第2話 殺人事件発生
その時だった。
階下で鐘が鳴った。
カラン、と乾いた金属音。
依頼人用の呼び鈴ではない。
都市警備隊からの直通魔導通信。
アレクシスは眉一つ動かさず、水晶受信器に触れた。
淡い光が灯る。
「こちら《星霧探偵社》」
水晶の向こうから、焦った声。
「グレイヴン氏か。至急来てほしい。
弁護士リチャード・ヘイルが殺された」
ミレイアの胸がわずかに震える。
リチャード・ヘイル。
魔物差別訴訟で名を馳せた男。
水晶越しに声は続く。
「胸を杭で貫かれている。吸血鬼を殺すための武器だ」
沈黙。
そして、最後の一言。
「容疑者は、彼が無罪に導いた吸血鬼エドガーだ」
通信が切れる。
霧都ヴァル・ロンドリアの空気が、さらに重くなった気がした。
ミレイアは小さく呟く。
「……私刑、ですか」
アレクシスはゆっくりとチェスのキングを倒した。
「世論はそう結論づけるだろう」
彼はコートを手に取る。
黒い外套。
裏地には魔導紋様が刻まれている。
「だが私は“世論”を信じない」
灰色の瞳がミレイアを見る。
「同行するか、秘書」
試されている。
彼女は一瞬だけ迷い、そして頷いた。
「はい」
塔を出る。
外は霧。
煤煙と魔力が混ざる匂い。
石畳を魔導蒸気車が走り抜ける。
角のある亜人が新聞を広げている。
遠くで人狼警備隊が集まっている。
新聞の見出しが風に舞った。
《吸血鬼、報復殺人か》
アレクシスはそれを一瞥する。
「早いな。まだ検視も終わっていない」
「どうして……みんな決めつけるんですか?」
ミレイアの問いに、彼は静かに答える。
「簡単だからだ」
馬車に乗り込む。
「怪物が犯人なら、世界は単純でいられる」
霧の中、馬車は走る。
やがて到着したのは、煉瓦造りの高級住宅街。
警備隊が規制線を張り、野次馬が群がる。
その中に、ひときわ視線を集める存在がいた。
黒いマント。
青白い肌。
赤い瞳。
吸血鬼エドガー。
彼は拘束されている。
だがその表情は
恐怖。
怒りではない。
ミレイアの胸に、ざわりと感情が流れ込む。
「……違う」
彼女は小さく呟いた。
アレクシスは聞き逃さない。
「何が違う?」
「この人……怯えています。でも、殺意はない」
アレクシスの唇がわずかに上がる。
「ならば証明しよう」
二人は屋敷の中へ入る。
書斎。
内側から施錠。
窓は結界封印。
机の前に、倒れた男。
胸には深々と打ち込まれた杭。
だが
アレクシスは屈み、床を見た。
「血の飛散が少ない」
ミレイアは息を呑む。
「……え?」
彼はゆっくりと言った。
「杭は“死因”ではない」
静寂が走る。
「これは殺人の“演出”だ」
霧の街に、新たな問いが生まれる。
怪物が殺したのか。
それとも
怪物に殺させたのか。
アレクシスは立ち上がり、静かに告げた。
「第一の仮説。犯人は吸血鬼ではない」
そして彼はミレイアを見る。
「怪物よりも厄介な存在を知っているか?」
彼女は首を振る。
灰色の瞳が、霧よりも冷たく光る。
「偏見だ」
こうして。
星霧探偵社による、
霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿
『私刑執行人』事件が幕を開ける。




