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霧都ヴァル・ロンドリア探偵事件簿ー怪物に戸籍のある街で  作者: 虫松
霧都ヴァル・ロンドリア

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第1話 ミレイア・ルーンベルの採用面談試験

挿絵(By みてみん)

蒸気と魔力が混ざる都市、霧都ヴァル・ロンドリアの外縁。

古びた天文台を改装した建物の扉には、銀の銘板がかかっていた。


《星霧探偵社》

トン ・トン・ トン

ノックを三回。


「どうぞ」


低く、よく通る声。


ミレイア・ルーンベルは、深く息を吸った。


田舎貴族ルーンベル家の次女。

領地は山と湖だけ。財産は名誉だけ。

都会で働くため、求人票を握りしめて来た。


事務秘書募集。書類整理、来客対応。


(探偵社……?)


その文字を見落としたのは、正直に言えば“うっかり”だった。


扉を開ける。


室内は天井が高く、天体儀と魔導式の計算盤、壁一面の書架。

中央の机に、男が一人。


黒髪。端正な顔立ち。

氷のような灰色の瞳。


チェス盤を指先で弾いている。


アレクシス・グレイヴン。


王立魔導学院を首席で卒業しながら、王都を去った異端の理論家。

そしてこの《星霧探偵社》の社長。


彼は彼女を一瞥しただけで言った。


「ミレイア・ルーンベル。二十二歳。

 田舎貴族。姉が家督を継ぎ、あなたは余剰都会で“自立”を試みている」


ミレイアは目を見開いた。


「ど、どうしてそれを……」


「靴」


彼は即答した。


「磨かれているが、革が古い。長く使われた家の品だ。


しかしヒールの減り方が浅い。最近都会に出た。手袋は高級品だが、サイズが合っていない。姉のお下がりだろう」


彼は微笑んだ。


「そして履歴書の筆跡。丁寧だが、震えがある。覚悟よりも不安が勝っている」


名探偵のように、いや、それ以上に冷静だった。


ミレイアは小さく拳を握る。


(……この人、全部見えている)


「さて」


アレクシスは立ち上がった。


「あなたは秘書志望だが、ここは“探偵社”だ。

 事務能力だけでは足りない」


彼は机の引き出しから、小さな銀の箱を取り出した。


「採用試験だ」


箱を開ける。


中には黒いコイン。


禍々しい紋様が刻まれている。


「三日前、依頼人がこれを持ち込んだ。

 願いを叶えるコイン。 持ち主は昨日、自室で死亡」


ミレイアの背筋に冷たいものが走る。


「自殺……ですか?」


「それを判断するのが仕事だ」


彼はコインを彼女に差し出した。


「触れてみなさい」


ミレイアは一瞬ためらう。


だが、指先が触れた瞬間。


ざわり。


感情が流れ込む。


怒り。

羨望。

焦燥。

“認められたい”という叫び。


彼女は息を呑む。


「……この人、ずっと誰かに見てほしかった」


アレクシスの瞳がわずかに細まる。


「続けなさい」


「願いは……成功、だったと思います。

 でも……成功した後、怖くなった。

 周りが自分を評価していない気がして……」


彼女は額に汗をにじませながら言葉を探す。


「このコイン、願いを叶えるけど……

 持ち主の“不安”も増幅する」


沈黙。


時計の音だけが響く。


アレクシスはゆっくりとチェスの駒を動かした。


「正解だ」


ミレイアは顔を上げる。


「これは悪魔の契約品ではない。

 精神増幅触媒だ。 願いを叶えたように見せ、持ち主の承認欲求を肥大させる」


彼は静かに言った。


「依頼人は自殺ではない。

 “焦燥による判断錯誤”だ。 魔術的殺人ではない。論理的帰結だ」


彼は彼女を見つめる。


「あなたは魔力を使わなかった。だが“感じた”」


ミレイアは俯く。


「……私は昔から、人の気持ちが流れ込んでくるんです。

 怪物でも、精霊でも」


そのせいで、田舎では“気味が悪い”と言われた。


アレクシスは言う。


「共感型魔導感応体質。稀少だ」


彼は歩み寄る。


「あなたは有能だ」


ミレイアの胸が強く鳴る。


「ただし」


彼は低く続けた。


「感情は証拠にならない。

 ここでは“感じた”を“証明”に変える」


彼の灰色の瞳が、まっすぐ彼女を射抜く。


「それが出来るなら、あなたは私の右腕だ」


静寂。


そして彼は手を差し出した。


「ようこそ、《星霧探偵社》へ」


ミレイアはその手を握る。


その瞬間。


彼の感情が、かすかに流れ込む。


孤独。

世界に理解されない理論家の静かな痛み。


彼女は気づく。


この人は、冷たいのではない。

“理屈でしか人を救えない”と信じているだけだ。


彼女は微笑んだ。


「はい、社長」


こうして。


論理の探偵と、感情を読む秘書。


二人の物語が始まる。

怪物よりも難解な人間を解くために。

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