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Command Wand  作者: 赤茄子
第1章 Spread Spirits
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第50話 理由

 食事も落ち着き、みんなが各々団欒をしている。しかし、その中には入らず、『つれりあん』の7巻を閉じたまま胸に抱える百華の顔は、少し曇っていた。数分間こんな調子だ。


「先輩、大丈夫ですか?」


 理巧はそう声をかけるが、理由はだいたい察している。例の質問への回答だ。

 オカルトを否定しようとするサークルの理念と裏腹に、作ったサークル長自身はオカルト的な存在を求めているように思われる。理巧の感じたこの違和感を直接本人に問うたが、その返答は事件の解明が済んだ後でという約束になった。


「その、別に今日じゃなくても」


「ううん、大丈夫。――これ以上は先延ばしにしないよ」


 百華はそう言うと覚悟を決めたように顔を上げた。


「ちょっとみんないいかな。次元くんとの約束なんだけど、みんな揃ってるし、ここでこのサークルができた理由、そして私がオカルトを追いかける理由について話してもいいかな」


 百華の問いかけに各々が答える。


「私は聞いてみたいです」


「俺もっす」


「ボクも興味があるな」


 燐、陽斗、ファイはそう答えるが、


「八代、それは……」


 那由多だけは違った反応だった。何かを後悔するような、心配するような表情で言葉を放とうとするが


「このメンバーなら、大丈夫。那由多も、そう思うでしょ?」


 百華のその一言で那由多は続きを言うのを止めにした。


「私がオカルトを追う理由はね」


      ―――――――――――――――――――――――――


 二礼二拍手してから、目を閉じて神様にお願いする。心の中でこう呟いた。


『魔術師試験に合格できますように。あと、お母さんの研究が上手くいきますように』


 ――お母さんもお願い終わったかな?


 目を開けて、細い首を横に向けると、肩まで伸びたサラサラのクリーム色が揺れた。


「あれ、お母さん、どこ?」


 丸く大きな相貌には、ついさっきまで一緒にいた母の姿は映らない。日が傾き薄暗くなった境内の木々の隙間を、音を立てて突風が駆け抜けた。一斉に鳴き出すカラスと、今にも泣きそうな少女を置いていく。


      ―――――――――――――――――――――――――


 思えば私が『つれりあん』を黙々と読み進めていたのは、主人公の茜の境遇に自分のものとの共通点を見つけたからかもしれない。そして、早く幸せになって欲しいと、そうも思ってもいたのだ。


 私の父は防衛省の職員だ。私を武術の習い事に通わせ、時に厳しいこともあったが、きっと自分自身を守れるようにという不器用な愛情だったのだろう。父が守ってくれればいいのにと思いつつ、きっと国を守るのも大変なお仕事だから我慢した。


 私の母は魔素を扱う研究者だった。NIMT(ニムト)と呼ばれる魔法省所管の国立研究機関に勤めながらも、私との時間を大切にしてくれていた。そんな母を尊敬していたし、大好きだった。


 両親共に多忙ではあったかが、3人で暮らす幸せな家庭だった。


 ――でもそんな日々は小学3年生のある夏の日に終わった。母が行方不明になったのだ。


 父は母の捜索に懸命だったが、どれだけ時間をかけようと何も痕跡は見つからない。1年ほど経って父は心が折れてしまったらしい。父は忘れるように仕事に没頭するようになり、私と顔を合わせる機会もめっきり減った。


「百華のお母さんはな、神隠しにあったんだ。ふいに……何も無かった風に帰ってくるかもしれん」


 暗い顔をする百華に祖父が告げた言葉だ。行方が分からなくなってから1週間ほどして、私は父方の祖父母に預けられていた。


 神隠しとは何の前触れもなく人が忽然と消える現象だ。触れてはいけない祠を壊したのか。入ってはいけない森に足を運んだのか。口にしてはいけない呪文を唱えたのか。


 理由なんてどうでも良い。帰ってきてさえくれれば。でも同級生にとっては事実すらどうでも良いものだった。


 言語能力がそこそこに発展し、それでも稚拙な理解力と豊かな想像力を持つ小学生のコミュニティで曲解されながら噂は伝播していく。


「あの子、お母さんいないんだってね」


「授業参観にもいなかったね」


「捨てられちゃったのかな」


「夜逃げされたんじゃない」


「可哀想に」


「かわいそうだね」


「可哀想……」


「かわいそうだよ」


 いつから気が付かれていたんだろう。どこから漏れたんだろう。私は気づけば親に見捨てられた哀れな子というレッテルを貼られていた。噂されるのは嫌だった。勝手に哀れに思われるのが嫌だった。何より、大好きな母がひどい人間だと言われるのが本当に嫌だった。


「お前、まさか神隠しだとか信じてんのか? 現実見ろよ」


 小学6年生のとき、図書室で神隠しについて調べていた私にクラスの男子がかけた言葉だ。何も言い返せなかった。心のどこかで、いつか帰ってくるなんて希望に縋っているだけだとこの頃には気づいていたから。



 中学校からは祖父母の家から近いところにした。小学校までは車で送ってもらっていたのだ。過去を知る同級生はここにはいない。噂はここまで届かない。もう母のことは口にしないと決めていた。


 それにもかかわらず、


「八代って母親いないのか?」


 中学校で理由あって仲良くなった灰色の男子――まだ私より背の低い雨宮にそう言われた。年齢不相応に達観した価値観にクラスからは浮いていたが、妙に賢く頭がよく回った。誰にも話していないのに、言動から推測してきたのだ。


 突然心の内が暴かれたような気がして不安定になる私と一悶着あったが、かなり気にしていたのか謝りに来てくれた。少し照れくさそうなあの顔はそれ以来見ていないが、そのおかげで今でも顔はよく見ている。


 正直に母が行方不明であることを話した。神隠しに遭ったのだと信じていることも。雨宮はその話をこう言って信じた。


「可能性の1つとして否定はできない」


 肯定ではなかった。でも否定でもない。その言葉を聞いて涙目になる私を見て、おずおずする雨宮がこうも言った。


「もし、神隠しについて調べたいなら、オレも手伝うけど」


 中学生のうちは活動範囲も限られていたので、図書館やインターネットで神隠しやオカルトについて調べたりしていた。雨宮には勉強も教えてもらっていたので、高校は近くのそこそこの高校に入れた。


 その後、高校で超自然学(オカルト)同好会を作った。調査するという名目で情報を収集するためだ。部活にするには人数の条件がクリアできなかったが、妙に親身になってくれる科学の先生のおかげで、色んな現象を解明できた。


 日常の隙間に潜む非日常を、理屈の裏に隠れる不可思議を自分の持てるだけの知識と集めた情報で解明するのは楽しい。時折、本来の目的を忘れることがあるくらいにだ。雨宮は最初から私の気持ちの矢印を逸らそうとしたのというのは考えすぎだろうか。


 だから、私は次元くんにオカルトを追う理由を問われたとき、どう答えるか悩んだ。母を探しているのだと答えるのか。それは一体理由の何割を占めるのだろう。第一、神隠しを信じているなんて言ったらなんて思われるか。


『現実みろよ』


 いつか言われた言葉が脳を掠める。そうだ、現実的じゃない。幼稚で楽観的な、仮想でしかない理想期待。


『全くないと言えるのは、別の仮説が立証されてからです』


 ――いいや、違う、もっと早く思い出すべきだった。


 UFOの正体にUFOを代入したふざけた仮説を披露したときに、言われた言葉だ。私の名誉のために言っておくと、1年3人組のために仮説のハードルを下げたかったのもある。結果的に下がりすぎてしまった感は否めないが。それでも1年生3人は素直だった。からかわれているんじゃないかと勘違いするほどに。


 ――ありのままに話そう。母親が行方不明であることを。神隠しについて調べていることを。今はちょっと、超自然学(オカルト)を楽しんでいることを。


      ―――――――――――――――――――――――――


「ちょっとみんないいかな――」


 全てを打ち明けた百華は満開の笑みを咲かせていた。

これにて第1章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございます。物語は終わるはずも無く、まだまだ続きますので、また第2章でお会いしましょう。ブックマークもお忘れなく!

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