第17話 霧の中で
気温低下による飽和水蒸気圧の低下。湿度は100%に達し、チリや花粉などを凝結核に気体だった水が液体に状態変化する。霧の発生だ。
もっとも、この量は多すぎる。最初に発生した霧に紛れてどこからか魔法的な何かで霧を増量していると考えるのが妥当だ。
「ファイ!敵の位置はどこだ?」
「ダメだ、情報波が乱反射してボクからは何も見えない。かなりの範囲で霧が起きてるぞ」
理巧は空飛ぶファイに尋ねるも、敵の位置情報は得られなかった。
「次元君、さっきはありがとね」
そう言った百華は理巧と違って焦っていない様子だ。
「は、はい、無事でよかったですよ」
「次は任せてよ。とりあえず私の近くで静かにしててね」
とても頼もしく感じるその言葉に理巧は静かに頷く。
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「ひとまず109番通報はしました。幸い事務所はそこまで離れてないのでそうかからずに来てくれるはずです」
燐が電話をかけた109番は魔法犯罪対策委員会への通報に使われる番号だ。確か何かの語呂合わせっだった気もする。
「でも、あの霧の中で理巧と八代先輩は大丈夫かよ。やっぱり、俺も行った方が」
陽斗は既に霧がかかって1分、音のしなくなった方を見て不安を覚え、駆け出そうとする陽斗。
「いいや、やめておけ。お前が言っても犠牲者が増えるだけだ」
その肩を掴んで止めたのは那由多だ。
「そんな、でもそれじゃ2人は犠牲になってもいいと!? 心配じゃないんですか?」
「勘違いしてないか。増える犠牲は0人から1人にだ」
「――えっ?」
確かに、那由多は2人の心配なんてしてなかった。しかしそれは薄情な訳ではない。
「まず、八代は大丈夫だ。こんなんで負けたりしない。それに、」
それは、友人への確かな信頼と――
「次元も八代と同じだろ。多分普通じゃない」
――後輩への不確かな期待だった。
ニヤリと笑う那由多に陽斗は霧の中へ飛び込むのを止めた。
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真っ白な世界。手を伸ばせばその先が霞むレベルの濃霧だ。
『どうやって私たちの位置を認識してるんだろう』
霧の端を目指して少しずつ移動しているのだが、忍びは確実にこちらの位置を知った上で隙を狙っている。音以外に何か方法があるのだろうか。
正直、霧の中、音だけで敵の位置を探すのは至難の技だ。音の伝わる速さは媒質よって異なる。空気中ならおよそ340 m/sだが、これが水中だとおよそ1,500 m/sにまで速くなるのだ。
そして、晴れた空気中より霧の中の音がわずかに速く伝わる。霧のかかっている空間では遠くの音は減衰して聞こえにくいが、聞こえた音についてはその音源を本来よりも近くに感じることになる。
それでも、百華は微かな風と木の葉の揺れる音を頼りに敵の位置を探っていた。そして、
「来る!」
キンッと鋭い音を立てて、百華は雷刀で攻撃を防ぐ。進路を変えられたクナイが床に刺さり、理巧がゾッとする。
その後も2発、3発と間隔を開けて四方八方から飛んでくるクナイを、カンッ、コンッ、っと同じように打ち落とす。
それからしばらく攻撃が止んだ。
『クナイ投げ切ったのかな』
そう百華が心の中でつぶやいた瞬間、百華の頭上、木の枝から攻撃が迫る。
「先輩上です!」
が、理巧の声を聞くよりも早く、
「【束縛】、っ捕まえた!」
百華は完全に敵の攻撃を読み切り、防ぐどころか拘束まで持っていった。どすっと鈍い音を立てて、忍びが地面に落ちる。ちょっと痛そうだが仕方あるまい。
「先輩って後ろだけじゃなくて、頭の上にも目ついてるんですか?」
「私、後ろにも目ついてないからね!?」
百華はふふっと笑うと、ジト目で理巧の方を見直した。
「それにしても次元くん、何かしてたでしょ」
「なんのことですか? それにしても」
理巧は苦笑いして誤魔化すも、
「ちょっと話を逸らさないの、」
と、百華は少し頬を膨らませる。
「私の後ろで空中に出した画面とキーボードで何かカチャカチャしてたじゃん。あれは一体何してたの?」
やはりこの先輩、後ろに目でもついているのではなかろうか。
「先輩は何か変だと思いませんでしたか?」
「変っていうと、やっぱり私たちの位置がバレてたことかな」
百華は唇の下に右手の人差し指を置いて推察する。
「そうです。あのVRゴーグル、カメラもついてるので赤外線か何かで僕らの位置を把握してるんだと思って調べたらビンゴでした」
「調べたっていうと……」
「ちょっとファイに中にゴーグルの中に入ってもらって、ハッ……」
「まずい!理巧っ、弾き出された、逃げるぞ!」
理巧が話す最中に、拘束された忍びの目元、VRゴーグルからちょうどそのファイが飛び出す。
理巧は一瞬躊躇うも、
「北北西の霧を消し飛ばせ!」
「了解!【熱風】!!」
ファイに魔術による熱風で直線上に霧を蒸発させて端末に戻らせる。幸い霧の端に近かったのか霧の外まで貫通したトンネルができた。
「先輩、行きますよ!【神速】」
理巧は魔術の効果を2人にかけ、良好になった視界の中を素早く駆ける。
2人が霧を抜けた直後、背後から大きな爆発音が響いた。科学でいうところの爆轟、その音速を超える衝撃波が2人の体の揺らしたのだった。




