23.簒奪者の支配を許すな!(1)
日本でいうところの梅雨のような、この国の短い雨季に入る頃、わたくしの元に一通の密書が届いた。
漆黒の封蝋に刻まれていたのは、筆頭公爵家の紋章。
ブランカの婚約者エドモンドの父であり、この国を支える最大の名門貴族からの報せだった。
『王宮内に不穏の兆しあり。先王の血筋を旗印とし、闇が蠢いております』
筆頭公爵は中二病なのかなという感じの封蝋と文面ながら、その意味するところは明白だった。
この国には、まだ他国から嫁いできた王妃が、女王として君臨することをよしとしない者たちがいる。
ブランカの婚約式にルドルフが乱入してきたのも、彼らの手引きがあったからだということが、筆頭公爵の調査でわかっていた。
さらに、わたくしは高位貴族に支払わせる税金の額を引き上げるために、税制改革を行ったばかりだった。
わたくしは平民の払う税金を下げたかったのよ。
この国から『いくら働いても満足に食べられない者』をなくしたかったの。
そんなわたくしの政策が気に入らない、『自分が豊かなら良い』という考えの者たちがいるのだ。
わたくしはそんな者たちを恐れはしないわ。
わたくしは、ブランカという正統なる王女を守り、この国を託すと誓った者。
女王として、国と民の生活を守る覚悟を持つ者。
わたくしは民の暮らしを良くするのよ。
どんなことがあろうと屈しないわ!
密書が届いてから三日後。
城門の守衛所から、複数の不審な出入りがあったとの報告が上げられた。
平民出身の番兵たちは、高位貴族の紋章を出されたら出入りを阻むことは難しい。
文官によると、わたくしが嫁いで来て、王妃として政務を引き継いだ頃にも、こんな記録があったらしい。
どうやら、わたくしを王の代理にするために、この国の誰かが密かに動いていたようね。
今もまた、自分たちの都合の良いように王族を動かそうとする者たちが、王宮の闇で蠢いている。
彼らがルドルフをブランカの婚約式に乱入させたのは、おそらく、わたくしと筆頭公爵家に手を結ばせたくなかったからだろう。
わたくしは即座に動いた。
信頼する騎士団長と副団長、筆頭公爵、そして、将軍たちを密かに招集する。
「女王陛下、彼らは先王の隠し子だという男を『王位の正統なる継承者』として祭り上げ、反乱の名目を作ろうとしております。ですが……、先王のお子様は……、王太子殿下ただお一人です」
わたくしは筆頭公爵の説明を聞き、静かに頷いた。
「わかっています。彼らにとっては、血筋などどうでも良いのでしょう。民の不安を煽り、わたくしの統治を揺るがす口実が欲しいだけ……」
言葉を切り、窓の外に視線を投げる。
昼には陽光に満ちていた場所も、夜には闇が支配する。
……ルドルフが?
いいえ……、違うわ。
ルドルフは医師団長からの手紙によると、まだウィルマへの愛に囚われている。
ルドルフとは関係なく、『ルドルフの隠し子』を担ぎ上げたい者たちがいるのよ。
卑怯者たちが偽物の王族を仕立てて、自分たちの利益を守ろうとしているのだ。




