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Command Wand  作者: 赤茄子
第0章 Occult Occasion
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第3話 魔法箒

『――前橋、彩珠では最高気温が昨日よりも上がり、高いところで23℃となるでしょう。東京、千葉、横浜では――』


 朝も聞いたような天気予報。近頃春の割に少し暑いのだ。


「テレビを消してっと。よし、準備OK!あぁバッジ付け忘れてた。あぶない、あぶない」


 玄関を開けると春の暖かい風が忙しく駆けている。


「行ってきます。今日は風が強いから気をつけないとなぁ」


 彩球市内のあるマンションから1人の少女が通学を始める。

 エレベーターで地上階まで降りて建物から出た。すると歩道のわきにずらりと並ぶ細長い何か。人の身長以上はあるそれらは1つ1つが、なにやら台に接続されていて、


MOORB(ムーブ)を開いてっと」


 ケータイでアプリを立ち上げて、カメラで細長いそれについたコードを読み取ると、カッチャっと台のロックが解かれる音がした。

 彼女はそれを手を伸ばす。持って使う……訳ではない。そもそも、それは彼女の身長ほどの長さで、おまけに下部には何やらエンジンのような部品もついている。重たくて持てるはずがない。


 彼女が台からそれを外そうとすると、それは下端を支点に地面に向かって倒れ始める。そして、ガタンッという歩道に激突する音が鳴り響……かない。

 なぜならその細長いもの、箒は、地面と平行に一定の距離を保って宙に浮いていたからだ。


「よいしょっと」


 箒の棒の柄には座れるように少し柔らかくなっている部分が付いていて、両足を揃えて少女がそこへ横向きに座ると、箒は少し沈んで元に戻った。いつもの感覚っと、箒についた操作を握ると、


「じゃあ、しゅっぱぁーつ!」


と言って箒通学を始めた。


 箒と言っても金属製の流線的なボディで、見た目こそ似ているが、ゴミを掃こうとすればそのまま地面も抉れるようなデザインだ。もっとも箒を持てればの話だが。


 さて、魔素は既知の元素とは異なる素粒子から成る粒子である。魔素によって構成される物質は特異な性質をもつものが少なくない。この箒に使われている魔法物質は浮化(ふか)カルシウム。慣用名として飛翔石(レビスタイト)とも呼ばれるこの青みがかった物質は、幽電気(ゆうでんき)を流すと反重力機構としてはたらく。

 ちなみに幽気ではなく幽電気と呼ぶのは、有機と混同しないようにするためだ。


 彩珠市からの援助で株式会社MOORBが市内で試験的に提供するこの空飛ぶ箒のサービスは、魔法箒免許を持ち、会員登録さえすれば市内のあちこちにあるステーションで箒を借り、乗り降りできるというものだ。支払いは交通系ICカードはもちろん、アプリでのキャッシュレス決済でもでき、月や年単位のサブスクもある。おまけに学割も効くので市内の学生には少しづつ使われ始めている。


 市内限定なのは、法的にもインフラ的にも他の地域で箒を飛ばすには問題があるからだ。

 都市計画の一環で彩珠は市内中の電線が地中に埋まっているが、他の都市で箒で飛ぼうものなら電線の6,600Vで焼かれかねない。

 魔法箒免許は自動車の免許とは違い、別に取る必要があるが、教習所があるのは彩珠だけ。

 何より箒を浮かし動かすエネルギー、幽電力の安定供給はまだ全国的には行われていないのだ。


 これでは自転車や電動キックボードの方が便利だと思う人もいるかもしれないが、箒の最大のメリットは信号に捕まらないところにある。

 例えば自動車が信号に捕まらないのは高速などの有料道路だ。それには普通十字路が無い。代わりにあるのはねじれの関係の2つの道路で、それらは立体的なジャンクションで接続されるのだ。もし地面という面に捉われない都市向けの乗り物があるのならば、それこそが箒であり、交差点に進入した箒は通称MLC(エムエルシー)飛行という立体交差のルートに入る。とはいえ、それが必要になるほどまだ箒は空を飛んでいないのだが……


 箒通学もそろそろゴールが見えそうなところまで来た。

 すると、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、と誰かが歩道を走って抜かし、少し先の信号で止った。そこにいたのは同じぐらいの年齢であろう青年。方向的に自分と同じ彩魔大生(さいまだいせい)だろうか。


 ここで少女は不思議に思う。箒の制限速度は、公道上ではその道路の車のそれに等しい。ここは指定速度が40km/hであるから、自分もおよそ その速度で飛んでいるつもりだった。いや、つもりだけではない。現に箒の速度メーターもそれを示している。


「なにか知らない魔法かなぁ? それとも...…超人?」


 少し突飛とも言える想像をするとともに前方の彼に目を遣ると、赤信号に止まってカバンからケータイを出す瞬間だった。そのとき取り出した拍子にパタっと何かが地面に落ちるのが見えた。が、本人は気が付いていないようだ。


「ねぇ君!!」


 斜め上、後方から声をかけようとした、その瞬間、ちょうど信号が青に変わる。すると青年は何かに怯える様子で、撃力を受けたかのように一気に加速すると、そのまま飛ぶように走って行ってしまった。さっきより速い気がする。


「魔法、なのかな?」


 急いで降下して落ちたものを見てみると、


「彩珠魔法大学、やっぱりうちの学生か」


 落ちていたものは学生証だった。再度呼び止めようとも思ったがもうかなり遠い。


「しょうがないけど届けるか」


 残り大学までは一本道。それを挟むように植えられた桜並木の花は、もうだいぶ散ってしまっている。


「来年もちゃんと咲くといいな」


 地球温暖化の影響で昔より咲く時期が早まっているといわれる花を思いながら少女は通学を再開した。

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