第30話 忍相書
会議室に通される2人。茶髪の男がブラインドカーテンのかかった窓際に立って外を見つめている。
「こんにちは。田口さん、ですよね?」
理巧の横を歩く百華がそう声をかけると、男、魔対の田口は2人のいる入口に振り向く。
「おー2人とも、よく来てくれたね。まぁとりあえず座ってくれ」
田口の言葉に従い、目の前の椅子を引き腰を下ろす。
「さてと、まずは言わないといけないことがある」
真剣な顔つきになった田口に、2人は身構えるが、
「ありがとう。民間人を脅威から守ってくれたことに、最大限の感謝を」
ぴんと伸びた背筋と深く折れた下げられた頭からは誠意と謝意がよく伝わる。魔対としての責任感から来るものだろう。
「いえいえ、僕は魔術師としての責任を果たしただけですから……」
と、社交辞令のような返答をする。
しかし実際には、理巧が杖を抜いた理由は自分の身を守るためだった。結果的に周りにいた他人も助けることにはなったが、そこまで考えて立ち回ったわけではない。身近な人物でその手の正義感が強いのは理巧ではなく陽斗だ。
だが、そんな理巧に対して、百華の返答は違っていた。
「まぁ私は次元くんに加勢するのに必死で、周りの人達を守れたのは結果論ですけどね」
正直に話す百華の言葉に、理巧は少し恥ずかしくなった。自分の身すら守れていないではないか。こういうところに普段から隠し事をしている弊害が現れているような気がして。
そんな感傷を余所に再び田口が口を開く。
「いいや、結果論だったとしても感謝は薄まらないさ。確かに日本の魔術師は魔法の関わる事件への協力を要請されることがあるけど、一番に優先すべきは自分の身の安全であることは覚えておいてくれ」
「分かりました」「はーい」
2人の返事を聞いて田口は安心したような顔をする。
「とはいえ、知ってのとおりうちの組織は人員不足でね。正直君たちみたいな存在は助かるよ。なのにこの関東全域を1つの事務所で監督とか、発足当初から組織規模変わってないのおかしいだろ、ってのはここだけの話ね」
理巧も百華も思わず苦笑いする。
そもそも魔法犯罪対策官になるためには、受験者合格率平均がおよそ30%の第五階級魔術師試験に合格しなければならないので、人員不足は当然と言えば当然とも言える。
「あ、自分の身の安全優先なんて言っておいてなんだけど、君たち第五階級でしょ。国家公務員試験受かってくれれば即採用だから、進路に迷ったらおいで」
「いやその試験も難易度高すぎますって!」
突然の勧誘に百華も無理だと音を上げる。
「とまあ冗談、でもないけど、ひとまずこの話はおいておいて。そろそろ例の襲撃について聞き取りをさせてもらおうか」
そう言った田口はその右手をホワイトボードに伸ばし、くるっと裏返す。
「なんかドラマでみたことあるやつだ」
「もっと空中ディスプレイとか沢山使ってるのかと思っていました」
「『箒飛べども車は飛ばぬ』っていうだろ」
「その言葉、諺みたいに使う人初めて見ましたよ」
倫理や法律的理由から部分的にしか近代化しない現代を表す、割と最近生まれた言葉だ。
理巧の周りだとAIに空中結像と普段から最先端技術を目にするがこれは普通ではなく、研究施設や一部の開発地域、東京みたいな大都市でしか通常目にしないものだ。
「さてと、まずはあの広場で爆発を起こしたのはこの忍者で確かか?」
田口はホワイトボードに貼り付けられた一枚の絵を指してこう質問した。
「そうですね」
「私たちが見たのはそいつです」
「そうか」
田口は2人の肯定を受けて怪訝そうな目で絵を見直す。
黒の鉛筆で描かれたそれは、全身を布で覆いヘッドセットをつけたあの忍びの姿そのものだった。特徴を的確に押さえたその絵を見て、百華が田口に質問する。
「それにしてもその絵、どうしたんですか?」
「あぁ、事件時現場にいた人たちから聞き取り調査して得られた特徴から……」
「あぁすみません。そうじゃなくて、現場の防犯カメラに映ってなかったのかなって」
百華の聞きたかったことはそうではなかった。そして、その質問に理巧は先の地下鉄での忍者目撃のスレッドを思い出す。
もし、地下鉄の防犯カメラと同じだとしたら、
「すまない写真じゃなくてなんで絵なのかってことか。そのことについてはこれから話そうと思ってたんだ」
理巧は続きに集中する。
「君の言うとおり、現場に防犯カメラはあったし、君たちの戦ってる姿も映ってる。でも、君たちや他の目撃者の言う忍者は、どこにも映っていないんだよ」




