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23.簒奪者の支配を許すな!(5)

 反乱軍が鎮圧された夜、わたくしは王宮の北の尖塔にある小部屋の窓辺に立ち、ひと時の静寂を味わっていた。


 窓の外では、星々が静かに瞬いている。


「お母さま……、入ってもよろしいですか?」


 ノックの音に続いて、ブランカの声がした。


「ブランカ? 入って」


 ブランカは濃い緑色の部屋着に身を包み、美しい黒髪は背中に下ろされている。


 わたくしは窓辺を離れて、ソファに座った。


 ブランカもわたくしの隣に腰を下ろす。


「反乱軍が鎮圧されて、本当に良かったです。ずっとお母さまのことが心配でした……」


「ありがとう。わたくしを心配して、弓矢を手にして助けに来てくれたのよね。だけど、もう危ないことはしないで。ブランカになにかあったら、わたくしは耐えられないわ……」


「ごめんなさい、お母さま……。わたくしは、また同じようなことがあったら、きっとお母さまを助けに行ってしまいます」


 ブランカは、ほんのわずかに涙ぐみながら、わたくしを見上げていた。


「ブランカ、わたくしは、もう誰にも脅かされないわ。あなたという娘が、わたくしを強くしてくれるもの」


「わたくしも同じです。お母さまが、ずっとわたくしの傍にいてくれたから……。だから、わたくしはこうして、この国の王太子として立つことができました」


「ブランカ……。わたくしと二人の時は、王太子ではなく、ただの女の子でいていいのよ」


 ブランカは反乱が鎮圧された後、騎士団と軍隊の前で、王太子として笑顔で労いの言葉をかけていた。


 反乱に加わらなかった貴族たちに対しても、その忠誠心に感謝していることを伝え、貴族たちを喜ばせていた。


 王太子として、充分に務めを果たしているわ。


 まだ子供なのに、働きすぎなくらいよ。


「わたくし、早く大人になって、お母さまのお力になりたいです」


「ブランカ……」


 わたくしの娘は、真面目で、健気で、良い子で、かわいくて……。


 しかも、凛々しくて、とても勇敢だわ。


 ブランカはわたくしの宝物よ。


 だから、もう本当に、危ないことはしないでほしいわ……。




 数日後、筆頭公爵が、反乱を起こした高位貴族の処分についての報告をするために、わたくしの執務室に来た。


「女王陛下、彼らの陰謀は収束しつつありますが、高位貴族への増税に対する反対意見は、未だ根強く残っております」


「ええ、そうでしょうね。今回の反乱に参加しなかっただけで、民を安んじることよりも、自分の財産の方が大事だという考えの者たちが、まだまだ残っているでしょうからね」


 筆頭公爵はしばらく黙った後、険しい表情で口を開いた。


「……王太子殿下は、王家の正統な継承者です。立太子式での気高くも愛らしいお姿を拝見し、貴族たちの中にも、王太子殿下に忠誠を誓う者が増えております」


 わたくしは筆頭公爵に満足してほほ笑んだ。


 この国では、かつては王家と筆頭公爵家で権力闘争をしていた。けれど、ブランカの婚約者としてエドモンドを選んだことで、王家と筆頭公爵家の間に、新たな信頼関係が生まれていた。


 筆頭公爵家は元をたどれば建国の時に活躍した功臣の家系なのだけれど、長いこと王家と権力闘争をしていたせいで、だいぶ前から王族との婚姻をしていなかったのよね。


 わたくしは令和の時代を生きていた日本人の記憶があるから、血縁関係が近い者同士の婚姻にはいろいろ不安があった。


 それで、いろいろ条件の合いそうな筆頭公爵家のことを調べてみたら、筆頭公爵夫妻は王立学院で出会って恋愛結婚をし、権力よりも愛や家庭を重んじるタイプだった。


 そんな筆頭公爵夫妻の三男のエドモンドは、ブランカの王配になってもらうのに、ぴったりだったのよ。



 貴族たちがわたくしを廃して、ブランカを女王にしたいなら、やってみるといいわ。


 わたくしはブランカが望むなら、いつだって退位するつもりですもの。


 だけど、わたくしはこの国を混乱させる者を許さない。


 筆頭公爵夫妻も、エドモンドとブランカの初恋を、そっと見守りたいと考えている。



 ――今はまだ、ブランカが即位するには早いわ。



 わたくしと筆頭公爵は、しばらく語り合ってお互いの考えを確かめた。


 そして、ブランカを即位させようとする勢力を排除することに決めた。





 さらに数日後、わたくしは筆頭公爵夫人とブランカと共に、お忍びで買い物に出かけた。


 かつて反乱軍を制圧した中央広場には露店が立ち並び、様々な品物が売られていた。


 干し肉や、野菜や、果物、平民用の服、生活雑貨、さらに、ベリーダンスの衣装のようなアラビア風の服や、中華ファンタジー風の衣装まであるわ。


 その場で食べられるカットフルーツや、フルーツジュース、チュロス、焼いた肉の串なども売られていて、良い香りで客を誘っている。


 大勢の平民たちが露店の間を歩きまわり、売り子たちは客を呼び込もうと声を上げる。


 わたくしたちは平民用の服を着て、露店を見てまわっていた。


 護衛たちは目立たないよう、あちらこちらに散らばらせてある。けれど、なにがあってもすぐに対処できるような体制だ。


 警備のことを考えるなら、大通りにある貴族御用達の店で、ブランカのドレスを仕立てたり、靴やアクセサリーを買う方が楽よ。


 それでも露店を見に来たのは、ブランカが民の暮らしを見たいと希望したからだった。


 わたくしも、この国の民のことをもっと知りたかったしね。


「あの女王様が、戦で負かした国から嫁いできた時には、どうなることかと思ったものだったけどねえ……」


 わたくしの耳に、近くの露店の前にいる女性たちの声が聞こえてきた。


「前の王様より、女王様の方がずっといいわよね。あたしらの払っていた税金の一部を、お貴族様方が代わりに払ってくれるようになったんだもの」


「あれにはびっくりしたわよね! そのせいで反乱が起きたけど、すぐに鎮圧されたじゃない!」


「反乱軍を見た時には、『やっぱり平民が税金を払え!』ってことになるのかと思ったけど、そうはならなかったわね」


 夏の風が、笑いあう民たちの声を運んできた。


 この国の民が、わたくしのことを、あんなにも嬉しそうに話している。


 わたくしは右手でそっと胸を押さえた。


 この国の人々のために、ずっと政務を頑張ってきて良かった。


「お母さま!」


 ブランカが楽しそうに露店の一つを指さし、わたくしの手を引っ張った。


「見てください、お母さま! とても大きな果実があります。わたくし、あんなに大きな果実は初めて見ました!」


 ブランカがこれほどしゃいでいるのは珍しいわ。


 露店を見に来ることにして良かった。


 わたくしはブランカと手を繋いで、果物や野菜を売っている露店に向かって歩き出す。


 この世界にもスイカがあるのね。


 この物語の作者は、やっぱり日本人なのかしら……?


 スイカの原産地が日本なのかは知らないけれど、スイカは日本の夏の風物詩よね。


 わたくしは前世の夏の思い出と、知らない原作に思いを馳せた。

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