第34話 会遇
「ふー、お腹いっぱい」
「僕もです」
「にしてもその指輪でお会計できたんだね。でも珍しー、スマートをウォッチとかはよく見かけるけど」
「腕時計は締め付けがちょっと苦手で」
話に上がったのは理巧の右手の人差し指に嵌められたスマートリングだった。ちなみに左手にも1つ嵌めている。
ハンバーグ店を後にした2人はショッピングセンターの出口を目指していた。
「そういえば、八代先輩ってどこら辺に住んでるんですか? 生まれも育ちも彩珠って話でしたけど」
「あー、今住んでるのはここからちょっと南に行ったところのマンションなんだよね」
マンション、それも市内中心地となるとかなりの家賃になるはずだ。
となると、
「家族と住んでるんですか?」
「いいや、さっきも言ったけど一人暮らしだよ。あ、次元くんはガジェット売り場に走ってっちゃったから聞いてなかったかー」
「すみません」
あっとした顔をして謝る理巧だが、からかうように笑う百華は気にしていない様子だ。
「まぁでも、一人暮らしって言ってもお父さんが借りてる部屋なんだけどね。仕事で帰ってこないから、だいぶ長めのホームアローン、かな」
「へーじゃあ一人暮らしは大学生になってからですかね」
「そうだね。これで1年ちょっとか。中学・高校は新田街で暮らしてたんだけどさ、どうしても一人暮らししてみたくって」
「じゃあ、もしかして雨宮先輩とは中学で出会ったんですかね」
以前、那由多が大学付近に実家があると話していたのを思い出して、理巧はそう推測する。
「そうそう。私が最初に雨宮と出会ったときは、まだ私の身長高かったんだよ」
理巧も身長の低いわけでは無いが、それよりも背の高い今の那由多を思うと、百華の方が背の高い状況が想像しづらい。今の那由多は180 cm弱あるのではなかろうか。
2人でそんな会話をしながらショッピングモールを歩き、エスカレーターを使って下っていると百華が何かを見つける。
「ねぇ次元くん、あれって」
「あ、『つれりあん』のポップアップストアですね」
累計発行部数1700万部の超人気漫画。アニメは2期まで放送し続編の制作も決定している。漫画やアニメを見たことがなくとも、作品名やアニメの主題歌なら知ってるという人も多いだろう。
故に、
「すごく混んでますね」
「——! 次元くん、ちょっとこっち」
「おぉっと」
エスカレーターを降りたところでまたもや百華が何かに気付いたようで、理巧の右手を掴んでポップアップストアとは反対側のエスカレーターの影に隠れた。
「急にどうしたんですか? あと、手離してもらっても」
「あ、ごめんっ」
慌てて百華がパッと手を離す。異性に手を掴まれようが理巧は照れたりしないが、細い指からは想像できない握力で、正直ちょっと痛かった。
「誰かいたんですか? 会いたくない人とか」
誰かから身を隠すような百華に理巧が尋ねると
「やつがいた」
と答える百華。まるで寝る前の寝室に蚊でも見つけたかのような嫌そうな顔だ。理巧は今のところ誰のことか分からないが……
「パーマ頭の?」
「そう」
「メガネをかけている?」
「そうそう。そして——」
「せ、先輩……」
百華は理巧の声を聞いてようやく気が付く。アキネーター終盤のごとく的確に特徴を当てるのは理巧ではなく——
「そして、何だい?」
——百華が見つかりたくない相手本人だった。
「先生、いつの間に!」
「先生のことを『やつ』呼ばわりとは感心しないな」
驚く呼び声に応じるように丸縁メガネをクイッとしたのは、彩珠魔法大学魔法文化科の教授にして、超自然学サークルの自称顧問である錫木だ。
「私は関心がありません」
「んな!?」
百華の辛辣な返しに錫木は狼狽え仰け反った。多分こういう大げさなリアクションも、百華にとっては怪しさを感じる減点ポイントなのだろう。
「それにしてもこんなところで会うなんて、2人もアニメグッズを求めて?」
「違いまーす、でもホントこんなところで遭うなんて。じゃあ私たちもう帰るところなので」
淡々と話してこの場を離れようとする百華だったが、
「ちょっと待ちなよ。動画に映るキーパーソン、赤いドレスの少女は主人公の茜のコスプレって話だろ。そしてその少女は行方不明」
と、錫木はUFO事件に話を変えて引き止めた。
「そうですけど、どこでそれを?」
サークル部屋にしばらく来てない間に得られた情報も知る錫木に理巧は不思議がると、
「そりゃー、僕は君たちの顧問だからね」
「こういうところが怪しいんだよ」
錫木の返答に対して百華が理巧に耳打ちした。
「さて、そしたら君たちにはこれを授けよう。何かの参考になる」
そう言って錫木は紙袋から円筒状の何かを取り出し百華に手渡した。
「それ、アニメのポスターですか?」
「そうだ。赤いドレスを着た茜の描き下ろしイラストが使われてる。あぁ、心配しないでくれそれは布教用で、鑑賞用と保存用は別に買ってある」
「そこは、全く心配してないですけど…… でもまぁありがとうございます」
百華が渋い顔でお礼を言う。
「多分またしばらくは顔を出せないだろうが、調査頑張りたまえよ」
「はーい」「はい」
2人の返事に頷いて錫木はその場を去った。
「それじゃ、私たちも帰ろっか」
「はい」
そう言って2人もこの場を後にするのだった。
「なんか私疲れちゃったー。さっきのハンバーグのカロリー、これでチャラかな」
「そんなにエネルギー使いましたかね……」
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「【遮音】」
詠唱とともに男の周りに空気の膜が形成される。風属性の【遮音】はこの膜を内部の音と逆位相に振動させることで外部へ漏らさないようにする魔法だ。
男は昼過ぎでも薄暗い路地裏にこうして防音室を作ると、携帯端末で通話を始めた。
「どうだ、『鴉天狗』。成果の方は」
「成功だ。CN-23824の改竄は済ませた。味を変えずに効能だけ消す、開発部門もよく作ったものだな」
「本当にな。中国支部にはこちらから連絡しておく」
「了解だ。それじゃあまた、何かあれば連絡する」
「引き続き監視の方も頼むよ」
「あぁ、もちろん」
そう言って通話を切った男——『鴉天狗』は、魔法を解除すると路地のさらに奥に消えていった。魔法を使わずとも、足音1つ立てずに。




