第35話 原作改変
目が覚めて、初めて視界に映るのは知らない天井だった。この天井は知らないが、私がここにやって来た理由なら知っている。
日々の生活に絶望し、未知との遭遇に希望を見つけ、私を連れて行ってと懇望したのだ。
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中学1年の夏休み。無駄に青い空の下、茜は陽炎で揺らめく地面を歩いて公園にたどり着いた。公園の蛇口を捻って水を出すと、ゴクゴクとその渇いた喉を潤す。そして、潤した喉に水をまた送る。また、いやまだだ。潤すだけじゃまだ足りない。
それじゃあ腹は満たされない。
私にとっての夏は、野生動物にとっての厳しい冬だ。家に置いてある食料は、親の買い貯めたカップ麺や冷凍ご飯だけ、とても1週間は持たない。ヒトは冬眠できない。だから計画的に少しずつ消費する。そして、食べないときには飲むのだ。
タプタプになったお腹をさすって、それでも消えない飢餓を感じながら木陰に座った。ふと、視線の先で遊ぶ女の子とその父親であろう男を見る。見ると思ってしまう。
「なんで、変わっちゃったんだろう」
ここは都心から少し離れた”壁”の外側、POFによる労働力の削減が制限される地域だ。父は普通の会社員でそれなりの収入があった。小学5年生のあの日までは。
その日、父の努めていた会社が突然倒産した。端的に言えば”壁”の内側の企業に価格競争で負けたらしい。経営はギリギリだったそうだ。
「今日からここが家だ」
父がそう言って指さしたのはボロアパートだった。引っ越しで使った私の荷物はリュック1つだけ。必要最低限の物以外は売ってしまったらしい。変わる環境に戸惑う私だったが父はまだ優しかった。家族で一緒なら変わらないとも思った。
しかし、ページを1枚捲る間に家庭は崩壊した。
最初は母の買い物が原因だった。それが父の中で燻っていた何かに火を付けた。
「そんな高い服買う余裕どこにあるっつんだ!」
「家計を管理しているのは私でしょ!」
両親の怒号が私の寝る部屋まで響く。
「そのカネがどこから来たと思ってんだ」
「あらやだ。日雇いでたまにしか出ないあなたより私の方が稼いでるわよ」
「――――」
「ぐうの音も出ないわよね。だったら……」
次の瞬間鈍い音がなった。父が母を殴ったのだ。
「い、痛い」
震える母の声を聞いて、私は布団をかぶって必死に眠りについた。
次の日から母は父に逆らわなくなった。順従するほど怖かったのだろう。でも、可哀想と思ったのもつかの間だった、父からの暴力の八つ当たりは私に向いたのだから。
よく分からない理由をつけて怒鳴りつけられる。父が私には暴力を振るわないのをよく思わなかったのか、私が色目を使っているなどと言って髪を切られた。言いがかりかなんて関係ない。母は自分自身に言い訳ができればそれでいいいのだろう。私は髪型を急に変えたのを友達にどう説明すればいいのか悩んだというのに。
それからしばらくして、母はパートもやめてほとんど家に帰らずに遊び歩くようになった。父から開放されたいのもあっただろうが、何より遊び相手の若い男の人ができたらしい。
父は私が起きている間、ほとんど寝ている。たまに夜に仕事に出かけては、お昼ごろにお酒を飲んで帰ってくる。私には手をあげないけれど、あの頃の優しい父はもうどこにもいない。
「ーーん? あれ」
気がつけば日は傾き、カーカーと烏が鳴いている。少し昔を思い出している内に木陰で寝てしまったらしい。起きたときには木陰ではなくなっていたが。
「なんかすこしクラクラするな」
ただでさえ栄養失調ぎみなのに、夏に外で寝ていたとなれば熱中症になりかねない。
「今日はカップ麺……」
フラフラになりながらも夕食を思い浮かべて歩く。家までは10分ぐらいだ。
「あれ、こんな場所に神社あったっけ」
やせ細った私も通れないないような小さな鳥居の奥には祠があって、その扉が少し空いている。隙間から見える台の飢えには白い紙の上に何か置いてある。手を伸ばして取ってみる。
「飴玉?」
手にした小さな玉は夕日にキラリと光り、奥を覗けばそのまま吸い込まれてしまような空色だった。でも、よく見ると白い粉がついているような。不思議な玉に魅入られていると、曲がり角から人がやってきた。今これを祠に戻せば、怪しまれるのではなかろうか。
そう考えたが早いか、玉を右手に握りしめたまま走り出した。
これが未知との遭遇とも知らずに。
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「なるほどね。なんか思ってたよりずっと重いね」
「あれ、八代先輩それって」
サークル部屋で漫画、『つれりあん』を読んでいたのは百華、そこにやって来たのは理巧だ。
「赤いドレスってどこで出てくるんだろうって思ってさ。今読み始めたとこー」
「僕、アニメちゃんとは見てないんですけど、既に放送された2期までの範囲では出てきてないですね」
まぁ理巧のいう"ちゃんと”とは同じ話数を何度も見返して考察することなので、一通り視聴してはいるのだが。
「確か出てくるのは7巻の終盤だぞ」
アニメしか見ていない理巧を補足するのは空中にポンッと現れたファイだ。
「あ、ファイちゃんおはよー。にしても7巻か、結構あるなー」
「それにしても、漫画読むの結構速いですね」
「そうかな? これまだ1話目終わったところだけど」
首をかしげる百華に理巧は自身の記憶を確かめる。
「あれ、でもその話、アニメの2話目だった気が」
「アニメとマンガで物語の進行が変わるなんてよくあることだろ。『つれりあん』を原作の順番のままアニメ化したら1話切りされちゃうからな」
と、ファイが理巧を納得させる。漫画や小説をアニメにするならこうした変更は珍しくないことだ。




