘイルは
“怪物の危険性”を証明する論文を書き始めていた。
「あなたは止めたかった」
セラフィナは震える。
「先生は……変わってしまった」
だが。
彼女の感情に殺意はない。
むしろ“守ろうとした”色。
アレクシスは書斎を再検分する。
本棚の奥。
魔導灯で透かすと浮かぶ封筒。
差出人は匿名。
中身は脅迫状。
《怪物の味方をやめろ。
次はお前が怪物になる》
日付は事件三日前。
ガルムが低く言う。
「差別団体か」
アレクシスは首を振る。
「違う。文体が冷静すぎる」
さらに裏面に小さな紋章。
悪魔契約士協会の旧式印。
ルキウスの所属団体。
だが。
ミレイアが突然顔を上げる。
「……違います」
「何が」
「この手紙、“恐怖”がない」
普通の脅迫なら、怒りや憎悪が滲む。
だがこれは。
計算。
誘導。
アレクシスが静かに言う。
「誰かが“悪魔契約士に疑いを向けた”」
「毒で殺し、杭で吸血鬼に罪を着せ、
繊維で悪魔契約士を匂わせ、脅迫状で思想犯に見せる」
ガルムの尾が止まる。
「全方位への偽装……」
アレクシスは微笑む。
「犯人は一人だ」
「怪物でも、悪魔でもない」
ミレイアの胸に、はっきりとした感情が流れ込む。
冷たい安堵。
解放。
“これで終わる”という感情。
アレクシスがゆっくり振り返る。
「秘書殿」
その視線の先には
セラフィナ。
霧の街で。
最も疑われなかった存在。
最も悲しんでいた存在。
彼女の瞳に、光が揺れる。




