第2話 現場検証
昼下がりの劇場街。
裏通りは静まり返っている。
ビルとビルの間の狭い路地。
ガルム警部補が帽子を押さえ、口を開いた。
「遺体は昨夜のうちに搬送した」
アレクシスは路地を見渡す。
幅は三メートルほど。
両側は石壁。
雨樋と窓枠が突き出している。
「死因は頭部外傷および内臓破裂」
ガルムは淡々と続ける。
「三階付近の外壁に最初に激突。
その後、回転しながら落下」
外壁の一点を指差す。
そこだけ石が血が飛び散ってる。
「ここにレオナルドの血痕と毛髪が付着していた」
ミレイアが顔を上げる。
「真下に落ちたのではないのですね」
「ああ。斜めに飛び出している」
ガルムは手帳を開く。
「両腕複雑骨折。肋骨多数折損。
脊椎圧迫破壊。
顔面は右側を中心に激しく損壊」
「即死ですか」
「落下の数分以内に意識消失。救命は不可能」
アレクシスは無言。
「屋上の手すりには片方の手袋と靴底の擦過痕」
ガルム警部補が続ける。
「踏み越えではなく、踏み切りだ。助走をつけた形跡がある」
アレクシスはゆっくり振り返る。
「正面通大通り側は?」
ガルムが顎で示す。
広い石畳。
一直線に落下可能。
「そちらには痕跡なし」
アレクシスは狭い路地を見下ろす。
壁、張り出し、障害物。
「なぜ、こちら側なんだ」
ガルム警部補が答える。
「自殺者の心理は読めん」
アレクシスは路地を見渡す。
血のついた隣ビルの壁
「彼は俳優だ」
静かな声。
「人に見られる職業だ。
立ち姿も、倒れ方も、常に意識している」
ミレイアが小さく言う。
「……美しく死にたい、と?」
「そうだ」
アレクシスは首を横に振る。
「少なくとも、醜く潰れることは望まない」
広い道路側なら、即死に近い。
人目も多く、“劇的”だ。
だがこの場所は違う。
壁に叩きつけられ、骨を砕き、
歪み、転がる。
「これは選ばれた死に方ではない」
ガルム警部補が腕を組む。
「では、なぜこちら側へ向かった」
アレクシスは屋上を見上げる。
「彼は落ちるつもりではなかった」
一拍。
「逃げるつもりだった」
沈黙。
風が吹く。
「何かから逃れようとして、とっさに屋上柵を越えた」
ミレイアの瞳が揺れる。
「追い詰められて……」
「そうだ」
アレクシスは低く続ける。
「人は死ぬ覚悟を決めたとき、動きは静かになる」
だが踏切痕は乱れている。
焦り。
躊躇。
衝動。
「これは覚悟の跳躍ではない」
彼は路地を見つめる。
「これは、追い詰められた者の逃走だ」
王は処刑台へ歩いたのではない。
逃げ道を探し、跳躍
そして見誤った。
事件は自殺ではない。
だが単純な殺人でもない。
アレクシスの中で、
盤面が静かに動き始めていた。




