第2話 神速の通学
『——ここからはは、ぱぱっと天気コーナーです。4月9日月曜日の首都圏の天気をお伝えします。今日は広く雲のない快晴となり、洗濯物がよく乾くでしょう。各地の予報です。宇都宮、水戸、前橋、彩珠では最高気温が——』
ケータイ、財布、学生証、定期、タブレット、それから杖、よしっ。
テレビのニュースを聞き流しながら、新入生、次元理巧は大学のオリエンテーションに向かうための準備をを終える。
日本、首都東京、そこから北北東へ約30 km。舞台は日本の魔法技術・文化の中心地、魔法都市彩珠。
改正された地方自治法に則り、政令魔法発展特別行政都市に制定された彩珠には、魔法に関するインフラの整備や教育の拡充などに対して国からの支援が行われているのだ。
彩珠市立彩珠魔法大学はこの支援のもと設置・運営されていて、国内唯一の魔法専門大学である。通常は理学部か工学部のような自然科学系統の学部に設置されている魔法学が細分化され、3学部11学科が設置されているのだ。
大学の立地は彩珠の再開発地域、新田街。木造ビル群の立ち並ぶ街の最東部に位置する。
「行ってきます」
「あら、もう行くの? 気をつけて行ってきなさいね」
母の見送りを背に、リンリーンと玄関のベルを鳴らして理巧は通学を始める。
理巧の自宅は埼玉県一のターミナル駅、大宮駅から1駅西にいったところにある。最寄り駅までは徒歩1分。ワイヤレスイヤホンで音楽を聴きながら向かったが、1曲目の1番のサビで到着だ。
最寄りからは5駅目で乗り換えてもう1駅で彩珠魔法大学駅に着くのだが、
「あれ。全路線全線運転見合わせ!?」
市内を縫うように走る彩珠都市高速鉄道。その全9路線が完全に止まっていた。
「オリエンテーション間に合わなくね」
ちょっと余裕を持って出たのに、理巧の思考も完全停止しそうだ。電車と思考の代わって、電光掲示板をシステムトラブルの文字が走っている。
「なんか連絡来てないかな。あれ、」
ケータイを開くと大学からメールが来ていることに気が付く。
『本日の新入生向けオリエンテーションは、彩珠都市高速鉄道の全線停止を鑑み、以下のとおり時刻を変更します。なお、多くの学生の通学が困難であると判断された場合は、再びメールにて時間または日付の変更を連絡します。』
「時間変更か。すぐには日程変更にしないんだな」
開始時刻が夕方からに変更という連絡だ。公立っぽい頑なさに文句を言いながら、理巧は来た道を戻る。
家に帰って、母に説明して、昼食をとって、、眠くなってきた、なってきた、きた、きた、
——起きた。
「起きた!?」
起きたということはすなわち寝ていたということで…… 理巧の顔を冷や汗が流れる。
「オリエンテーションが延期になってますように」
そう”hope”というより”wish”的な願いをケータイに託すも、残念ながら大学からのメールは届いていない。
大学までの所要時間が受験のときとのそれと同じだとすると、今の時刻に出ればまだギリギリ、オリエンテーションに間に合うと思われる。
がそれも電車が動いていればの話だ。ひとまず、ケータイで運行状況を調べる。
「桜木大宮から見沼自然公園まではしらこばと線で行けるけど、熊谷線はまだ運転再開してないから1駅分は歩かないと、いや走らないとだな」
遠回りするルートもないことはないが、大学のある駅には熊谷草線しか止まらないので意味がない。ちなみに理巧の言う熊谷線とは熊谷草線を短縮した俗称だ。
なぜ起こしてくれなかったのかと母に聞きたいところだが、メモを残して買い物に出掛けていた。
「完全に自分のミスだぁ……」
別に母がいても母のせいだと言う理巧ではないが、今の心情的には責任の分散はしたいものだった。
出る準備は済んでいるので、そそくさと家を出て、
「おっと鍵を閉めないと、」
戸締りを済ませ改めて最寄り駅に向かう。
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しらこばと線に揺られて見沼自然公園駅に到着、する前に新田街駅で下車。移動中に調べたところ、1つ前の駅の方が大学には近いようだ。
なにやら駅前に長蛇の列があったが、今は気にしている暇はない。新しくおいしいお店ができてたならまた今度来よう。
そう益体のない思考を遠ざけて、理巧は駅のロータリーを抜けて学校の方へ走って行く。が、ただ走っているだけでは間に合いそうにない。そこで活躍する魔法がこちら。
「【神速】」
名前的には上に矢印を書きたくなるこの魔法は、風属性の移動系。基本的な仕組みは術者の前方の気圧を下げて、後方の気圧を上げることで常に追い風を作ること。その他走行を補助するような術式になっている。速く走れても体に負荷がかかりすぎては意味がない。
魔法を応用して高速で走り続け、残りは桜並木の一本道。おおよそ45 km/hは出ているだろうか。景色が目の脇をすごいスピードで通り過ぎていく。
道交法は幾度も改正されたが、今なお歩行者に速度制限はない。一歩を大きく、空気を切って走り続ける。
地面に映るやけに大きな鳥の影を追い越すと、目の前の信号が赤なのに気が付き、身体への負荷が最小になるようゆっくりと減速をした。
まだぎりぎり青の自動車用信号に従って、隣を代替バスが走っていったのは、
「うん、気のせいだろう。それにしても、さすがに疲れたな」
魔法を使って補助しているとは言え、走っているのは自分の脚。乳酸が溜まっている感覚も出始めた。応援して回るのならクエン酸回路に大声援を送りたいところだ。
横断歩道の前で止まって、現在時刻を確認するためにカバンからケータイを取り出す。これならなんとか間に合いそうだ。
カバンにケータイをしまうと信号がちょうど青になる。魔法を使って一気に加速すると、その瞬間、背後から何やら呼びかけられる。
『ねぇ、きみぃぃ゛』という呼びかけは、その途中でトーンがガクンと下がる。ホラー映画の演出か!?
「なんだ、今の? 怖っ!!」
突然の怪奇現象に恐怖を覚え、もっと加速して大学へ急いだ。
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ラストスパートのおかげもあろうか、オリエンテーション開始時刻より少し早く大学に着けた。
講義棟の玄関にはゲートが設置されているのだが、理巧はここであることに気が付く。
「あれっ、学生証、どこいったんだ……」
寝坊、怪奇現象に続き、本日3回目の冷や汗が理巧の頬を流れたのだった。




