第32話 先延ばし
「ここだ、ここだ」
ちょうど先週にもやって来た新都心、駅の反対口の大型ショッピングセンター内に目的のお店はあった。
「あ、ちょっと混んでますね」
「ホントだー。あ、スマホで呼び出しの登録できるみたい。ちょっと時間かかりそうだけどいいかな?」
「大丈夫です」
百華が携帯電話を取り出しカメラでQRコードを読み取る。Webアプリで登録ができるようで理巧がシステムに感心する。
「いやー悪いね。このお店すごく美味しいってのは聞いてるんだけど、流石にハンバーグ専門店に1人じゃ入りづらくってさー」
「確かに女性だけじゃちょっと入りづらい雰囲気ですね。でも雨宮先輩とか誘えばいいんじゃないですか?」
「だって、こういうところに男女2人だけで来るとデートみたいじゃない?」
理巧は一瞬考え、自分の性別を確かめた。――男だった。
「先輩、あの、今も男女2人なんですけど」
「え? でもファイちゃんもいるでしょ」
そうだった。ファイを1人として数えてくれるのは理巧としても喜ばしいことだ。
「ん? あ」
が、そういえば動画の解析をするとか言って
「今日はファイ、お留守番でした」
「――――」
理巧の言葉に百華は固まる。そして普段の色白な顔を紅潮させ、
「ご、ごめん。あの、えっと、その、そういうつもりじゃなくて……」
「先輩落ち着いてください。僕はそういうの気にしないですから」
理巧は気を利かせた返事をし――たわけではなく、自他ともに認める草食系を超えた植物系男子としての態度を取ったのだった。
「でも、そっか、男の子と2人きりかー」
顔を背けたまま百華は呟くが、
「何か言いました?」
と、理巧の耳には入らなかった。
「んっううん。それより、時間潰さないとだね」
「先輩の見たいお店行ってもいいですよ」
顔色1つを変えなずにそう言った理巧は、百華に「こういうことに慣れてるの?」というあらぬ誤解を招いた。
そんなことを知らない理巧は早くさっきの話に戻りたいが、続きは食べながらと言われた手前今切り出すのは野暮だと判断したので、ひとまず百華についていくことにする。
「私ここ見たいかもー」
「いいですね」
そう言って百華の立ち寄ったのは、生活雑貨の専門店だ。
「私一人暮らしだからさー、こういうお店ってワクワクすって次元くんどこへ?」
「ガジェット売り場覗きに行くので、先輩も好きに回ってください」
雑貨屋や100円ショップでも、ひとまずお店に入るとガジェットや電子小物売り場に行きたくなるのは理巧の生態の1つだ。子供がスーパーに連れられたときにお菓子売り場に走り出すのに似ている。
「おーこないだ動画でレビューされてたやつだ!」
「もーせっかく2人で来たんだから、一緒に見ようよ」
理巧を追った百華がそう告げると、
「あ、すみません。あまり人とお店とか回ったことなくて」
と、理巧が返事をする。鳥とならあるのだが。
「あれ、そうなの? 友達としないの、ウィンドウショッピングとか?」
「1人、パソコンのウィンドウの中でショッピングならしますけど……」
理巧は小中高と友達こそ普通にいたものの、学校外でその友達と合うことはほとんどしなかった。1人でパソコンの前に座っている方が性に合っているのだ。
例外的に学校の外でも会う仲の陽斗と燐とも、あの一件が無ければ今の関係はなかったかもしれない。
その2人とも買い物のために出かけたことはない気がする。一緒に入ったお店というとは飲食店かコンビニくらいなような。
「あ、あははー。なんか意外だね」
と、百華も思わず苦笑い。話題を変えるべく目についた商品を手に取る。
「わぁーこのスマホケースかわいい!」
「スマホってケースいっぱい種類あっていいですよね」
理巧もスマホケースを眺めながらそう話す。
「あっ、次元くんって電話、スマホじゃなかったね?」
「そうなんですよ。軽量でコンパクトなので気に入ってはいるんですが、ケースっていうかカバーが基本純正のしかなくって」
そう言って理巧がポケットから取り出したのはマーカーペンのような細長い棒状のもの。円柱を半分に割くと、内部に巻き取られるように格納されていたディスプレイが展開され、スマホサイズの画面になった。
裏の透ける透明な画面だが、タップすると普通にホーム画面が開かれ裏は透けなくなった。この性質を利用して、カメラ使用時に画面を透明にし、撮影者の目から画面の中に見えるであろう範囲を撮影するという独特な撮影方式がある。
独特すぎて理巧は購入当初しか使ったことがないが。
「それってタブレットにもなるんでしょ?」
「そうなんですよ!」
そう言いながら、さらに画面を広げると21 cm――ヤード・ポンド法の衰退前でいう8.3インチのディスプレイまで広がった。漫画や小説を読むのに最適な大きさだ。ちなみに実はまだ伸びる。
正直独特なカメラなどはどうでも良くて、スマホとタブレットを両方持たなくても、両方持っているのと同じように使えるところが、このデバイス購入理由の1つだ。
「それ名前なんて言うんだっけ」
「シリンダーフォンです」
「おーじゃあダーフォンだ、ダーフォン」
「いや、略すならシリフォンですけど」
顔認証に指紋認証、導電軟化透過ディスプレイ、おまけに空中結像まで出せる。多くの技術の詰め込まれたデバイスに理巧はロマンを感じて……ロマン。
「ーー八代先輩がオカルトを追いかけてる理由ってロマンがあるからですか?」
「ロマンねぇ。それも、ちょっとはあるけど……。あ、呼び出しの通知が」
百華は通知が来て会話が遮られたことに少し安堵したような、でも申し訳無さそうな顔をする。
「……続きは食べながら、でしたね」
そんな百華の顔を見て、理巧はその場では聞かないものの、それでも聞かないという選択はできなかった。
気になっても調べれば情報の手に入ることが当たり前な理巧にとって、好奇心は抑えがたい。だが何より、身近な人間についてインターネットから情報を得ることは理巧にとって禁忌だった。本人の口から聞きたいのだ。
だが、
「ごめん、やっぱり食べ終わってからでも、いい?」
それでも先延ばす百華に理巧は自分の選択を後悔した。




