第23話 狐螺津
コックリさんの科学的仮説は予期意向と不覚筋動の2つから説明される。前者は質問する際に自分の頭の中で回答を予期してしまうこと。後者は疲労などから無意識のうちに筋肉が動いてしまうことだ。地中にある宝物を探る謎技術、ダウジングの原理も不覚筋動ではないかといわれている。
要は、自分の中の答えに無意識のうちにコイン、今回でいう十円玉を動かしてしまうのだ。とはいえこれを知っていたとしても、実際に目の前でコインが動くのは奇妙なものである。
「コックリさん呼べたみたいだね。雰囲気だけでもって思ってたのに……何か質問してみよっか」
「百華さんがお手本を見せてください」
燐の提案にそれじゃあと百華は考えて、
「コックリさん、コックリさん、質問です。今日は何月何日ですか?」
すると、十円玉はゆっくりと、いや意外にも俊敏に動き出し文字をなぞる。
『4か゛つ16にち』
「ありがとうございます。コックリさん、鳥居の位置にお戻りください。今日の日付は4月16日。うん、合ってるね。そしたらこういうやり方で質問を繰り返す感じで、」
「や、八代先輩が指を動かしてるんじゃないんですか?」
「残念ながら?上に乗せてるだけだね」
そう言う八代先輩は、残念がっているというより喜んでいるように見える。
「それでは、次は私が質問してもいいですか?」
「いいよいいよ」
次は燐の番だ。陽斗のことを一瞬見てからその口を開く。
「……コックリさん、コックリさん、質問です。陽斗は怖がっていますよね?」
「ちょっ、燐っ、」
質問というより確認というべき燐の発言に、十円玉がグッと動き言葉を紡ぐ。
『すこ゛く こわい』
「だ、だから別に怖がってないし」
引きつった顔で否定する陽斗だが、正直コックリさんに聞くまでもない。「はい」か「いいえ」かで答えられる質問なのに、わざわざ強調されるとは……
「ありがとうございます。えっと、鳥居の位置にお戻りください。次は陽斗の番ね」
「うぅ、俺もやるんだな……えっと、何がいいかな」
「当たり前でしょ」っという燐の返事に少し考えてから、意を決した様子で質問を口にする。
「……こ、コックリさん、コックリさん、質問です。えっと、燐は俺のことが――」
理巧と那由多が息を飲む。ここで聞くのか。
「――俺のことが、嫌いじゃないですか?」
っちっがーう!っと、そんな2人の下世話な憮然をよそに、十円玉はゆっくりと動き出し、
『いいえ』
「あ、ありがとうございます。鳥居にお戻りください。よかった」
どこか、生き返ったかのような顔をして安心する陽斗。
「嫌いなわけないでしょ。何よりそんなこと私に直接聞けばいいじゃない」
「だって、いつも俺にだけ敬語じゃないし。直接聞くの怖いし」
「ん、それは……」と燐が口を紡ぐと、代わりに百華が口を開いた。
「じゃあ、次はまた私がやってもいいかな」
悪巧みをするような顔で八代先輩が質問する。
「コックリさん、コックリさん、質問です。えっと、任意の自然数 n に対して、n が偶数の場合2で割り、n が奇数の場合3を掛けて1足す操作を考えるとき、どんな初期値からも有限回の操作で1に到達しますか?」
1年3人組は唖然とし、那由多は呆れた顔をしている。
「幽霊は信じてないが、分かるなら証明してもらいたいものだな」
ファイは回答に期待している様子だ。
3n+1問題、内容自体は百華の述べたとおり小学生でも理解できるレベルの話だが、20世紀半ばにこの問題が知れ渡ってから早一と半世紀、この問題は誰も完全に解いたことのない数論の未解決問題となり、今も多くの数学者を悩ませ続けている。1に達するという演繹的推測はコラッツ予想とも呼ばれる。
これを知るからこそ、皆がコインの動向に注目する。しかしコインは少し動くもさっきまでの機敏さは無く、急に方向音痴かのようになっていた。
「あれ、おかしいな。コラッツさん、コラッツさん、あっ間違えた」
『わざとですか』『わざとだろ』『わざとですね』と皆が心の中で思う中、百華は再び質問を繰り返す。すると、コインはゆっくりと動き出し。
『わたしは しんに おと゛ろくへ゛き しようめいを みつけたか゛ これらのもし゛て゛は それを のへ゛るのに すくなすき゛る』
そう記したのち、勝手に鳥居へ戻ってしまった。瞬間、部屋の緊張感がなくなり、皆の表情も弛緩する。
「間の入れ方が防災無線並みの完璧な文節切りですね」
緊張感の喪失に燐も独特な比喩で感想を述べる。
「お、終わったのか。もう指離してもいいんすかね」
「い、いいと思うよ」という百華の言葉を受け、陽斗は素早く指を離す。
「コックリさんって動物の霊って話だけど、フェルマーさん来ちゃったね」
フェルマーとは、フェルマーの最終定理という元未解決問題を数学界に残したフランスの数学者だ。数多くの証明を行なった偉大な数学者であったことは確かだが、フェルマーの最終定理について
『この定理について、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる』
と、証明を書かないまま亡くなったという都市伝説のような話がある。日本のコックリさんがどうしてそんなことまで知っているのだろうか。百華はとても不思議に思った。
「不思議だね、雨宮」
「え、あぁそうだな」
那由多はそう返しながら目を逸らし、杖をポケットに隠したのだった。




