第16話 魔術と武術
「私の後輩に何しているのかな」
理巧の隣に並び臨戦体勢をとる百華。
2対1、理巧がファイから援護を受けていることを加味すれば3対1となり、今度こそ影は撤退するかと思いきや、
「逃げないかぁ。私じゃ形勢を逆転するには力不足かな」
「僕だったらクナイを蹴り飛ばす人との戦闘は遠慮したいですけどね」
——とはいえ変化はあった。
「やっと姿を現したか。いやあれって、」
攻撃を仕掛けてくる瞬間に一瞬見えた姿や、さっき飛んできたクナイからおよそ見当はついていたが、
「忍者のコスプレかよ」
空中で情報を収集し続けるファイの言葉に続けて、いつのまにか陽斗たちと合流した那由多が呟く。
全身を黒い服装で包み、影に同化する。時代劇で見るものより若干のサイバーパンク感を漂わせた見た目だが。
おまけに、
「次元君、あの頭につけてるのなんだと思う」
「完全にヘッドギアですね」
VかAかRか分からないが、確実にXRを実装してそうなゴーグルを装着している。耳にはイヤホン、口も鼻も回路の張り巡らされたような布で覆われ、フルダイブでもしていそうな見た目だ。
「まぁじゃあ私は突っ込み役するから、次元君は援護担当ね。」
危うくボケ担当でもやらされそうな指示だが、理巧は頷き杖を構え直す。
「行くよ!【加速】からの〜【雷刀】!」
そう言って飛び出して行った百華は、中距離魔術の射程ほどの距離をまさしく瞬きの間に駆け抜ける。
「速いっ」
【加速】は第一階級の魔法で、追い風によって推進力を得る魔法だ。
理巧の開発した【神速】には走るのを補助する術式も含まれていたが、あれは違う。ただ後ろから強く押されるような、それだけの魔法だ。
それなのに、百華は理巧の想定を裏切るスピードで敵の間合いに飛び込んでいく。魔術師の苦手とする近距離戦闘へと。
『あれは、そうか……』
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八代百華は魔法による戦闘について、特段秀でているわけではない。第五階級という高レベルの魔術師でありながらも、それは自他共に認める事実だった。
しかし、百華は魔法を使わない近接戦闘に長けていた。
百華の父は防衛省の職員だった。その父の勧めで幼少期から空手や柔道、剣道などを一通り習わされた。身体を動かすのは好きだったし、負けるのは嫌いだったから、どれも続けられた。
百華が自分の武術に自信がつき始めたのは10歳のときだった。どの武道も基本はマスターし、他人を見る目も備わってきた。
だから、小学4年生のある秋の日に、気がついてしまった。夕日に照らされた悲壮感の漂う父の背中だ。一見無防備にしか見えないそれに、百華は気がついてしまった。
幼い頃は”ぼーえーしょー”が何だか分からなかったし、なんとなく国のために戦うのが父の仕事だと思っていた。それからしばらくしてスーツ姿で出勤するのとを見て事務的な仕事なのだと理解するようになっていた。だからこんなことはあり得ないはずで。
「隙が全然無い」
剣道の師匠よりも、空手の師範よりも、柔道の先生よりも、今まで会ったどんな人よりも、強い。
そんな確信からしばらくして、父は次第に仕事に没頭するようになり、いつの間にか疎遠になってしまった。
さらにそれから少ししてこんな都市伝説が噂されるようになる。『剣聖』と呼ばれる人物の存在だ。日本の防衛省が抱える最高戦力で、刀の一振りで1部隊を壊滅させたなんて言われる。日本の一部の界隈では勝手に世界三大術者の一角として数えられているらしい。
百華的にはUFOより信じがたい話だ。だが、1つだけ確信していることがある。仮に、『剣聖』が本当に実在するのだとしたら、その人物は自分の父に違いない。
ならば、奪わなければならない、父の手から刀を。それは決して代わりにはならないのだから。
そして、百華はそのための努力を今までもこれからも、惜しまない。
さて繰り返すが、八代百華は魔法による戦闘について、特段秀でているわけではない。しかし、魔術師でありながらも、近接戦闘を得意とする点で第五階級以上の実力を保持していた。
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『……剣聖の娘』
ここではない場所から画面越しに状況を見た何者かがそう呟いた直後、百華は突き飛ばすような追い風を見事な体幹で余すことなく推進力に変える。
その手に握られた杖は【雷刀】の効果で空中に透明な回路を作り、刃の形に電流が流れていた。
当たっても血が出ることはないが、スタンガン以上の威力は発揮するだろう。
百華は杖を握り直し、そんな電気の刃を振るう。
対する忍びは後ろに下がりつつも、腰の鞘から引き抜いた短刀でその痺れる攻撃を受けようと、あるいは——
物体同士の衝突は、ミクロでみれば電気的な反発によるものだ。一時的に雷刀の出力を上げ、短刀から身を守る。
敵もそこそこの手慣れ。もし、感電させようとそのまま雷刀を振っていれば、すり抜けた短刀が百華の身体に傷を付けたかもしれない。
力の釣り合う2つの刀。今のやり取りでただの遊歩道から欅が整然と並ぶエリアに戦場が動く。
そこへ、
「【水泡】っ!」
空気を搾るように出現した水の砲弾が、理巧の杖から放物線を描いて忍びの頭へ向かう。
それに気付いた忍びは、短刀に欠ける力を急に弱めることで釣り合いを崩し、百華の力を利用して後ろに飛び退ける。外れた水の塊は奥の木の幹当たり、衝撃で少しの葉と枯れ枝を落とした。
その落ちた葉を無意識のうちに目で追い、水晶体の焦点距離が意図せず合わされる。一瞬、百華の視界における背景が、そして忍びへの認識がぼやけた。
「あれ、どこ行った」
百華が一瞬見逃した隙に背後に回った忍びは、懐から何やらトランプサイズのカードを取り出して口元へ。
一拍遅れて気付いた百華は一度距離を取るも、忍びの口元から放たれた炎に飲まれ——
「【水柱】」
百華によって生じていた死角から近づいた理巧。バーナーというよりレーザーと呼ぶ方がいいのではないかと思える鋭い炎を水を蒸発されながらもなんとか防ぐ。
若干むわっと周囲の湿度が上がったように感じる。
次の瞬間、忍びが再び別のカードを取り出すと、急激に周囲の気温が下がって、
「まずい、何も見えない」
忍びは辺りを霧かかるフィールドへと変えてしまった。




