第29話 背理法
日本において魔法の名称の表記は日本語だが、発音は英語であることが一般的だ。これは詠唱をPOFが音声解析するのに英語の方が蓄積された学習データが多く、魔道具に術者の求める魔法を正確に認識させるためである。
これに影響を受けたのか電脳生命体についても、名称は四字熟語、発音は横文字というIUPACが音を上げるような不可思議な命名規則がある。
ちなみにIUPACとは国際純正応用化学連合のことで、物質の構造に基づいた系統名、それをつけるための命名規則を作った団体である。例えば、オキシダンという系統名を持つ化学物質は、慣用名では水と呼ばれる。ただの水だ。
さてそういう意味では、ファイという名称は慣用名に当たる。ファイの正式名称は現象鳳凰。プロジェクトAQBで開発された最初の電脳生命体である。
電脳生命体はどの個体もIQ120程度の頭脳を持つ。これだけでは人類の上位7.5 %ほどの頭脳でありAIも大したことないという印象だが、電脳生命体はある特定の分野に関してのみ高い知識と処理能力を持つほか、情報端末や通信機器を自由に出入りできるという特性がある。
ファイの能力は魔術のプログラミングである魔法記述体系のコーディングと魔法戦闘、とりわけ理巧の支援に関して優れている。それに加えて理巧の教えたコンピュータースキルによって、外部のソフトウェアを使えばさまざまな情報処理が行えるのだから頼もしいものだ。
そんな優秀なファイに頼まずとも、最悪写真の撮られた場所を写す防犯カメラ自体は21本の動画全てを見ていけば見つかるだろうが、結局他のカメラにも忍びの姿写ってないか確認することになるので、まとめて位置を把握しておきたいのだ。
ファイはCADソフトを立ち上げて駅構内のマップと写真から駅構内の3Dモデルを作り出す。作った3Dモデルには簡単にテクスチャも貼り付けていった。
続いて、防犯カメラ映像から人の写っていない静止画を入手するため、動画の各フレームの人のいない部分を切り取って継ぎ接ぎしていく。
そうして作成した画像を分析ソフトにかけて深度推定をし、3Dモデルと比較して奥行きと見た目から最もそれらしいカメラの位置と向きをPOFに調べさせる。
「できたぞ」
「やっぱ早いな」
ファイが画面に入ってから飛び出してくるまで僅か5分だった。
コンピューターが実際に処理を行うCPUの性能は、昔よりはるかに上がっているとはいえ、コンピューターを使う側の入力速度は昔と変わらないため、比で見ると入力から出力までの時間――ターンアラウンドタイムは大して変わらないのが現状だ。
対して電脳生命体は自らが特殊なコンピューター内に存在するため、他のコンピューターへの指示が速い。やり方さえ教われば専門外のことでも人とは比べ物にならないスピードで熟すことができる。
「これにカメラの位置と向きが記録されてるぞ」
理巧の目の前に広がる超横長のウルトラワイドモニターの中で、ファイは片翼を広げて1つのファイルを示した。
「マジでありがと」
「――――」
「ファイ、どうかしたのか?」
「いや、ちょっと試したいことができたかもしれん。それじゃあ理巧も頑張れよ」
そう言ってファイは再びモニターに入り込んでいった。ファイはUFO騒ぎの映像を見直していたはずだが、一体何に気が付いたのだろうか。まぁファイのことだから、きっと画期的なアイデアを思いついたのだろう。
さて、自分は自分でやることをしようと理巧はファイの作成したファイルを開く。
通り馬の写真は地下鉄駅構内の特大広告を撮ろうとしたらしいが、視界に見慣れないものが入り込んだためにカメラをそちらに向けたそうだ。そしてその写真、一般通路と関係者専用通路を分ける鉄製の門扉の奥にそれは映っている。
その門扉が映るような防犯カメラを確認。該当する映像を再生して目的の時刻まで進める。
しかし、
「あれ、何も映ってない?」
確かに写真の撮られた時刻と場所だが、映像に忍びの姿はない。理巧は映像を少し巻き戻して再度確認するも、やはりどこにも見当たらなかった。
「ん、いやでもそうか」
理巧はこの写真を本物だとして作業を進めたが、所詮はダークウェブで拾った画像だ。この写真が本物である確証はない。自分の求める情報のために信じ込んでいては白函のハッカーは務まらない。理巧はそう反省し、画像解析ソフトで編集の痕跡を探る。
「あれ、編集の痕は無さそうだな」
ここは編集の痕がやっぱり見つかって理巧の反省が活きるべき展開を求めていたが、写真の方はどうやら本物らしい。
写真と映像で内容が食い違ってる以上、どちらかが本物でもう一方が偽物のはずだ。そして今、写真が本物だと分ったので映像が偽物であることは自明である。
まぁ一応確認として理巧は防犯カメラ映像の方も解析ソフトにかけるが、
「はぁ!? こっちも以上なし?」
意味がわからないと理巧が思わず声を上げる。
理巧が目の前にしているのは論理の破綻。AかつAバーは自然演繹で矛盾を導くのだ。
「あり得ないだろ……」
理巧は画像と映像を再び、解析にかけるも結果は変わらず。しょうがないので別の解析ソフトを探してダウンロード。今はインストール中だ。
あり得ない。いいや、このソフトでも写真と動画に編集の痕を検出できないとなると、実際のところ考えられる可能性は1つだけだ。
「解析ソフトで検出できないレベルのディープフェイクが存在するということ」
解析ソフトがフェイクを見破れるという仮定のもとで矛盾が生じた以上、論理的に考えれば仮定が誤りであったことになる。その場合、UFOの写っていた映像の真偽すら揺らぐのだが、それがファイの感じた違和感の正体だろうか。
―――――――――――――――――――――――――
結論から言えば、別ソフトでもフェイクは検出できなかった上に、スレッド主のいう電車内の防犯カメラ映像にも何も写っていなかった。
もっとも車内カメラについては、車内が反射して見えづらかった。もし主が本当に忍びの姿を見たのだとすれば、おそらく窓際に立ったことで車窓に自身の影がかかり、反射光が抑えられて車外が見えやすくなったのだろうと理巧は考える。
「解析に引っかからないフェイク映像なんてとんでもないな。いくらでも悪知恵がはたらく」
白函内でも聞いたこのない技術に理巧はそう口にする。口ではそういいながら、その両手の指はキーボードを素早く叩き続け、サーバーへの不正アクセスの痕跡を跡形もなく蒸発させていた。
本当はAかつAバーじゃなくて$A\land\bar{A}$って書きたいです。




