第3話 殺人事件の協力を要請
霧はまだ晴れていなかった。
《星霧探偵社》の応接室。
高窓から差す灰色の光が、長机の上の証拠袋を鈍く照らしている。
重い足音。
入ってきたのは、都市警備隊の制服を着た狼貌の男
ガルム警部補。
人狼特有の鋭い金色の瞳。
だがその視線は理性的で、感情を押し殺している。
彼は一礼した。
「グレイヴン氏。正式に協力を要請する」
アレクシスは椅子に深く腰掛けたまま応じる。
「名目は?」
「民間顧問」
「実質は?」
「我々の見落としの洗い出しだ」
一瞬、緊張が走る。
ミレイアは二人の間に漂う過去の確執を感じ取った。
ガルムの内側にあるのは怒りではない。
“負い目”だ。
ガルム警部補は革鞄を開き、書類を並べる。
事件概要(警備隊発表)
被害者:リチャード・ヘイル
死亡推定時刻:午後十時から十一時の間
発見時刻:午後十一時三十分
発見者:秘書セラフィナ
状況:
・書斎は内側から施錠
・窓は結界封印
・胸部に銀製杭が刺さった状態
・争った形跡は少ない
・凶器は現場に残置
「以上が公式報告だ」
アレクシスは淡々と聞く。
「非公式は?」
ガルムの尾がわずかに揺れた。
「出血量が致命傷に見合わない。
検視では“心停止後に杭が刺さった可能性”が示唆されている」
ミレイアの指先が震える。
やはり。
目撃証言
ガルム警部補は次の書類を示した。
① 馬車御者の証言
午後九時半、
ルキウス・ブラッドフォードが屋敷を訪問。
午後十時十五分に退出。
様子は落ち着いていた。
② 近隣の新聞売りの少年
午後十時頃、
吸血鬼エドガーを屋敷付近で目撃。
外套の裾に血が付いていた、と証言。
③ 屋敷の使用人
午後十時過ぎ、
書斎から「言い争いのような声」を聞いた。
だが内容は不明。
④ 半精霊セラフィナ
午後十一時、書類を届けに行き発見。
施錠されていたため、魔導鍵で解錠。
その瞬間、被害者はすでに絶命。
アレクシスが静かに問う。
「言い争いの声。人間か?」
「断定できない」
「吸血鬼の声質は?」
「低く響く。だが使用人は“普通の声”だったと言う」
ミレイアは小さく息を呑んだ。
関係人物相関
ガルム警部補は簡易図を机に広げる。
・ヘイル → 弁護人 ←エドガー
・ヘイル → 訴訟対立 ← 警備隊
・ヘイル → 金銭訴訟 ← ルキウス
・ヘイル → 家族対立 ← マーガレット
・ヘイル →主従関係 ←セラフィナ
複雑だが、中心は被害者ヘイル一人。
「敵を作りすぎた男だ。」
ガルムが低く言う。
「証拠品提示する。」
ガルムは白手袋をはめ、順に並べた。
■証拠品A:銀製杭
吸血鬼討伐用規格品。
市販だが高価。
血痕は被害者のもののみ。
柄に指紋はない。
「指紋は拭き取られている」
■証拠品B:床の血液
量が少ない。
心臓貫通なら致死的出血になるはず。
「床ではなく、椅子の背に微量の血飛沫」
アレクシスの瞳が細くなる。
■証拠品C:壊れた懐中時計
被害者の所持品。
午後十時七分で止まっている。
衝撃による停止。
■証拠品D:灰色の繊維
窓際で発見。
高級外套の裏地と一致する可能性。
ルキウスの外套は灰色。
■証拠品E:聖水の小瓶
机の引き出しから発見。
封は未開封。
「吸血鬼対策か?」
とガルムが聞く。
アレクシスは即答する。
「違う。開封されていない対策は、ただの飾りだ」
部屋に沈黙が落ちる。
ミレイアの胸に、幾つもの感情が流れ込む。
恐怖。
焦燥。
そして、誰かの“計算”。
アレクシスが静かに言う。
「警部補。君は誰を疑っている」
ガルムは即答しない。
狼の瞳がわずかに揺れる。
「証拠は吸血鬼を指している」
「だが?」
「匂わない」
「何が」
「捕食の匂いがない」
空気が張り詰める。
アレクシスは立ち上がる。
「良い。整理しよう」
彼は指を折る。
一、死因は杭ではない可能性。
二、死亡推定時刻は十時前後。
三、十時七分で時計停止。
四、言い争いは十時過ぎ。
五、血が少なすぎる。
彼は振り返る。
「ガルム警部補。被害者の検死で“毒物検査”は行ったか?」
ガルムの瞳が見開かれる。
「……通常の範囲では」
「通常では足りない」
アレクシスの声は静かだが断定的。
「これは“吸血鬼殺し”ではない」
「これは」
ミレイアが小さく続ける。
「……人間の計算です」
霧都ヴァル・ロンドリア。
怪物に戸籍のある街で。
最初に疑われるのは怪物。
だが本当に恐ろしいのは。
怪物に罪を着せる者。
アレクシスは微笑む。
「さて、警部補」
「次に崩すのは“時間”だ」
物語は次の局面へ進む。




